Act3 すみません見せてくださいそのノート

「城之内くん、その顔どうしたの?!登校途中に喧嘩でもしてきた?」
「……登校前です」
「……ああ、海馬くんかぁ」
「お前どうせまたエロイ事しようとしたんだろ。馬鹿だよなー」
「してねぇよ!オレをなんだと思ってんだ?!」
「でも、ちょっと思っただろ?」
「……そ、それは否定はしねぇけど」

 なんだよもうどいつもこいつも、全部悪いのはオレの所為かよ!そりゃー顔の右半分腫らしてくりゃーつっこまれんのは覚悟してたけどよ。ああもうほんと、海馬も朝から人をぶん殴る事ないだろうよ。しかもグーで!

 あいつ自分がやった癖に、朝人の顔を見た途端「なんだその愉快な顔は」とか言いやがって、すげぇムカついたから笑って油断してるところを首引っつかんでキスしてやったら殴られた。この場合オレが悪いのか?違うだろ?!

 もー一週間一緒とか言っても全然楽しくねぇ。勉強は訳分かんねぇし、殴られて痛いし。モクバの言う事はマジだった。奴は教科書を手に持つと凶暴さが増す気がする。超怖い。ありゃまさしく鬼だね。KC社員も気の毒に。

 っつーかあいつ殴りすぎじゃね?既に犯罪の域だろこれは。抗議したら「馬鹿は痛い思いをしないと分からない」とか何とか言っちゃって。あれは絶対オレでストレス解消をしてんだ、間違いない。……オレ、なんであんな奴と付き合ってんだろう?

 覇気すらも一緒に出てしまうような盛大な溜息を吐きながら、オレは未だ目の前で勝手な事を言っているダチの言葉を右から左に聞き流しつつ、机の上に突っ伏した。そんなオレにさも気の毒だという顔をしていた遊戯が優しい声をかけてくる。

「でも、勉強ははかどってるんでしょ?海馬くんが見てくれてるんなら」
「いんや、全然。怒られてばっか。あいつはオレに丁寧に教える気なんてないんじゃねぇの。大体言ってる事すら分かんねぇよ」
「確かに今回のテスト範囲広いし、ちょっと難しいもんね。僕も全然わかんないよ」
「だろ?!オレ等にはレベル高いよな?!ったく何でもかんでも自分基準で話するんじゃねぇっての!」
「うんうん」
「つーかさー手っ取り早く必勝法でも教えろってんだよなー。ここが重要!とかさ」
「そういう教え方じゃないんだ?」
「違う。それこそセンセイと一緒。意味ねぇ」
「そうなんだ。僕、前に海馬くんのノートをちょっとだけ見せて貰った事があるんだけど、すっごい分かりやすく書いてあって、これの方が教科書で勉強するよりもいいなぁって思った記憶があるよ」
「うん?ノート?」
「そう。海馬くんのノート」
「……あいつノートなんか取るのかよ」
「ノートを取るっていうか。海馬くんは進級条件の一つになってるみたいだから。たまに提出してるらしいよ。レポートみたいにさ」
 

 海馬のノート!!これだ!!
 

 遊戯の話を聞きながらオレは心の中で派手にガッツポーズを決める。そうだよ、訳の分かんねぇ講釈聞いてるよりも分かりやすく纏めてあるノートっつーもんがあるんじゃねぇか!それを見せて貰えりゃバッチリじゃね?だと海馬の手を煩わす必要ねぇし、オレも痛い思いをする事も無い。完璧じゃん。

「そっかー!ノートかー!遊戯お前いい事言うじゃん!」
「え?いい事って、海馬くんのノートの事?」
「そうそう。そのノートがあれば楽勝って事だよな?!」
「えぇ?!ちょっと、城之内くん!」
「サンキュー、遊戯。オレ、頑張るぜ!」

 やっぱ持つべきものはいいアドバイスをくれる親友だよな!オレは満面の笑みを浮かべながら遊戯に目一杯の感謝の言葉を投げつけると、意気揚々と自分の席に帰った。

 今日も真剣に授業を聞かねぇと、と思ってたけど、海馬のノートがあれば別に黒板写す必要もないよな。それよりも今夜に備えて体力と精神力を回復しておく方が重要だ、うん。

 そう思ったオレはその日ずっと授業の時間を睡眠に当てた。後で聞いた話だと、今日は色々とテストに関係する情報が沢山出たらしい。
 

 ……起きてりゃ良かった、とオレが後から思い切り後悔したのは言うまでも無い。
「……オレのノート?」
「うん」
「大人しく家に帰らず、会社に来た挙句言うのはそんな下らない事か。貴様の為に早く仕事を終えて帰宅しようとしているオレの身にもなって欲しいものだな。邪魔をしに来るな」
「あ、だからさ。お前がノートさえ貸してくれれば、お前いなくても大丈夫だろ?」
「……はぁ?」
「だってお前すげー上手くノート取ってるって言うじゃねぇか。遊戯が言ってたぜ」
「なるほど。その情報は遊戯から得たか」
「だからお願いします!ノート見せて下さい!!」

 その日の放課後。オレは海馬邸に帰る前に海馬に件のノートを借りる為に直接KC本社へと向かった。そして、いつもの通りデスクに向かって真剣に仕事をしている海馬に向かって、単刀直入にノートを貸せとお願いしてみた。

 今朝も機嫌を悪くしちまったから、また怒られる、と覚悟してたんだけど、海馬は意外そうに眉を潜めただけで特に怒鳴っては来なかった。……ん?もしかして機嫌がいいのか?

「あ、あのう……」
「ノートが見たければ勝手に見ればいい。オレの部屋のクロゼットの中に通学用の鞄が入っている。その中にある」
「えっ、いいのか?!」
「別に構わん。その代わり変な所を探るなよ。他の場所を荒らしたら……どうなるか分かっているんだろうな」
「しねぇよそんな事。あ、もしかしてエロ本でも隠してる?」
「……荒らさなくても殴ってやろうか?」
「嘘!嘘です!じゃ、借りるから!」

 うわっ、余計な事言うんじゃなかった。目が怖ぇよ。これ以上変な事を言って怒らせるのも嫌だからオレはさっさと社長室を後にして、海馬邸へと向かった。
 

 
 

 数十分後。玄関ホールに辿り着くとこれまたいつもと同じくオレより早く帰って来ていたモクバに出迎えられて、こりゃ都合がいいとばかりにモクバ立会いの元、オレは海馬の部屋でノート探しを始めた。意外に協力的なモクバは喜々としてオレを連れてクロゼットの中へと入り込む。……って!クロゼットって「入る」ものか?!なんだこのデカさ!

「兄サマの鞄、兄サマの鞄っと……えっと確か制服の下の方に……って城之内!お前勝手にその辺開けるなよ?兄サマ何が何処にあるかちゃーんと記憶してるんだからな!」
「さ、触ってねぇよ!つか、なんだよこのクロゼット。この中こんなになってたのか?!オレんちの全部屋あわせてもまだ余裕ありそうじゃねぇか」
「こんなのまだ小さい方だぜぃ。収納専用の部屋も他にあるからな」
「なんだそりゃ。ふざけんなよ」
「あれ〜?いつもある所にないなぁ。兄サマどこやったんだ?」
「あいつ何処かに置き忘れたんじゃねぇの?」
「そんな事ないんだけどな……こっちかな?」

 ガサゴソと広いクロゼット内を物色するモクバを横目で見ながら、オレは目の前にある引き出しの中をこっそり開けて、中を覗いた。……あーなんだ服か。こりゃバトルスーツの中に着るハイネックか?つか、同じの何着持ってんだよ。たまには違う格好しようとか思わないのかね。あいつ無駄に足が長いからジーパンとか結構似合うと思うんだけどな。そういうラフな格好とかしねぇよな。

 そんな事をなんとなく考えながらオレは特に意識もせず色んな引き出しを開けては中を探る、を繰り返した。べ、別にやましい気持ちがあってとかじゃなく、純粋に何が入ってんのかなっていう興味があったからだぜ?!靴下とかパンツとかなんて探ってねぇから!いやマジで。

 手にしたネクタイをひらひらと振りながら、ここはネクタイケースか……なんて思ってたら、突然後ろからモクバが大声でオレの名を呼んだ。いきなり呼ぶなよ馬鹿!びびっただろうが!

「あっ、城之内何やってんだよ!勝手に触るなって言っただろ!」
「あ、やべっ」
「あーあ、中ぐちゃぐちゃにして。兄サマに怒られるぞ絶対。オレしーらない」
「こ、こんなん適当に戻しとけば分かんねぇよ。ところで、鞄は見つかったのか?」
「うん。隅っこの方に置いてあった。はい」

 モクバの呆れたような視線に額に汗をかきつつ手にしたそれを元の場所に適当に放り込んだオレは、無造作に突き出された鞄を恭しく受け取って中を見る。すると、ちゃんとありました。海馬くんの5教科分のノート5冊。……丁寧に背表紙にラベルなんか張ってまぁ。仕事や勉強が出来る奴ってのはこういうところからきちんとしないとダメなのかね。そうぶつぶつ呟きながらパラパラと中を捲ったオレは……愕然とした。

 …………全頁余すところなくミミズをのたくったような字(オレはアルファベットはブロック体でしか見たことねぇ。後から聞いたらこれは筆記体って奴らしい)しか書いてないんだけど?!
 

「な、なんだこりゃ?!」
「うん?どうかした?」
「お前の兄サマ……何人ですか?」
「何言ってんだよ」
「だって……だって!!このノート意味不明の文字で書いてあんぜ?!読めねぇ!!」
「ああ。兄サマ、日本語よりも英語の方が書くの楽だって言って、メモは全部英語で取ってるらしいんだ。それ、筆記体の英文だぜ?お前こんなのも読めないの?」
「読めるかッ!!ちょ、こんなん学校に提出してんのかよ?!」
「提出してるのはちゃんと日本語で書いてあるだろ。丁度提出してるんじゃないの?テストだろ、今」
「ありえねー!!使えねぇだろこんなの!!」
「お前もしかして兄サマのノートで勉強しようと思った?無理無理。兄サマにしかわかんないよこんなの」
 

 おい海馬!!てめぇ日本人だろ?!日本人が日本語書かなくて何書くんだよこの馬鹿ッ!ああもう全ッ然使えねぇよお前!!
 

 モクバ曰く恐ろしく美しい英文……らしいがオレにとってはただのミミズ文字を目の前に完全に途方にくれた。……あいつオレがこれをみて愕然とするって分かっててOK出したんだろうな。ちくしょう、ほんっとに性格の悪い……むかつく……すっげぇむかつく!!
 

 その夜。やっぱり少し遅く帰宅して来た海馬に、オレは盛大に文句を言ってやろうと着替える為に自室に入った奴の元へと向かった。

 ……が、クロゼットを開けた瞬間何かを悟った海馬が顔を引き攣らせながらオレがさっき弄くった引き出しを勢いよく開けた。……うわ!ヤバイ!!
 

「……凡骨」
 

 低い低い声が、暖かい筈の部屋に絶対零度で響き渡る。ちょ、なんだよその顔!!視線で殺される!!
 

「貴様あれほど余計なところは触るなと言ったのに。手癖の悪い馬鹿犬はやはり痛い思いをしないと分からないようだな!」
「ぎゃー!ごめんなさいっ!ぶたないで!」
「やかましい!!そこに座れ!」
「座りません!」
「貴様ふざけるな!」
「ふざけてねぇって!!」
 

 ……結局、この日もあんまり進まないで終わった気がする。

 寝る前に涙目になりながら「なんかもう駄目かもしんない」って訴えたら、海馬くんも心底疲れた顔で「そうだな」って言い切った。ちょ、そうだな、じゃねぇよ。なんとかしろ!!

 つーか本当に不安になって来た。オレ、進級できんのかな?