Act1 自業自得とヒトはいう

「……という訳なんだよ。酷くね?」
「酷いっていうかぁ……ねぇ?」
「まーなんつーかそれに関してはお前にゃ同情できねぇな」
「なんでだよ!!」
「だって自業自得じゃねぇか。元々デキが悪いのは気の毒だけどよ」
「うん。海馬くんの言う事も一理あるよね」
「ちょ……お前等までそうやってオレをイジメんのかよ?!」
「苛めてないよ。ただ、勉強をしなかったのは城之内くんの自己責任だし、甘やかすだけが優しさじゃないっていう海馬くんの意見も尤もだよね、って思っただけだよ」
「………………」
「ま。死ぬ気で頑張れや。ポジティブに考えりゃ幸せだろ。一週間ずーっと一緒なんてよ」

 そう言ってにやりと笑った本田のしまりのない間抜け面にオレは食べ終えたあんぱんの袋を投げつけて、ケッ、と小さく悪態をついてやった。あ、遊戯まで笑ってやがる。ったくどいつもこいつも馬鹿にしやがって。所詮は皆他人事かよ!大体お前等だってオレと似たり寄ったりの成績の癖に!……ま、まぁ、ネックは出席日数なんだけどよ。

 皆は自業自得っつーけど、こちとら勤労学生だぜ?朝は4時から新聞配達。夜は夜で肉体労働。休日暇がありゃ単発のバイトまで入れて頑張るオレのどこにお勉強する暇があるってんだよふざけんな。

 そうぼやいたらまた海馬を引き合いに出されて怒られた。……そ、そりゃ寝ても覚めても仕事仕事で、日本全国……果ては世界中何処でも飛び回り、空き時間はオレに潰される(その表現はひでぇだろ!オレは海馬の安息を奪う悪者かよ!)生活してんだもんな……ああそうですね。大変ですね。でもよ!

 教科書を一回読んだだけで丸暗記出来る様な頭を持ってる奴と一緒にするっておかしくねぇ?!おかしいだろ?!だからレベルが違うんだって!どうしてそこが分かんねぇかなぁもう!!

 そりゃ、確かに授業中はひたすら寝こけてたり、暇な時間は全部遊びに使ってたけどよ……。仕方ねぇじゃんオトシゴロなんだから。

 しっかし誰一人として「協力してやる」って言う奴が現れないこの虚しさ……。ダチが留年の危機なんだぜ?!海馬の野郎もそうだったけど、普通「オレがなんとかしてやる」とか言わねぇ?!総スルーかよ。しかも笑顔で!!……オレって結構どーでも良く見られてるのかも……凹むなぁおい。

 そういうの考えると、付き合ってやるとだけ言ってくれた海馬の方が優しいのかもしんねぇな。や、でも結局はオレの粘り勝ちみたいなもんだけどよ。

 今日から一週間居座る為の準備はしてきたし、押しかけるって言ってあるから別にメールとかしなくてもいいよな。あ、海馬の予定はどうなんだろ。オレが行ったって先生がいないんじゃ意味なくね?来るよな?来るよな?!無視しねぇよな?!

「城之内くん、城之内くんってば!」
「へあ?」
「お前なにぼーっとしてんだよ。昼休み終わるぞ、そこ退けよ。どうにもテストに対する意気込みが足りねぇなぁ。あのな、海馬の家にはお勉強に行くんだからな?いい事しに行くんじゃねぇからな?そこんとこ分かってんのか?おい」
「でも難しいよね。大好きな人と二人っきりでずっと勉強とか」
「確かに。犬の前に餌皿置いて『待て!』といいつつ、お手やお座り仕込んでんのと一緒だもんなー涎ダラダラたらしながら我慢すんだぜ」
「ちょ……お前等オレをなんだと……!」
「だってそうだろ?じゃー赤点回避祈願でもするか?一週間禁欲して」
「うっ……それはキビシイ」
「駄目だこりゃ。赤点確定だな」

 ほれみろ、むしろ逆効果じゃねぇ?……なんて言いつつ再び鼻で笑う本田に、オレは最早反論する気もなく陣取っていたクラスメイトの席を退いて、自席へと帰る。背後から「でも我慢も良くないよね」なんて遊戯がフォローを入れてくれたものの……それ全然フォローになってねぇから。オレはあれか、海馬の顔を見れば尻尾振って飛びつく発情期の犬か。そんな認識か!幾らなんでもそれはアホ過ぎるだろ。

 ……うーん。でも思い返してみれば当たらずとも遠からずだけどな!って駄目じゃん!

 しっかし願かけかー、そういう発想はなかったなー。まあ縋れるもんなら何にでも縋りたいけど。でも禁欲はない。ありえない!

 そんな事を思いながら、オレは自分の席に帰って午後からの授業に挑んだ。今週はテスト前一週間だからセンセイもテストに関する事をポロっと漏らすかもしんねぇ、と気合を込めて。
 

 ……が!いつもの癖で爆睡しちまった。ああああ意味ねぇえええ!!
 

 そんなオレを見て、本田を初めとする奴等は放課後「それ見た事か」と爆笑した。ううチクショウ。反論できねぇ。明日こそは、明日こそは真面目に授業受けてやっからな!見てろよこの野郎!!
 

 
 

 その日の夕方、オレは着替えその他一式を持って、海馬邸に乗り込んだ。海馬はまだ帰っていなかったが、代わりに事情を聞いたらしいモクバがやって来て、オレの相手をしてくれた。モクバはオレを海馬の部屋へと案内し、「馬鹿だなージゴウジトクだぜぃ。そうだ!兄サマが来るまでオレが勉強みてやろうか?」なんてにやにやしながら言いやがる。

 小学生にまで馬鹿にされまくるオレって一体……なんだかマジで凹んできた。

「普通はさ、テストの為になんて勉強はしないんだぜぃ。オレ、した事無いよ。でも全校で一番、凄いだろ?」
「……そりゃお前には優秀な家庭教師がいるからだろ」
「えへへーでも、お前ラッキーだぞ。兄サマは学校の先生より教え方が上手いからな!」
「へぇ、そりゃ楽しみだ」
「ただ、オレにはそんな事ないけど……社員の奴等なんかには兄サマ、『鬼社長』って呼ばれてるらしいぜぃ」
「お、鬼?」
「うん。この間KCラボの主任が泣いてたって磯野が言ってた。かなりいかつい顔した子持ちのオッサンだぜ?兄サマ、もしかしたらすっげー怖いのかも。覚悟した方がいいかもな」
「……マジかよーこえぇよ」
「あはは!幾ら兄サマでもまさかお前にはそんな事しないだろー?仮にも恋人なんだしさ。ま、もし何かあったらオレはお前の味方してやるよ。応援するから、一週間頑張れよ!」

 そう言って笑うモクバの顔は、オレにはマジ天使に見えた。ヤバくなったらこいつの元に逃げ込もう。オレは心にそう誓って「頼むよ」と口にする。

 あのな、モクバ。奴はオレにこそ容赦しねぇんだよ。お前は知らないかも知んないけど、命の危険を感じたの一度や二度じゃないから!それこそ泣き入るから!……うう、自業自得とは言え、もしかしたらオレは助けを求める相手を間違っちまったんだろうか?

 なんか海馬と一緒にお勉強♪なんて浮かれてる場合じゃねぇよな。そうだよ忘れてたよ。奴は鬼なんだ!

 あーなんか浮かれ気分が一気に憂鬱になって来た。海馬ぁ、やっぱ今日はもう帰ってこなくていいや。仕事してて下さい。
 

 ── なんて願っても、奴が約束を簡単に破るはずもなく……。
 

 それから暫くして、ちゃんと夕食の時間までに帰ってきてくれた海馬くんは、オレと顔を合わせた瞬間にっこりと……それこそ極上の笑顔を浮かべてこう言ったんだ。
 

「覚悟はいいか?凡骨」
 

 勿論その目元は全然笑ってなかった。怖い。マジ怖い。

 なんかしらねぇけど海馬、やる気満々だし。こりゃ会社で絶対やな事あっただろ。オレには分かる。分かるけど……オレに当たるなよ……!!

 ……その晩は、教科書を忘れて来たオレに対する説教で終わってしまった。あ、あの、既に一日無駄になったんですけど?!いいのかよそれで!なぁ海馬!!
 

 オレの一週間は、こんな最悪の形でスタートした。
 後6日。無事に生き延びれるかちょっと心配になって来た。
 

 ……でも、やるしかないんだよな。頑張ろう。