Act4 今日飲み会だから、(Side.海馬)

「えぇ?今日?……今日はちょっと……つーか今週はオレはパスでって言ったはずなんスけど。はい。バイト?今日は休みなんでこれから大学に……いや!課題とかそういうんじゃ。……はい?ああまぁデートっていうか……時間貴重なんで。いやマジですって!ほんっと勘弁して下さい!」
 

 ……煩いぞ凡骨。人の耳元で電話をするな。というか電話をするならベッドから出て行け。何故オレの頭を抱えたまま大騒ぎしているのか理解出来ない。
 

「え?!なんでオレが……ちょっ、先輩!勝手に決めんなッ!……ってうわ、やべ。煩かった?……ああ、今のはこっちの話で……って、ええええ?!そりゃひでぇよ!横暴だろそれはッ!……あっ!切りやがったっ!ふざけんなよ!!」
 

 痛っ!髪を引っ張るな髪を!!

 切れた携帯に怒鳴ってもどうしようもないだろうに。……どうも会話は相手方に一方的に押し切られたようで、こいつはオレと対峙していてもそうだが強引に押し切られるとどうにも嫌と言えない性分らしい。かといって、もう一度かけ直す、という事もしない。商談相手としてはこれ程押しが弱いと一発KOだな。取引先のジジイ共もこの位楽だといいのだが。

 それにしても、いつまで未練がましく手の中を眺めているのだ。嫌なら嫌と言えばいいだろう。会話の内容から察するに多分何かの誘いを受けたんだろうが、そんなものは無視すればいいじゃないか。……でも、そうも行かないのだな。律儀な馬鹿だからなこの男は。

「……煩い。電話は外でやれ。そして、起きるなら起きろ」
「あ、わりぃ。まだ早いし」
「何をそんなに騒いでいる」
「……んー」

 何時まで経っても携帯を眺めている事と、先程から手持ち無沙汰なのか、人の髪の毛をかき混ぜる指に(本人は撫でているつもりらしいが)いい加減鬱陶しくなったオレは寝たフリをやめて、 下から思い切り城之内を仰ぎ見る。

 特に不機嫌でもなかったが、寝起きでやけにドスが効いてしまった声に、ヤツは少々驚いて、ついで少し口篭る。多分今の電話の事なのだろう。どうしようか迷っていて、その答えによってはオレの出方が変わってくるから警戒しているんだな。全く分かりやすい馬鹿だ。

 って……そんな事はどうでもいいから頭を離せっ。

「……あー、それがさぁ。今日なんだけど……」
「今日がどうした」
「お前、夜いるよな?」
「そのつもりだが」
「オレ……あ、今の電話なんだけど。バイト先で今日飲み会があってさ……どうしても来いってきかねーんだ。来なかったらてめぇの給料から会費全払いだ!って脅すし……」
「それで?」
「それでって……だからその、行って来ていい?速攻帰ってくっから」
「別に。行ってくればいいだろう。ゆっくりと」
「…………そういう言い方はちょっと。駄目なら駄目って言えよ。断るから」
「オレは関係ないだろう。行くか行かないかは貴様の意思だ。オレに判断を押し付けるような真似をするな卑怯者」
「怒るなよー」
「怒ってなどいない。好きにすればいいと言っている」
「怒ってんじゃねぇか」
「貴様が余りにも優柔不断で情けないからだ。飲み会一つ断れないようじゃ先が知れている」
「断れないってわけじゃ……別に嫌じゃねぇし。ただ、お前がどうかなって思っただけで」
「嫌じゃないなら行って来ればいいだろう」
「怒らない?」
「だから最初から怒ってなどいないと言っている!!鬱陶しい!!」

 うじうじとそう言いながら相変わらず人の頭を弄りまわすその仕草に、本気で苛立ったオレは思わずその手を払いのけて起き上がり、湧き上がった怒りをそのまま叩きつけてしまった。貴様がしつっこく怒るなというその言葉に腹が立つのだ!馬鹿が!!

 そのイライラをもっとぶつけてやろうと思ったが、手を叩かれた城之内は流石にムッとしたのだろう。それまでの弱気な態度を一変し、きつく眉を寄せて正面からオレを睨みつけてくる。……なんだその目は。余計腹立たしくなるんだが。

「あっそ。お前オレにそういう態度とんの」
「とったが何か?」
「むかつくー。もういい。今日オレ飲み会行ってくっから。お前、大人しく留守番しとけ」

 徐々に据わって来る目に奴が完全に開き直って来た事を知る。オレの態度によほど頭に来たのだろう。優柔不断の癖に開き直りの早さだけはいっぱしなのだから性質が悪い。奴は心持ち身を離してプイと横を向き、横目でオレを見ながら偉そうな態度で命令して来たので、オレはさっぱり収まる気配の無い怒りを徐々に表面に滲ませながら、売り言葉に買い言葉でつい、吐き捨ててしまった。

「貴様に指図される謂れはない。オレはオレで好きにする」
「どういう事だよ」
「留守番などしない、という事だ」
「なにぃ?!お前どっか行くのかよ!」
「そういえば、オレも今日一つ接待が入っていてな。一応キャンセル予定でいたのだが、貴様がいないのならそれを優先しようと思っただけだ」
「えぇ!?お前接待って!!そういうの、もうしねぇって言ったじゃねぇか!」

 城之内の声色が変わる。……やはり食いついてきたか。

 オレの言っている事は本当だ。というか、オレが言わないだけでそういう類のものはほぼ毎日のように舞い込んで来ている。多方面において手広く事業を展開している海馬コーポレーションの社長ともなれば当然だろう。大抵はオレの変わりに信頼のおける年上の部下に代理を頼んでいるのだが、極稀にオレが出席しなければならない席も存在する。

 去年までは未成年故に辞退できた席も、成人を迎えてしまった今ではそうはいかない。そして、酒の席となると発生するのが……セクハラだ。

 ああいう場では男も女も関係ないらしく、身体を触られるなどは日常茶飯事、抱きつかれる、押し倒されるまではまだそう珍しくは無い。が、それ以上となるとさすがに相手が何者であれ許容範囲外だ。大事な取引先相手ではあるが、その手の事にはかなり悪評高い会長だか取締役だか分からないジジイを何度か殴り飛ばしそうになった事はある。実際殴った事も実はある。酔い故に相手は忘れてしまったようだが。

 そういう事情を城之内はどこからか仕入れてきて知っていて、オレに接待の名のつく会合やパーティなどには極力行くなと口煩く言っていた。オレも好き好んで不快な思いをしたくはないので奴に言われる言われないは関係なく、避けてきたのだが……。

 こういう日なら話は別だ。どうせ暇をするなら仕事も悪くないだろう。城之内に対するあてつけという意味でも丁度いい。半分はそう思い、もう半分は勿論そんなつもりはさらさらなく、相手の出方を見守りつつ、オレは僅かに口角を上げた、その時だった。

「駄目だ。絶対駄目!特に冬は駄目だっ!」
「季節など関係ないだろう」
「馬鹿お前!今日みたいな日に下手に出かけてみろ!雪が降っているから送るとか送らないとかでホテルに連れ込まれてはいおしまい、だ!!とにかく駄目!そんなもん断れ!家にいろ!」
「……どういう偏見だ。大体、自分は飲みに行って人には駄目というのか。自分勝手にも程があるぞ凡骨」
「……うっ。じゃ、じゃあオレも行かない。ならいいだろ!」

 行かないと来たか!
 さすが効果絶大の接待攻撃。……行くと言い切ってまだ数分だぞ?こいつはやっぱり単純馬鹿だ。こんな手にひっかかるとは世も末だな。一生騙される人生を送るがいい。間抜けめ。

「行かないのか」
「行かない!」
「なら断りの電話を入れろ。今すぐだ。なんならオレがかけてやろうか」
「余計なお世話だ!そこで聞いてろ!」

 開き直るのも早ければ、踏ん切りをつけるのも早い城之内は、本当にその場で先程の電話相手に電話をかけ、絶対に行かねぇから!と鼻息荒く言い切った。たかが飲み会一つに必死なものだな。庶民の考える事はよくわからん。けれど、これで今夜の予定はなしになったわけだ。別段嬉しくもないが、思い通りになった事は単純にいい気分だ。これでまぁ、少し位優しくしてやってもいいだろう。

 少し位はな。

「これでいいんだろ!」
「ああ。上出来だ」
「バイト代、会費に使われてたらどうしてくれる?」
「その時はオレがその分金を出してこき使ってやる。安心しろ」

 タダでは受け取らないだろうからな。それなりの仕事を与えて、給料としてくれてやる。たかだか十数万だ。そんなものは駄賃にもならんわ。そうオレが言うと、奴は一瞬見せた暗い顔を即座に切り替えて、何故か楽しそうにこう言った。

「ってー事は今日は一日一緒かぁ。やっとだよなー!大学行ってー帰りに買い物してー夕メシは一緒かー!思えば初めてじゃね?」
「……切り替えが早い男だな」
「よく考えたらやっぱ飲み会なんていつでも行けるしな!お前と一緒にいる方が大事だ。うん」

 何時の間にか人の肩を抱き寄せて、余りにもさらりとそんな事を言うものだから、オレはどう反応したらいいか分からずに、とりあえず、黙ってその腕に身を預けていた。

 すると何を思ったか奴はそのまま顔を近づけて、ついでに力任せに押し倒される。……もしや、これは。

「学校行くまで時間あるし……一回いい?」

 そう聞いてくる癖にこいつはオレが「いい」や「嫌だ」を言う前に、事を始めるのが常なのだ。現に既に唇は塞がれていて、返事を返す事など出来ない。これで一体どうしろと。

「ね、今日は朝メシ作ってくれる?昨日の玉子焼き、病み付きになったんだけど」

 手を動かしながらそういう事を聞くな!大体朝食を作って欲しかったら少しは考えろ!おい!……聞いているのか城之内!!
 結局、今日は午前からの予定だった大学に午後から行く嵌めになり、待ち受けていた遊戯に嫌な笑みで出迎えられた。
 

「朝から仲良くって羨ましいね。二人とも」
 

 城之内のやに下がった顔で全部お見通しか。最悪だ。少しはポーカーフェイスというものを学べ、駄犬が。
 

「ていうか、海馬くん、今日に限ってハイネック着てこないんだもん。バレバレだよ」
 

 ………………!!ヤツめ、後で撃ち殺す!!というかオレの心を読むな遊戯!
 
 

 その日は、そのまま城之内の思う通りに過ぎていった。……同居四日目にして、初めてそれらしい一日を送ったように思う。
 

 残り後三日。一週間とは長いようで、短いものだと感じた。