Immoral Kiss Act8(Side.城之内)

「おはよう城之内くん。今日は学校に来たんだね」
「……ああ、うん。久しぶりだな」
「随分濡れてるけど、傘は?」
「バイクで来たんだ。家に置いて来るの面倒でよ。先公には言うなよ」
 
 

 海馬をあのホテルに置いたまま学校に向かったオレが教室に辿り着いたのは丁度二時限目が終わった頃だった。時間割なんて全く把握していなかったから前に何の授業をしていたか分からなかったけれど、室内に人気がなかったから移動教室だと言う事は理解出来た。

 自分の席に着き改めて黒板横の時間割表を見ると、前の時間は音楽で次の時間は体育だ。なるほど、人がいない訳だ。音楽室と体育館はこことは別の校舎にあるから、賢い連中はジャージを持って音楽室に行ったんだろう。

 本当は出席時間数の関係で受けなきゃならないのは音楽で、今日はその為だけに登校して来た筈だったのに、遅刻したのならしょうがない。今更着替えて体育に参加するものダルイし、このまま帰ってしまおうか。そう思い、机の脇にかけたばかりの何も入っていない薄っぺらい鞄を取ろうとしたその時、ガラリと後ろの扉が開いて見慣れた顔が飛び込んで来た。

 振り返ると、侵入者は少し慌てた様子で後ろのロッカーにかけ寄って何かを探し始める。……そいつは紛れもなく遊戯だった。どうやら、奴はジャージを持って行くのを忘れたらしい。

「遊戯?」
「あっ……城之内くん!」

 思わず声をかけると遊戯は振り返り、オレを見て心底驚いた顔をした。そして、ロッカーを探るのをやめてしまう。どうした?と聞く暇もなく、奴はオレの元まで駆け寄って来て何故かぎゅっと手を握り締めてきた。そして。

「良かった。そろそろ連絡を取ろうと思ってたんだ」

 と口にした。
 授業受けに行かなくていいのか?と聞いたオレに緩く首を振った遊戯はそのままオレの隣の席へ移動すると、勝手に椅子を引いて腰をかけた。そしておざなりな挨拶を交わした時にタイミング良くチャイムが鳴る。終了か開始か時計を見ていないから良く分からなかったけれど、周囲がにわかに騒がしくなったから、休憩時間に入ったんだろう。沢山の雑音が酷く耳障りに聞こえる。

「最近どうしてたの?バイトが忙しかった?」
「……まぁそんなとこ。親父の奴がまともに働き出したのはいいんだけど、飲んだくれるから金が足りねぇんだよ。貧乏暇なしってヤツかな」
「そう」
「あーでも心配すんなよ。借金は増えてねぇし、最近はアイツも機嫌がいいから滅多な事で喧嘩もしねぇし、平和は平和だ」
「でも、城之内くんは学校に来てないじゃない。……バイトだけじゃないんでしょ」
「……お前、結構ずけずけ物言うのな」
「気に障ったらごめん。でも」
「別に怒ってねぇよ。オレが最低なのは分かってっし。今更何言われたってどうって事無い」
「そういう言い方って……」
「──っ、悪ぃ」
「何かあったの?」
「え?」
「なんかいつもの城之内くんじゃないみたいだ」

 周囲の喧騒とは裏腹に扉が堅く閉ざされた教室は酷く静かだった。遊戯は常に見せる柔らかな笑顔を忘れたかの様に真剣な眼差しでオレを見ている。多分こいつはずっと、こうしてオレと二人で話をする時間を持ちたかったんだろう。今までに何度も携帯に電話やメールが来ていたし、バイト先に偶然を装って張ってる事もあった。教室で顔を合わせるといつも何か言いた気な顔をしてオレを見ていた。

 それは、オレも知っていた。知っていて、全部避けていた。

 遊戯の電話やメールは尽く無視して、バイトには常にバイクで行くようにした。万が一見つかってもバイクなら振り切れるからだ。そして学校では極力本田や他の連中と一緒にいた。二人きりにならない様にした。でも、そんな逃げが何時までも通用する訳がなかった。神様なんて全く信じちゃいねぇけど、やっぱり何処かで見ているんだと思う。そうじゃなかったら、こんな偶然は有り得ない。

 ……昨日から酷く憂鬱だ。海馬の事も、遊戯の事も、その他の色んな事も全部鬱陶しくてしょうがない。けれど投げ出してしまう勇気がオレにはなかった。面倒臭いと思いながらも無くす事は考えられない。なんだろうイライラする。毎日好きな事ばかりしている筈なのに、一つも楽しいとは思えなかった。

 昨日の海馬とのセックスがその集大成だ。あんなに嫌な思いをした事は今までない。今にも倒れそうな顔色をしていた癖に、オレが強要する事を全て受け入れて、本当に倒れてしまった。吐き気や苦痛を堪える表情を間近に見ていて正直気持ちは萎えていた。体だっていつもの半分も興奮しなかった。けれど、物理的な刺激には反応するし、デキない事はなかったから強行した。何度も何度も、奴が根をあげるまで突き上げた。

 青褪めた顔で浅い呼吸を繰り返してベッドの上に転がっていたあの姿。苦い思いだけが込みあげる。
 

「城之内くん」
 

 遊戯の声が聞こえる。ああ、そう言えば今は遊戯と話していたんだ。何て言われたっけ?いつものオレじゃない?どこが何時ものオレじゃないんだろう。オレは元々こんな奴だ。何も変わって無い。……けれど、遊戯には変わって見えると言うのなら、アイツにとってどんな状態が『何時ものオレ』だと言えるんだろう。訳が分からない。

「……いつものオレって?オレは別に何も変わってないぜ?」
「そうかな。僕には君が凄く苦しんでる様に見えるけど。さっきみたいな事を口にするのだって君らしくないよ。自分でも分かってるでしょ」
「……分かんねぇよ」

 大体、こいつにはそこまで『オレ』を見せていない筈だ。他の誰にも、否、海馬以外は多分本当のオレの姿なんて知らないだろう。……尤もオレ自身何が本当かなんてもう分らない。

 ただ一つ言えるのは、以前ならこんな風に過去を振り返って反省したり、苦々しい思いを抱く事なんてなかった。もっと楽観的で自暴自棄で、どうなろうと特に気にする事もなかった。だからこそ、色々と取り返しのつかない状況になって来ている。分かっている。けれど。

 それきり口を閉ざしたオレを見て、遊戯は少しだけ困った様な……否、呆れた様な溜息を吐くと一旦オレから目線を外し、教室の後ろの席を見た。そして再びこちらに視線を戻すと、また静かに口を開く。

「じゃあ、話を変えるけど、君は知ってた?海馬くんの事」
「海馬?何を?」
「海馬くん、最近ずっと具合が悪くって、学校に来ても直ぐ早退したり、保健室に行ったまま帰って来なかったりしてたんだ。僕はお節介だから、保健室に付いて行ってあげたりした時に話もしたんだけど……あんまり立ち入った事は聞けないし……ただ、余り家にも帰らないからモクバくんとは喧嘩したきり口もきいてないって言ってた」
「モクバ……?」
「海馬くんが家に帰らない理由は知ってるよ。君がその一端を担ってる事もね。昨日はどうしてたの。家に寄らなかったって事はまた外泊?もしかして、海馬くんも一緒にいた?」
「………………」
「そっか。一緒だったんだね」

 オレは遊戯の言葉に何一つ反応をしていないつもりだったのに、遊戯には見透かされていたらしい。改めてじっとオレの目を見たコイツは肩を竦めて咎めるように眉を寄せた。厳しい言葉をかけられた訳でも非難された訳でもないのに、その表情は何よりもオレを詰ってる様に見えた。胸が痛い。

「……確かに、昨日は海馬といた。今日もそっから登校して来た。お前の言う通り、アイツは元から具合悪そうで、ヤッてる最中から苦しそうにしてたっけ。んで、結局朝になって熱出して寝込んじまった」
「で?君はそのまま学校に来ちゃったの?」
「……海馬が行けって言うから。オレに側にいられんのも嫌なんだろ」
「そもそも、君は海馬くんが具合が悪い事に気付いてたんだよね?それでも、したんだ?」
「だって!アイツが言わねぇから!一言でも具合が悪いとか、嫌だとか言えばオレだって!」
「……どうして海馬くんが君にそれを言わないのかって、考えた事なかったのかな」
「え?」
「他の皆……大して海馬くんと喋ってもいない女の子だって海馬くんの調子が悪い事、知ってたのに。多分君だけだよ、知らなかったの。大体、昨日会うまでは分からなかったんでしょ?」
「………………」
「海馬くんにも何度も言ったけど……君達は、本当に恋人のつもりなの?」

 いつの間にか周囲の喧騒は消え、静寂が辺りを包んでいた。しんと静まり返った空気の中、落ち着いた遊戯の声が、何よりも大きく響いた気がした。思わず指先を握り締めて息を飲む。そんなオレを相変わらず真っ直ぐに見詰めながら、遊戯は今までと同じ淡々とした口調でこう言った。

「海馬くんと別れてよ。城之内くん」
「別れる?」

 少しだけ上ずったオレの声が微かに揺れて消えて行く。咄嗟に「何言ってんだよ遊戯」と言おうとして、言えなかった。真っ直ぐに、こちらを見詰めると言うよりは睨んでると表現した方が早い目の前の瞳が、オレを本気で詰っていたからだ。

 これまでも何度も遊戯からは説教めいた小言を言われても来たし、こんな事は良くないからやめろとも言われて来た。でも、これまではオレに逃げ道を残してくれたし、追い詰める様な真似もしなかった。けれど、今は違う。本気でオレを……オレと海馬を引き離そうと思っている。その為には実力行使も厭わないとその強い眼差しは言っていた。知らず乾いた喉に、無理矢理唾を流し込む。

「僕、今までずっと君達の事を見ていて、色々お節介な事も言って来たけど……それは君達に少しでも笑っていて欲しいって思っていたからなんだ。僕は本当に、城之内くんの事も海馬くんの事も好きだから」
「………………」
「でも、何時まで経っても君達の関係はおかしなままだし、それどころか周囲も全部おかしくなっちゃったでしょ?海馬くんなんか体調まで崩して、もう見てられないよ」
「けどよ、遊戯……」
「うん、それが君達の所為だけじゃないって事は分かってる。城之内くんの事情や海馬くんの事情があるのも僕なりにちゃんと理解してるつもり。でも、そんな事はもう言い訳でしかない」
「オレ達の意思はまるっきり無視なのかよ」
「無視してないよ。だから、時間をあげたじゃない。でも、変わらなかったのは君達でしょ?」

 ああ、そうだ。初めからこの瞬間までオレ達にはなんの変化もなかった。最初からオレは海馬に『そういう』関係を提示したし、海馬もそれでいいと頷いた。恋人なのはお前だけどオレは女とも寝るし、お前も誰と寝ても構わない。好きにすればいい。そういう自由な関係が欲しい。何度もはっきりとそう言った。だからオレ達の間では何の問題も無かった筈だ。何の、問題も。

「……変わらないも何も、初めからそういう約束だったし。だから、オレはなんでお前がそこまで首を突っ込んでくるのかが分からねぇ。海馬だって……」
「海馬くんは、少なくても君と全く同じ考えではなかったみたいだけどね」
「え?」
「口ではどんな事を言ってたって、その人が何を思っているか位ちゃんと分かるよ。現に海馬くんは今疲れ切ってるでしょ。体調が悪いって、そういう事だよ」
「そんなん……本当のところはどうか分からねぇだろ?仕事が忙しかったのかもしんないし、オレじゃない他の誰かと拗れた可能性だってある。何でもオレの所為にすんなよ!」
「……分かってないなぁ、城之内くんは。だから僕は別れて、って言ってるんだ」

 まるで大人が子供を諭す様に、幾分柔らかめの言葉が耳に届く。呆れた様に髪を弄る遊戯の顔を今度はオレが思い切り睨んでやった。かつてはこれだけで人を怯えさせた事が有ったのに、今の遊戯には全く通用しなかった。それどころか軽い笑いでかわされてしまう。

 これが遊戯じゃなかったら殴っていたかもしれない。それ位腹が立っていた。でも、その気持ちとは裏腹に手も足もまるで縫い付けられたかの様に動かなかった。声を荒げる事は出来ても、立ち上がる気力さえない。

 そんなオレの事を遊戯は分かっているのか距離を離すどころか逆に近づいて、さっき久しぶりに顔を合わせた時の様に手を伸ばして来た。いつの間にか膝の上で握っていた左手に温かな右手がそっと重なる。

「恋人同士ってさ、普通一番お互いの事を知ってるものじゃないの?でも、君は海馬くんの事を何も知らないし、海馬くんは君に言いたい事も言えないでいる。そんな風に一般的な恋人の最低限のラインさえも満たしていないのなら、恋人でいるのをやめたら?って言ってるんだ」
「そんな事、誰が決めたんだよ」
「誰も決めてないよ。誰もが、そう思ってるだけでね。恋愛の形だって人それぞれだから、全部がそうとは限らないけど」
「だったら!!別にいいじゃねぇか!!」
「君達が良くても、僕がもう我慢出来ないんだよ」
「お前には……!!」
「僕は、海馬くんが好きだよ。彼が僕の事を好きって言ってくれたら、恋人になりたいと思ってる。本気だよ」
「………………!!」
「海馬くんが幸せになるなら、と思ってずっと黙って君達を見て来た。何度も言うけど、僕は城之内くん……君の事も好きだったから。大切に思ってるから。……でも、もう限界」

 ふっ、と遊戯の右手から伝わってきた体温が消えていく。同時に立ち上がって体ごと離れて行く遊戯の事をオレは何か映画でも見る様な気持で眺めていた。全てが突然過ぎて訳が分からない。まさか遊戯の口から説教以外の、こんな言葉が出るなんて想像すらしなかったからだ。知らず、身体が大きく震える。

「……マジ、かよ」
「僕が冗談を言う様に見える?」
「海馬なんて……海馬なんて、何人男がいるか分かんねーんだぞ?男と見りゃ見境なく寝まくって、約束をしてもすっぽかすし、時間にルーズで、どうしようもない奴なのに」
「知ってるよ。それでも、君は恋人でいたんでしょ?だったら僕だって恋人になれる筈だよ。君はそんな海馬くんを丸ごと受け入れてたかもしれないけど、僕は違う。体調を崩すような真似なんて絶対させない。彼が誰からも非難されない、ちゃんとした生活に戻れるように一緒に努力するよ」
「………………」
「それに僕は、海馬くんの事をそんな風に悪く言ったりなんて、決してしない」
「っ海馬は、お前なんて好きにならねーよ!!」

 余りの遊戯の口撃にオレは震える体を無理矢理動かして立ち上がり、そう叫んだ。今が授業中だろうが関係無かった。少し離れた場所で立っている遊戯が酷く怖いものの様な気がして、言葉は必死に奴を跳ね付ける。けれど遊戯は少しの動揺もなくオレを静かに見つめ返した。その瞳には真剣勝負をする時のあの色が滲んでいて、余計に気持ちが焦る気がする。

 今までだってこんなやりとりは繰り返して来た筈なのに、今回だけは何かがおかしかった。密かに感じる遊戯の威圧的な態度もそうだし、オレのこの焦りもいつもと違う。ここで引けば、オレは本当に海馬を手放さなきゃならなくなるかもしれない。それだけは、絶対に避けたかった。

 無意識に胸に手をやり、胸元を握り締める。何故か酷く胸が痛かった。そんなオレを見て、遊戯はゆっくりと口元に笑みを吐いた。それは苦笑なのか嘲笑なのか、アイツの心を知る事が出来ないオレには判断が出来ない。

「そうだね。海馬くんは僕の事なんか好きになってはくれないかもしれない。彼は本当に君の事が好きだもの。それはよく分かってるよ」
「……なら、諦めろよ。お前の出る幕じゃねぇ」
「でも、少し前に海馬くんと二人きりで話をした事があるんだけど、その時彼は僕にこう言ったんだ。『貴様とだったら、一般的な恋が出来たのかもしれない』って。捨てられた猫みたいに泣きそうな顔をしてさ」
「なっ…………」
「海馬くんは、とっくに疲れていたんだよ。あの生活に」

 捨て猫、というキーワードにオレは余計に胸が痛くなった。オレとは無理でも遊戯となら、一般的な恋が出来る……?あいつが求めていたのはそんなものだったんだろうか。そう言えば、そんな話を少しもした事はなかった。オレとアイツが話す事と言えば下らない遊び自慢や軽口で、大半は身体を繋ぐ事しかしていなかった。それでさえも素っ気なく、甘い睦言の一つも言った事は無い。

 オレが何を考えているかなんて特に言う気もなかったし、アイツが何を考えているのか聞く気もなかった。オレが聞かない限りアイツも言わない。それでいいと思っていた。結果残されたのは気持ち悪い位に熱い体温と、互いの精液の青臭いあの独特の匂い、そして冷たいキスの感触だけ。繰り返される日々の中で、蓄積されたのは甘さや優しさじゃなく、苦く、虚しい感情だけだった。
 

 口の中に、アイツの嫌う煙草の不味い味が広がる様な気がする。
 

「城之内くん」

 遊戯の声が聞こえる。心なしか、さっきよりは口調が柔らかくなった気がした。何時の間にか俯いていた顔をあげると、少し離れていた筈の距離がまた近くなっていた。胸を掴んでいた手に再び遊戯の手が触れて、また温かさを感じる。それを追う様に目線をそこへ移すと、耳元に優しく残酷な声が聞こえた。

「大切に出来ないのなら、僕に頂戴。僕なら、君よりもずっと海馬くんの事を大事にしてあげるから。勿論、強引にそう持って行く事なんてしないよ。ちゃんと海馬くんの意思も尊重する。絶対に傷付けない」
「………………」
「それが嫌なのなら、もう一度よく考えて。ただし、今度は待つ事なんかしないよ。言ったよね、限界突破したって。僕は君が何て言おうと僕なりの誠意を持って海馬くんと向き合うよ」
「遊戯」
「選ぶのは海馬くんだけどね。自信、あるから」

 そう言って、今度こそにっこりと笑った遊戯は乱れた椅子を元に戻し、さっさと自分の席に戻っていく。瞬間丁度良くチャイムが鳴り、辺りに喧騒が戻ってきた。もうじき、ここにもクラスの連中が帰ってくるだろう。

「とりあえず、今日は彼の居場所が分からないから君に譲ってあげる。『恋人』なら、ちゃんと助けてあげて。それすらも出来ないのなら、もう海馬くんには近寄らないで欲しい。僕は本気だからね」

 そう、本気だ。君は敵じゃないけれど、味方でもない。応援はしないよ。

 最後に感情の見えない声でそう言って、それきり遊戯はオレの方を見ようともしなかった。今までずっと見せてくれていたあの笑顔はもう何処にもない。そこには静かな怒りと、虚しさと、友達に対してそんな態度に出なければならなくなった悲しみがあるだけだった。
 

 ……この瞬間、オレは最後の味方まで失った事を知る。
 

「遊戯」
 

 名前を呼んでも、もう遊戯は振り返ってさえくれなかった。

 再び降り出した雨の音が、静かに二人きりの教室を包んでいた。