Act5 些細な喧嘩(Side.城之内)

「なぁ、ここにあったオレの雑誌は?」
「テレビ横のラック。上から三番目」
「えー折角手の届くところに置いてたんだから片付けんなよ。じゃ、昨日ソファーの上に置いておいたジャケット」
「背後にあるクロゼットの中。脱いだらそこへしまえといった筈だ」
「そうだっけ?聞いてなかった。じゃー、コタツの上にあったオレの携帯は?」
「電池が切れていたからベッド横の充電器の上」
「あ、サンキュー。ついでに蜜柑なくなったんだけど、持ってきて」
「まずその食べ散らかした皮を捨ててから言え!!ストックはキッチンの冷蔵庫横のダンボールだ!自分で入れんか!!」
「キレんなよ」
「キレるわ!!馬鹿が!!」
「お前、神経質なんだよ」
「貴様が無神経過ぎるのだ!あちこちにゴミや私物を撒き散らして!今度見つけたら貴様ごと全部燃えるゴミの日に捨ててやる!」
「ほっとけばいいだろー」
「貴様一人の部屋じゃないわ!目障りだ!」

 殆ど金切り声の怒号というより悲鳴に近い海馬の叫びと共に蜜柑が一個、高速で飛んできた。寸での所で受け止めると、恐ろしい音がして、掌がめちゃめちゃ痛い。……あいつ、絶対オレの頭狙ったな。殺る気だったに違いない。

 ったくちょっと散らかした位でうるせーんだっつーの。これだからA型は。お前は綺麗な方が落ち着くかもしんねーけど、オレは散らかってるのがデフォなの。そんなん、オレの部屋見りゃわかんだろうに。こいつアホだろ。

「オレ一人の部屋じゃないけど、お前一人の部屋でもないんだろ。だったらオレが何したっていいじゃん」
「それにしても限度というものがあるだろうが!」
「だから、見てみぬフリしろって言ってんの」
「出来るか!」
「オレ、お前のとこの社員やメイドじゃなくて良かったー。ストレスで神経性胃炎になりそう」
「貴様がストレスで胃炎になるわけがないだろう。繊細さの欠片も無い癖に」
「あ、そういう事言うんだ」
「黙れ。いいから早くそのゴミを捨てろ」
「そう言われると、やりたくなくなるんだよなぁ。大体何お前。オレのおふくろか何か?まぁ、おふくろだってお前ほど口煩くねーけど」
「………………!」

 ほんっとうるせぇなぁこいつ!余りにもムカついたからついつい言い過ぎかと思いつつ、突っ込んだ物言いをしてしまう。すると、それまで色々と我慢して来た物が一気に来たのか、海馬の顔色が変わった。もう一個投げつけるつもりだったんだろう右手の蜜柑をダンボールに戻し、オレを思いきり睨みつける。

 お、ヤル気か?喧嘩なら受けて立ってやろうじゃないの。我慢してたのはお前一人だと思うなよ。オレだってなぁ、お前がいちいちがなり立てるのを黙って聞いてやってたんだからさ。いつうるせぇ!って怒鳴ってやろうかと思ってたんだ。

 一緒にいられる時間が長いとか、毎晩セックスできるとか、楽しい事も多いこの生活だけど、やっぱ性格の不一致とか、普段の生活習慣から来る歪ってのはどうしようもねぇよな。大体こいつとオレって何でも正反対なんだぜ。今の状態みりゃ分かるかもしれねぇけど。

 っかー!めんどくせぇ!マジめんどくせぇ、こいつ。

 そう思いつつ、オレがイライラと髪をかき混ぜながら海馬の出方を待っていた、その時だった。

「嫌なら出て行け」
「はぁ?」
「聞こえなかったのか。嫌なら貴様が出て行けと言っている」
「ちょ、そうくんのか」
「貴様が出て行かないのならオレが出て行く」
「え?!ちょっと!」
「ゴミ製造機とは一緒にいたくはないからな。勝手にしろ」
「言うに事欠いてゴミ製造機たぁなんだ!っておい海馬!海馬っ?!」

 オレがコタツから立ち上がるより早く、海馬はバンッ、と両手をキッチンカウンターに叩きつけると、そのまま足早に玄関まで歩いて行って、脇にあったコートを手に電子ロックブチ壊れんじゃね?って勢いで扉を閉めてマジで出て行きやがった。……おいおい普通こんな事位で出て行くか?たかが部屋が散らかってた位で?どんだけ心狭いのよ。

 追いかけた方がいいかなぁ。でも、怒りまくってる海馬って捕まえても手ぇつけらんないんだよな。下手に触って蹴られたり殴られたりするのも嫌だし、ちょっとほっとくか。大体オレ悪くないもんな。うん。

 さっさとそう決めたオレは一度離れたコタツに戻って丸くなり、首まで入る。あーぬくい。蜜柑食べよ。この蜜柑どこで買ったのか超美味いんだよな。そろそろ箱が空っぽだし、海馬に聞いて買いにいこ。

 ……それにしても。

 オレはコタツにほぼ全身を突っ込んだまま、首だけでぐるりと部屋を見渡した。恐ろしく綺麗に整った室内。オレは掃除や整理整頓には一切タッチしてないから、海馬がそれとなくしてるのかもしれない。同居を始める前は金持ちのぼっちゃんには生活力なんて皆無だろうと思ってたけど、海馬はオレの予想の遥か斜め上を行く、恐るべき順応力を見せつけた。

 家電製品の扱い方は説明書を一回読んだだけで壊れても直せる、とまで言い切ったし、料理は元から手先が器用でモノ作りのセンスがあるから、これまたその辺の新聞やテレビで流れたものをちら見して、ほぼ似たようなもんを作ってしまう。

 一昨日の玉子焼きとおにぎりはたまたま見たワイドショーの最後でやってたらしく、前の晩に余った飯と例の1パック80円玉子があったから作ってみたんだそうで。……見ただけで作れるんなら料理教室いらねーよな。

 もうあいつ社長なんてやってねーでどっか嫁行った方がいいんじゃね。オレはあんな口煩い嫁いらねーけどな。あれ、あいつ嫁になれるっけ?なんかもうどうでもいいや。しらん、あんな奴。

 大体男の癖にゴミはゴミ箱にだの、テレビは付けっぱなしにするなだの、脱いだらしまえだの畳めだの細けぇっつの。セックスした後の汗やら精液やらでぐちゃぐちゃのシーツの中で、身体も洗わないで平気で眠る癖に(まあ、大半は寝てるんじゃなくって意識ないだけだけど)そんな些細な事に目くじら立てるとかわけ分かんねぇ。そういうのに神経使うならもっとオレに優しくしてみろ。気を使うところが違うだろうが。そうだろ?

 そう思いつつ、オレはちょっとだけ耳を澄ませる。ベッドの横にある携帯が何時鳴るか分かんねぇし、鳴ったら一応出てやらないと、と思うから。

 ……まぁ、オレもちょっとは悪いかもしんねぇよ。色々やってやんなきゃ、と思いつつ結局動いてるの海馬だしな。でもそれだってオレが動く前に動くから出番がないだけなんだけど。やったらやったで文句言うしさ。どうしろっての。……どっちにしても文句言うんじゃんか。やってらんねぇ。

 やってらんねぇ、けど……よくよく考えたら、この部屋って海馬の金で買ったんだよな。オレ完全に居候じゃね?オレの部屋とか言っちゃったけど、オレの部屋じゃないじゃん。オレの部屋じゃないって事は、出て行くのが海馬ってのはおかしいよな。本来ならオレが出てかなきゃなんないわけで……。
 

 ……やっぱ駄目かなぁ、追いかけないと。
 すげぇ嫌だけど、行きたくないけど……ああもう!!
 

 仕方なく。本当に仕方なく、オレはコタツから這い出ると、海馬がしまったジャケットをクロゼットの中から取り出して、何時の間にか場所移動していたマフラーも首に巻いて、充電済みの携帯をポケットにしまう。そして帰ってきてからまたあいつを怒らせないようにテレビを消して、コタツのコンセントを抜いて、食べ散らかした皮もちゃんとゴミ箱に捨てて……部屋を出た。鍵は勝手に掛るから、これは心配ない。大丈夫。

 一歩外に出ると大粒の雪が降っていた。そういえば今日は一日降るって言ってたっけ。あいつコート一枚で飛び出して行って馬鹿じゃねぇの。寒いだろうが。

 海馬を捕まえたらそのまま近所のスーパーに行って、蜜柑を一箱買って来よう。ついでにカルシウム補給で牛乳も。イライラすんのは絶対カルシウム足りないからだって、間違いない。

 海馬の名前を確認して、ボタンを押すと携帯を耳に当てる。

 3コールして、すげぇ不機嫌な声が返ってきた。寒さで声震えてやんの、馬鹿だね。今どこにいる?って言ったら、答えてくれなかった。
 

 まあいいよ。お前の行くとこなんて分かってるから。