Act6 おはよう……っていないじゃん(Side.城之内)
朝起きると、右腕が軽かった。
あれ?と思って手を伸ばすと、案の定隣は空っぽで、温もりすら消えていた。どうやら大分前に海馬はベッドを抜け出してしまったらしい。
言っとくけど昨日はあれからちゃんと仲直りしたんだぞ。あの寒空の中海馬のいそうな所を探し回って、こんな時ばっかりカンが外れて、ちくしょうあの野郎オレのツラ見て逃げてんじゃないだろうな、なんて文句を言った瞬間にばったり出会って殴られて……タイミング良過ぎんだよ、馬鹿!
まあでも真面目に謝ったのと帰って部屋の状態がきちんとしてたから海馬もそんなに臍を曲げないで済んだみたいで、その後はいつも通りにメシ食ってちゃんと一緒に寝た(色んな意味で)んだけど。……だから多分怒ってってわけじゃなくって、なんかあったのかもしんねぇ。
今まではそういう事も結構あったけどここに来てからは一度もなくて、朝はオレの方がいつも早かったから、目が覚めると一番に海馬の寝顔を拝むっていう毎日になっていた。だから今朝はなんか凄く物足りない。明日でこの生活も終わりだから、来週からはこれが当たり前になるんだけど、オレ、ちゃんと元に戻れるんだろうか……現に今めちゃくちゃ寂しいし。
……なんか慣れっていい様で悪いよな。一旦それが当たり前になっちまうと、無くすのが凄く怖くなる。最初はどうなるかと思ってた同居だって、毎日喧嘩はしたけれどそれ以上に楽しくって幸せで、ずっと続けばいいのになーなんて思い始めてる。
勿論この一週間の為に海馬がそれとなく努力してたっぽいのは知ってるし(どういう意味があるのかはしらねぇけど)、だからこそいつもは数週間……長いと1ヵ月以上顔を合わせる事すら難しいのに、毎日一緒にいられたんだって事は分かってる。その努力がなければ絶対に無理だって事も、嫌という程分かってる。
同居してる最中だって海馬が色々と我慢してたのも知ってる。昨日はつい喧嘩しちまったけど、オレだってその位はわきまえてるんだぜ。ま、オレも我慢はしてたけどさ。比率で言ったら多分あっちの方が大変だと思う。性格的に。普段の状態考えりゃ当たり前だよな。一日数時間でも喧嘩すんだもんな。
すっかりオレ等の匂いが染みついちまったシーツも、サイドテーブルにきちんと畳まれて置かれてる海馬のパジャマも、最初は変な音だなと思ってた目覚まし時計も全部、当たり前の風景になっていたのになんか凄く遠く目に映る。まだ朝なのに何考えてんだろな。情けねぇ。
はぁっ、と大きな溜息を吐いて身を起こす。あーなんかもうやる気ねー。バイトとか行きたくない。今いないって事は海馬は多分大学にも来ねぇんだろうな。今日は午前中に一緒に行く約束してたのに。嘘吐き。今夜お仕置きしてやるから覚悟しやがれ。
「………………」
何時までもベッドでうだうだしてても始まらねぇから、オレはのろのろとそこから抜け出して、着替えようと服を探す。……あれ?確かソファーの上に『きちんと畳んで』用意してたのになんでないんだ?まさか用意してたもんまでクロゼットの中に戻す真似なんてしねぇよな。いやでも分かんねぇよな海馬だし。
……なんて思いながら探してたら……ちょっ、何これ。コタツの中に入ってる。しかも電源も入ってる。オレがコタツ使わないでいると電源消せとかコンセント抜けとか言う癖に!っていうか、もしかしてこれ服をあっためてたとか?!やっぱお前はおふくろか!おふくろなのか!!つかおふくろでもしねぇよこんな事!
ちょっと目線を上げれば、キッチンカウンターの上にはちゃんと朝食っぽいもんが用意してあって、コーヒーカップまで『伏せて』置いてある。だからお前細かいんだって。埃ぐらい大丈夫だって。
昨日は残りメシが無かったから今日はパンかぁ。あ、オレがフランスパンが嫌だって言ったからクロワッサンの方残してる。……あいつ無駄に物覚えいいんだよな。頭いい奴って違うよな、感心する。
でも……でもさ、やっぱ一人は寂しいよ。
こんなに何でも用意してくんなくていいからさ。夜中でも早朝でもオレを叩き起こせよ。死ぬほど眠くても腹減ってなくても付き合うから。
どーせオレが爆睡してたから遠慮して黙っていっちまったんだろうけど、そういうの、余計な気遣いって言うんだぜ。ほんっと、気を使う場所が間違ってるよな。お前社長としてそれは致命的だと思うぜ。今度よーく言い聞かせてやっから。
あ、服すげぇあったかい。
コンロに置いてあったコーヒーポットの中に残ってたコーヒーを温めながら、オレはなんとなく携帯を取りに行く。今かけたら迷惑だろうからメールでも送っておくかな、なんて開いたら、海馬の方から先にメールが来ていた。……書き方は凄くそっけなくて事務的だけど、ちゃんと全部説明してあった。親切すぎる。お前やっぱいい奥さんになるよ、間違いない。ってそんな事言ったら殴られる、絶対。
返信を選んで、何を書こうか迷っていると、いきなり電話が掛ってきた。あれ、お前仕事中じゃないの?どうした?って言おうとして、言葉に詰まった。
「おはよう」って、言われたから。
何がおはようだよ、普段はそんな事いわねぇ癖に。こういう時にやめろっつの。ますます寂しくなるじゃんか。ちょっとは気を使え、考えろ。
それから暫く、海馬の仕事の電話が鳴るまで、別にここでしなくてもいい話をずっとした。なんか良くわかんないけど切りたくなかった。
カップに淹れたコーヒーは、何時の間にか冷たくなっていた。