Extra 愛妻弁当

「うわ、すげー!!何これ超美味しそう」
「……言っておくが、材料は全てスーパーの特売だぞ」
「なぁなぁ、食ってもいい?」
「人の話を聞け!……っ、とにかくそれはお前の分だ、好きにしろ」
「やったー!んじゃーいただきまーす」
「……いただきます」

 爽やかな風が吹く屋上で、ささやかな弁当開きをしたのは明日6月を迎える初夏の昼の事だった。オレ達の間には常にオレが学校に持って来ている小さな二段弁当箱と、今日特別に拵えた少し大きめの箱にぎっしりと詰めた昼食がある。それを躊躇なく両手で取り上げて、何故か思い切り瞳を輝かせた城之内は、手渡した割り箸を割るのももどかしく凄い勢いで食べ始めた。それを少し不安な面持ちで眺めながらオレも自分の分に手を付ける。

 ……どの料理も今日は細心の注意を払った。失敗はしていない。自分ではなかなかの出来栄えだと思うのだが、何も言わずにただ只管口を動かしている男にとってはどうだろうか。
 

『お前の作った料理が食べたい。普通のカップルみたくさ、弁当作ってくれよ。いいだろ?』
 

 城之内が突然そんな事言い出したのは、奴が久しぶりに学校に登校して来た一昨日の事だった。まだ夏服が許可されていないにも関わらず半袖のカッターシャツを身につけ、あまつさえ肩の上まで捲り上げつつ授業中なのも気にせずに堂々と教室に入って来た。

 その日は時間に余裕があると嘯いて、何度か鳴る携帯電話を無視しつつ休憩時間ごとに人に纏わりついて、放課後有無を言わせずオレのバイト先まで車で送り届ける際にやけに真面目な顔で先の言葉を口にしたのだ。

 何故かと理由を聞いてみれば、奴は「お前がオレに何かしたいって言うんなら、そういう事がいいから」と言ってのけ、次の登校スケジュールを教えてくる。それにオレは戸惑いつつも了承した。確かに、オレは常日頃何かと世話になっているこいつに何か礼をしたいと考えていたからだ。

 けれど、何故弁当なのだろうか。専用のシェフがいて、毎日豪奢な食事をしているこいつに庶民の味など合う訳がない。大体材料が乏しすぎる。今は月末で勿論財政は苦しかった。バイトの給料までは数日ある。だが、乞われてしまえば応えるより他はない。こんな時ばかりは自分の生真面目な性格が恨めしかった。

 結果、オレは自分とモクバの弁当の他に奴の分も拵えた。色々考えたが奴だけ特別にするだけの金も材料も無く、仕方なく自分たちと同じ物になってしまった。ただし、量だけは多めにした。だがそれだけだった。

 最後まで無言のまま飯の一粒も残さずに綺麗に平らげた城之内は、これだけは二人で昼食を食べる時は常に用意してある水筒に入れた茶を要求して来たので、カップに注いで直ぐに手渡す。それを一息に飲み干した後、奴は口元に笑みを湛えて空になった弁当箱をその場に置いた。そして顔の前で手を合わせると「ごちそうさま!」と大きく言う。その後は相変わらず黙ったままだ。普段は何時食べているのかと思うほど食事の時には会話を絶やさない男なのに。

 やはり安物の材料で作った料理などろくなものではなかったのだ。口に合わないならそう言って突っ返してくれた方がまだマシだ。無理して最後まで食べる必要などない。余りに長い沈黙にオレが勝手にそう思い一人密かに落ち込もうとしたその時だった。

 目の前に置いた空の弁当箱を両手で恭しく持った奴が、やけに丁寧な仕草でそれをオレに返却する。未だに何も言わないその態度に、はぁ、と大きな溜息を吐きつつ受け取ろうと手を伸ばすと、何故かその手を強く掴まれた。なんだ!と声をあげる前に、やけに嬉しそうな声が大きく響く。

「やべぇ、オレ、こんなに美味い弁当食べたの始めてだ!ありがとな!っつーかまた食べたい!」
「…………は?」
「あれ、何その反応……オレ、超褒めてんだけど」
「……褒めてる?不味かったんじゃないのか?」
「え?!なんで?」
「一言も喋らなかっただろうが」
「あ?あー、食ってる時?」
「ああ」
「そりゃお前、美味いもの食ってる時喋れるわけないだろ。集中してんだからさ!」
「……そうなのか?」
「当たり前だろ。オレ、あんまメシを美味い美味いって食う方じゃねぇんだけど、これは凄く美味かったよ!マジで!」
「そ、そうか」
「うん」

 ぽんぽん、と自分の腹を満足気に叩いて、本当に幸せそうに笑う奴の顔を眺めながらオレもなんだか幸せな気分になった。色々な面で多大な差があり、引け目を感じる部分が多いからこそ、奴を喜ばせる事が出来た事がこんなにも嬉しい。自然と、笑みが出てしまう程に。

「お前はさ、お前が思ってるよりもずっとオレに幸せをくれるんだぜ?」

 天を仰ぎ、そう嬉しそうに呟く奴の顔を眺めながら、オレも空の弁当箱を手に抱えて声には出さずに同じ事を考えた。辛い事ばかりの人生でも、こんな瞬間があるからこそ強く生きていけるのだ、お互いに。

「……次は、リクエストに応えてやる。ただし、25日以降にな」
「え?マジで?!じゃあさぁ、オレ……」

 満面の笑みを浮かべて指を折りながら口にするものは意外に子供っぽいメニューばかりで思わず破顔してしまう。その声を酷く心地よく思いながら、オレはまだ途中だった自分の弁当に箸を付けた。
 
 今度は、もう少し甘い卵焼きにしてやろうと、そう思いながら。


-- End --