Act8 リベンジ!涙の再試験

「……あの、海馬くん?」
「………………」
「……なんか言ってくれないと、オレとしても報告のしようがないんだけど」
「聞いている。で?結果は?」
「え……と……あの、土曜日にもメールした通り、一応試験は、受けさせて貰えました」
「それは知っている。で?」
「で?…………って……それで……その……」
「進級出来たのか出来ないのか。オレが聞きたいのはその一点だ。どうだったのだ」
「……そ、それが……」
「どうだったのかと聞いている!!」
「数学と英語……」
「数学と英語がどうした」
「『だけ』、クリアしました」
「…………え?」
「だから……数学と英語だけクリアして、後は全部赤点だったっつってんだよッ!!」
「な、なんだと?!この期に及んで赤点?!貴様は本物の馬鹿かッ!!」
「うるせぇ!オレだって取りたくて取ったんじゃねぇ!!」
「何を偉そうに逆ギレしている!!オレの時間と労力を今すぐ返せ!!」
「知るか!!全部お前が悪い!!」
「意味がわからん!これで貴様とは綺麗さっぱり縁が切れるという事だな!今すぐ出て行け!!」
「まだ留年って決まってねぇよ!」
「決まりだろう!貴様一年からやり直して来いッ!」
「ちくしょう!オレだって落ち込んでんだぞ?!そういう事言うな!もっと優しくできねぇのかよ!」
「何が優しいだ!馬鹿に優しくする義理などない!!」
「馬鹿馬鹿言うなっ!バカイバっ!」
「なっ……貴様誰に向かってそんな口を利いている!!」

 バンッ!と激しい音がして、海馬の両手が丈夫な机の上に思い切り叩きつけられ、それを挟んで前に立っているオレにずいっと顔を近づけ、世にも恐ろしい目付きで睨んで、ありとあらゆる暴言を吐き捨てる。ヒステリックで金切り声に近いそれを聞きながら、オレも負けじと少ないボキャブラリーで応戦した。
 

 オレだって意外過ぎる事態に呆然としてるし、これでもすっげぇ凹んでんだ!そんな頭ごなしに怒鳴る事ないじゃんか!
 

 まさか肝心の再試験にあっさり落ちるなんてさ、思わねぇじゃん!!そうだろ?!

 
 ── 折角反省して、謝ろうと思ったのによ!
 

 

 運命のテストの日から数日経った、週を超えた月曜日。

 ……先週の金曜日、運悪く総計14時間爆睡して、肝心の試験をボイコットしてしまったオレは、土曜日で授業は休みの次の日。早朝から職員室に駆け込むと、担任にテストの日欠席した……主に体調不良を強調した嘘八百の理由をあげつらって、無事即再試験を受けさせて貰う事に成功した。

 肝心のテストは海馬が凄い自信を持って「出る」と言ったところが本当に出て、超楽勝じゃん、と思いながらスラスラ解いた(ただし20点分)。だから、まさか今回のテストで赤点が出るなんて思ってなかったし、当然留年の心配なんかしてなかった。

 ……そしたら、今日。結果が返って来たと同時に職員室に連行されて……18点の古文を筆頭に、見事に赤点だらけの解答用紙を突きつけられた。その後頭上から降ってきたのは……留年の二文字がオレの頭をぐるぐる廻ような、そんな残酷な言葉だった。そんな悲惨な内容の割に、センセイの顔は笑顔なんだけど。どういうこった。

 赤点の原因は、なんかよく分かんねぇえけど、かなりどうでもいいミスばかり連発したらしい。ああ、だからニヤニヤしてんのか、ふざけんなよ。
 つーか何やってんだオレ、馬鹿じゃねぇの。

 大きな溜息を吐きながら、オレはその現実に真面目にショックを受けた。すげぇ頑張ったのに赤点取った事も勿論ショックだったけど、それ以上に海馬にあれだけ迷惑をかけて結局ダメだった事に一番落ち込んだんだ。

 だってそうだろ?一週間みっちりつき合わせてだぜ?オレだって馬鹿だのアホだの言われてるけど、人並みに常識は持ってるつもりだし、今回の事でどれだけあいつに苦労をかけたかぐらいちゃんと分かってる。

 そりゃ、散々怒られたり暴力でストレス解消とかされたけど、ただでさえ忙しい仕事の合間を縫って、睡眠時間を極限まで削らせて、更には大事な取引先との会談まで蹴って貰って勉強を見て貰ったのに。……これで落ち込まない人間がいたら、そいつは人間じゃねぇと思う。

 怒られるから怖いとか、そういう事より何より……本当に悪かったなぁ、って思ったんだ。これは見捨てられてもしょうがない。皆の言う通り自業自得だ。

 学校から海馬邸までの道のりを肩を落としてとぼとぼと歩きながら、オレはどうやって海馬に謝ろうかそればかりを考えてた。流石にメールで結果を言うのは怖くて出来なくて、一言「テストが返って来た。今日報告に行く」って送ったっきり。返事が来てるかどうかも見ないで携帯を鞄にしまっちまうと、覚悟を決めて巨大な海馬邸の門を潜ったんだ。
 

 そして、数分後。
 

 どう考えても待ち構えてました、な海馬くんを目の前にしたオレの一世一代の……というのは大げさだけど、の報告が最初のやり取りに繋がってる。海馬の奴、オレの言葉にみるみる内に表情を豹変させて、まるで悪鬼の如く怒鳴りつけてきやがった。

 その顔を見た瞬間、オレの中にあった反省の気持ちや海馬に対する悪かったな、っていう謝罪の言葉も全部吹っ飛んで、なんだこの野郎!な気持ちになっちまった。だってよ、余りにも酷すぎるだろ!

 ……分かってる!オレが悪いのは分かってるけどさ!……でも!
 

 
 

「城之内克也」
「なんだよ。なんで急にフルネーム呼びしてんだ」
「当たり前だろう。貴様とはもはや他人だからな」
「お前、本当にオレを見捨てるのかよ」
「人聞きの悪い事を言うな。『貴様の』約束不履行により、関係を解消するだけだ」
「オレ、約束してねぇもん。お前が勝手に」
「勝手だろうがなんだろうが、事実は事実だろう。貴様にはもう呆れ果ててモノも言えんわ。とっとと失せろ。既にクラスメイトでもなくなるしな」
「………………」

 あらかた悪口も出尽くして、海馬は深く大きな溜息を一つ吐くと、勢いのまま立ち上がっていた身体を元に戻し、酷く静かな声でそう言った。そして、偉く他人行儀な顔と口調で、オレに最後通達を突きつけた。海馬が本気で怒ると恐ろしいほど冷静になってしまう事を嫌という程知ってるオレは、それ以上何も言う事が出来なかった。

 どんなに騒いだところで、言い訳をしたところで、海馬の言う通り赤点を取ってしまった事は事実だし、赤点を取って進級出来なかったら別れると言う言葉をあの時本気で遮らなかった時点で、OKしてしまったも同じ事だという事位分かってる。

 ああもうおしまいだ。何もかも。

 オレは、色々言いたい口を仕方なく閉じて、くるりと海馬に背を向ける。本当はここで今までの事を謝ろうかと思ったけど、そんな雰囲気でもないから結局無言のまま奴の部屋を後にした。ちょっと扉に背を凭れて、もしかしたら海馬、思い直して席を立ってくれるかも、なんて甘い事を考えたけど、扉越しに伺った部屋の中は物音なんか一つもしねぇでしんと静まり返ってる。……ちくしょう。ガン無視かよお前。
 

 これからどうしよう。マジ留年が決定したら、オレ学校やめようかな。
 

 そんな事を考えながら、オレは足取りも重く海馬邸を後にした。

 その日の深夜、海馬からじゃなくモクバから、兄同様言葉は大分辛辣な……けれど凹みまくっているオレには凄く心癒されるメールが一通入っていた。けど、それだけだった。
 

 寝る直前、オレはこの一年間海馬と過ごしたあれこれや、死に物狂いで生き抜いたこの一週間の事を思い出し、ちょっとだけ泣きたくなった。
 

 ……そして、夢で数学と英語の問題をすらすら解いて、得意気になっていた。