Act7 嗚呼、お約束だよ。寝過ごした

「……のうち!じょーのうちっ!!おーきーろーっ!!」
「………………」
「……サマどうする?…………の奴…………ぜぃ?」
「…………け、モクバ。…………てやる」
「えぇ?それはちょっと…………じゃない?」
 

 ……あー。なんか耳元が超騒がしいんだけど。つか、重い。身体がすげぇ重い。……いや、そうじゃなくてオレの上に何か乗ってる。乗ってる上に飛び跳ね……ぐぇっ!いってっ!マジで痛ぇんだけど!!なんだ?!

 朝日が昇る数時間前、ついに眠気にギブアップしたオレは、海馬の横にもぐりこんでぐっすりと眠っていたはずだった。それからどの位時間が経ったかしらねぇけど、朝になれば海馬も起きるし、その時自動的に起こして貰えんだろ、と軽く考えて、オレは特に携帯のアラームセットもしていなかった。だから、今何時なのかさっぱり見当もつかねぇ。

 でもこの状態が凄く気持ちがいいからうとうとと微酔んでいると、突然空から降ってきた物体に、オレの安眠は思い切り妨げられた。どう考えてもかなりの勢いをつけて上に飛び乗ったそいつは調子に乗って2.3回ベッドのスプリングを利用して身体を弾ませる。

 聞こえる声から多分、モクバか何かなんだろうけど。ったくこの兄弟は!!暴力的な兄に習って弟もコレだよ!……もうちょっと優しい起こし方出来ないのかね。なんか海馬の声も聞こえるからそばにいんのか?こんな事しねぇで、おはようのキスの一つでもしてくれりゃー飛び起きるのに。なっちゃいねーな!

 そうオレが思いつつ、それでも眠気に勝てずにしつこく枕に懐いていたら、ふっと身体の重みが消えてしまう。お、モクバの奴ついに諦めたか?なんて内心にやりとしていたら……。
 

 ばしゃりと、勢いよく冷たい水が降って来た。多分バケツ一杯分位。
 

 って……えぇえええ?!ここお前のベッドだぜ?!自分のベッドに水ぶちまけたんか海馬くん!!

「……うわっ!!冷てぇっ!!」
「あ、飛び起きた」
「いい加減に起きろこの馬鹿が!!」
「ちょ、お前!寝てる人間に水ぶっかける奴がどこにいんだよ!!なんだこれ、びしょびしょじゃねーか!!」
「やかましい!!貴様、今何時だと思っている!!」
「えっ?」

 さすがのオレもコレには一発で目が覚めて、がばりと上半身を跳ねあげる。海馬に水をぶっかけられた所為で寝癖だらけの頭はぐっしょりで、前髪は全部顔にへばりついて非常に視界が悪い。慌ててそれをかき上げつつ、まだ寝起きで半分も開かない目ですぐ側に仁王立ちしている海馬と、その横で心底楽しそうにオレを眺めているモクバを睨みつけた。

 そんなオレを倍の怖さを持った目で睨み返して来る海馬の手には、備え付けのシャワールームに常備されてる洗面器(大)がある。……お前、それで水をオレにぶちまけたのかよ!!やる事がひでぇだろうがよ!!

「おい海馬!なんで水なんか……!」
「煩いと言っているッ!」

 オレは即座にその事に対してもう一度抗議をしようと口を開きかけた時、たった今凝視していた洗面器が、パコンッ!とかなりいい音を立ててオレの頭にヒットした。プラスチック製の軽い奴だからそう痛くもなかったけど、流石にコレにはオレもビビッた。……今度は有無を言わさず暴力ですか?!一体何事?!

「いってぇ〜!ちょっと!!酷すぎんだろ!!」
「酷すぎる?!それは貴様の様な馬鹿に時間を割いて教えてやったオレが言う台詞だ!!」
「なんでそんなに怒ってんだよ。つーか今何時?」
「………………」
「城之内、時計自分で見てみろよ」

 ……今度は腕を組んでだんまりですか。海馬くん、相当なお怒りのようで、ちょっと離れたこの位置にいても、怒りのオーラがビンビン伝わってくるんですけど。なんだよ。お前等がここにいるって事はまだ登校や出勤時間じゃねぇって事だろ。そんなに怒る事ないじゃん。そうオレが心の中で文句を言ったら、それまでにやにやとオレを見るだけだったモクバが、後ろのベッドヘッドにある置時計を指差した。

 時計?どれどれ……なーんだまだ6時じゃねぇか。余裕余裕。

「まだ6時じゃん。テストは8時半開始だぜ?お前等寝ぼけてんの?」
「……あのなぁ、オマエ……」
「…………確かに、開始は8時半だな。だが凡骨、その6時がいつの6時か……貴様は分かっているのか?」
「え?6時っつったら朝の6時だろ?」
「一日に6時は二回あるだろう」
「二回ってお前何言って…………」
「ばっかだなー城之内。もう夜のニュース始まってるぜぃ」

 え、何いってんのこいつ。夜のニュースとかわけ分かんねぇんだけど。だって6時だろ?朝の。朝の6時になんで夜のニュースやるんだよ。モクバまで一緒になってオレを馬鹿にしやがって!……あれ?でも待てよ。確かに一日24時間で、朝と夜、同じ時刻は確かにあるよな、うん。だからどうしたって話だけど。だから…………!!

 って、ちょっと待て!夜のニュース?!夜の……ニュース……って……はいぃ?!
 

「……凡骨。今は『夕方の』6時だぞ……」
 

 海馬の低い低い声が、驚愕の事実をオレに伝えつつ部屋におもーく響き渡る。

 やっぱり、やっぱり『まるっと12時間以上寝た』って事?!マジで?!
 

「えぇえええええええ?!嘘っ?!」
「嘘じゃないわ!!」
「だってッ!マジ、そんなわけ……ぎゃああああ!ありえねぇ!!!」
「ぎゃははははは!高校生にもなって寝坊とか!どうすんの?」
「笑い事じゃねぇ!!テスト!!今日テストなのにッ!」
「もう学校しまってるんじゃないの?ねぇ、兄サマ」
「当然だ。というか今からどう足掻いてもなんともならん」
「あああああオレの苦労が!!進級が!!どうすんだよ!!つーかなんでお前等オレを起こさないんだよ!!この薄情もん!!鬼!悪魔!!ばかー!!!」

 ほんっとにありえねぇよ!テストまるっと休んでどうやって進級すんだ!!も、もうダメだぁ。オレはびしょ濡れのシーツの中にばったり倒れこんで頭を抱えた。寝過ごしてテスト欠席とか信じらんねぇ!まさかこんなオチが待ってるなんて誰も思わねぇだろうがよ!

 それにしてもこの馬鹿兄弟の薄情っぷりはどうよ!朝起きないオレを放置して学校や会社に行くとか人間じゃねぇだろ?!ほんっと親の顔が見てみてぇよ!!ああもうこんな奴とは別れてやる!!

「何言ってんだよ城之内。オレも兄サマも、凄い必死にお前を起こそうとしたんだぜ?でもお前、兄サマが床に蹴り落しても起きなかったじゃんか」
「いや、違うぞモクバ。起きたんだ、こいつは」
「え?そうなの?」
「起きて、動いているところをオレは見た。だからオレは出社したんだからな」
「……じゃあ、兄サマが部屋を出た後、また寝たって事?」
「そうなのだろう。面倒見切れんわ。こいつの寝汚さは死んでも直らないだろうな」
「…………なーんだ。自業自得じゃん」
「これでこの男は晴れてもう一年高校二年をやる事になったな。進級できないという事は、オレと別れるという事だから、ここで顔を見るのも見納めになる。最後だからこの馬鹿面をよく拝んでおけ、モクバ」
「そっかぁ。ちょっと寂しいけど、仕方ないよな。約束なら」

 って、ちょ……ナニその会話!勝手に話を進めないで!!嘘!別れるとか嘘だから!!留年も、海馬と別れるのもマジで嫌だ!オレは慌ててシーツから顔を上げて、怒りを通り越してすっかり呆れ顔の海馬に思わず縋りつくと、帰宅したてなのかきっちり着込んだスーツの裾を思い切り握り締める。

「なんだ!!離れろ!!」
「誰がいつ進級出来なくて別れるって言ったよ!!見捨てるなよ!!」
「えー、でももう無理なんだろ?」
「いや!!無理じゃない!!先生に土下座するから!!」
「そんな事をしなくても、もう一年、二年をやればいいだろうが」
「嫌だ!!だってお前別れるって言ったじゃん!」
「当然だ。寝過ごした貴様が悪い。オレは真剣に貴様を起こしてやったのに……!」
「それはごめんって!なぁマジで!絶対なんとかするからちょっと待てよ!」

 もうオレは必死だった。このまま終わるとか本当に嫌だし!!何がなんでももう一回チャンスが欲しい!……オレは恥も外聞もなく、後半は殆ど泣き落としで海馬を説得した。余りにもその様子が死に物狂いだったからか、途中からモクバもオレに味方をしてくれて、二人で必死に拝み倒した。人生でこんなに真剣に物事に向き合ったのって始めてだった。
 

 その甲斐もあって、数時間後。
 

「……なら、駄目元で教師にかけあってみるがいい。まぁ無理だろうがな」
 

 漸くなんとか海馬を口説き落とす事に成功し、一先ず全部一時保留となった。
 ああでも、試験を受けることが出来たとしても、赤点を取ったら意味ねぇんだよな。
 

 ……こうなったら最後に残るのは神頼みだ。

 とりあえず明日の為に、土下座の練習でもしておこう……。