Looking for… Act7

「よっしゃ昼だ昼!!弁当食いに行こうぜ遊戯!」
「うん。今日も屋上?」
「どうすっかなー天気もいいし、屋上にすっか!……あ」

 それから暫く、休み時間の度に余計な用が入って中々思い通りに行かない中、何時の間にか時計の針が12時を差し、午前中が終わってしまった。瀬人は殆ど開きもしなかった教科書を溜息と共に机の中にしまいこむと、腕時計を睨みつける。

 昨日一日何もしていない所為で仕事は滞りまくりで、これ以上学校などに時間を割いている暇はない。かと言って今日この場に来た目的である城之内の携帯を手渡していない以上、このままひっそりと帰る訳にもいかなかった。

 漸く接触するチャンスは来たものの、彼等はこのまま即座に屋上に行くとかどうとか言っているし、今を逃したらまた時間を置かなければならなくなる。別に躊躇無く近づいていけばいいのだが、今朝のアレを聞いてしまった以上、なんとなく足を運びにくい。

 別に嫌な奴とか嫌いだとかいわれた訳でも無いのに何を下らない事をぐだぐだと考えているのだ。というか、凡骨に何を言われたところで今更ではないか。全く馬鹿馬鹿しい。

 ……そうは思っても言動とは裏腹に気持ちはすっかり萎えたままで、ついには投げやりになり「こんなどうでもいい事の為にこの場に留まるなどごめんだ。こうなったらここから奴に携帯を投げつけて帰ってしまおうか」と思い、ポケットの中の携帯を握り締めた、その時だった。

「なあ瀬人!お前も一緒に来るだろ?屋上!遊戯も行くってよ!」

 まさにその思考の大半を占めていた城之内が、瀬人に向かってそんな声をかけて来たのだ。その横で微妙な表情の遊戯がこちらを見ている。『遊戯も』という所に城之内の思惑が透けて見えるからだ。

 彼は本当に遊戯が瀬人を好きだと思っているのだろう。気のいい奴の事だから本人的には友人の手助けをしてやっているつもりらしいが、はっきり言って余計なお世話だ。迷惑甚だしい。そんな苦々しい思いを抱きつつ、瀬人がどう反応したものか迷っていると、勝手に「行く」と決めた城之内がつかつかとこちらにやって来て、昨日と同じく有無を言わさず瀬人の右腕を握り締めた。それに思わず反応する。

「そうと決まればさっさと移動!昼休みは短いんだぜ」
「……誰も行くとは言っていない!離せ!オレはもう帰る!」
「そんな事言わないで。いーじゃん、バイトなんてサボっちまえば」
「だからバイトではない!貴様、人の話を全く聞いていないだろう!」
「どっちでも同じ同じ。とりあえず昼だけでもいいから。ほら。あ、お前また弁当ねーの?オレの分けてやろうか?……ってゴメンゴメン。それは遊戯の役目だよなー?とりあえず瀬人連れてくからお前等先行っとけ」
「ちょ、城之内くん?!」
「余計な世話だ!っ勝手に歩き出すな!おい!」

 なんだかんだと大騒ぎしつつ、結局城之内の強引かつ粘り強い攻撃に太刀打ちすることが出来ず、瀬人は屋上へと拉致られる事になってしまった。抵抗するように足を動かそうとしない瀬人のお陰で大分手間取りつつ二人は階段を上がっていく。

「そんなに嫌がるなよ。たかが弁当食うだけじゃん」
「何がたかが、だ。言っておくがオレは貴様等と共に昼食を取った事など今まで一度だってないわ」
「へーそうなんだ。じゃあこれからは一緒に食おうぜ」
「断る」
「何でだよ。皆で食うと楽しいだろ。一人じゃつまんないし」
「だから貴様等とオレを一緒にするな!」
「あーもー諦めが悪いなーお前って超めんどくせぇ」

 そんな事を言い合いながらぐいぐいと腕を引っ張る城之内に完全に引きずられる形となった瀬人は、抗う力と引く力の狭間で不安定な体勢を余儀なくされていた。力任せに掴まれた手首が痺れてくる。本当に鬱陶しい。そう思い更に声を荒げようとしたその時、不意に均衡が保たれていた力が城之内の方に傾いた。なかなか先に進まない事に焦れた城之内が、瀬人を引く力を思い切り強めたらしい。

「っうわっ!」

 二段先にいる城之内の手に思い切り引き上げられて、瀬人の身体がほんの一瞬宙に浮く。ずるりと階段を踏みしめる足が滑り急激にバランスを崩した彼は、普段なら決して出さないような声を上げて、思わず目の前の城之内の腕に手を伸ばす。城之内の方も瞬時に何をしてしまったか分かったのか、即座に身を屈めて空いた方の手をも伸ばし、しっかりと瀬人を両手で掴んだ為に事無きを得た。

 はぁっ、と同時に深い溜息が出る。必然的に二つの身体は密着していた。それも、思いっきり抱き合う形で。はっ、と瀬人が現状に気付いて慌てて身を離そうとするより早く、城之内はのんびりと身を起こすと少しも悪びれない顔で笑いながら口を開く。

「あっぶねー。引っ張り過ぎちまった。悪ぃ悪ぃ、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないわ!この馬鹿力が!足が浮く位人を引っ張る奴がいるか!!」
「怒るなよーまさか浮くとは思わないじゃん。お前見かけの割に軽いのな。逆にビックリしたぜ。良かったなー落ちなくて」
「ふん。落ちそうになったら貴様も道連れだ」
「あはは。手を繋いでりゃそーなるか」

 ま、オレは階段から転げ落ちるなんて間抜けな事はしないけどね。と昨日窓から落下しそうになった前科者が口にするには余りにも信用ならない台詞を口にして、城之内は完全に瀬人から身を離して、また一段上に行く。ほんの僅か、瀬人の頬に触れた酷く慣れた安っぽい布の感触が離れていく。直ぐそこには屋上への出入り口である古びた扉が見えていた。

「………………」

 前を見て今度は少し手の力を緩めて先に行くその後ろ姿に、瀬人は抵抗をする気力も根こそぎ奪われて、もう何も言わずに逆に力の抜けてしまった足を踏み出した。二人分の足音がパタパタと辺りに響き渡る。

 それから直ぐ、城之内が扉のノブに手をかけガチャリと回した音を聞いて、瀬人は今更ながらこの時に携帯を手渡していれば良かった事に気がついた。

 けれど、思い切り良く開かれた扉の向こうから聞こえた賑やかな声に、瀬人はポケットに伸ばしかけた手を留めて、軽く握り締めながら下ろしてしまった。
「じゃー瀬人はこっちで。遊戯と並んで。な?」
「だ、だから城之内くん。僕はっ」
「いーからいーから。あ、オレ飲み物買ってくるの忘れた。ちっと行って来る。おい本田、付き合えよ!」
「あー?そんなん一人で行って来ればいーじゃねぇか!」
「うるせぇな。いいから来いって!じゃ、遊戯、ごゆっくりー」

 屋上について直ぐ、城之内は連れて来た瀬人を先に辿り着いて待っていた遊戯の横に強引に座らせると、今度は無理矢理本田の腕を掴み、有無を言わせず再び扉の奥へと消えていった。バタン、と勢い良くしまった錆で赤茶けたそれを眺めながら、殆ど取り残された形の二人は互いに顔をつき合わせて呆れた溜息を一つ吐いた。温い風がコンクリートに座り込んだ二人の間を吹き抜けていく。

「……どうしよう海馬くん。城之内くん完全に誤解してるけど」

 心底困り果てた表情でそう呟いた遊戯は酷く申し訳なさそうに瀬人を見る。その顔を目線だけで見返して、瀬人は緩く首を振りながら吐息交じりの声で答えを返した。

「放っておけ。ああなってしまうと否定しても逆効果だからな」
「で、でも、このままじゃ……!」

 城之内くんが海馬くんから離れていっちゃう!言外にそう匂わせて、遊戯はその台詞を皆まで言わずにきゅ、と唇を噛み締めた。ああ、やっぱり今朝あんな事を言わなければ良かった。なんて余計な事をしちゃったんだろう。知りたくも無い本心をダイレクトに口にさせて、墓穴を掘ってしまうなんて最低だ。膝に置いたままの昼食を訳もなく握り締めながら、遊戯はついに俯いてしまう。

 そんな遊戯の事を少し高い位置から漸く顔ごと見下ろした瀬人は、余りにも落ち込んでいるその様を慰めようと、徐に手を伸ばす。そしてぽんぽん、と丁度いい位置にあった頭を軽く叩いやった。

 今回の事は何も遊戯が悪い訳ではない。城之内からああいう言葉が出た以上、あれが彼の偽りのない本心で、このまま普通に過ごしていても遅かれ早かれ目の当たりにしてしまうだろう事実なのだ。遊戯の言動はそれを知る切欠になったに過ぎず、よって責任など感じる必要はまるでない。そう瀬人は抑揚の無い声で告げてやり、でも、と言い募る遊戯の言葉を遮った。

 そう、仕方のない事なのだ。過去はどうあれ今の彼がああ思うのだから、それを外部がどうこうする事は決して出来ない。否、元々あれが本来の姿かもしれないのだ。歪んでしまった何かが記憶を失う事によって正されてしまった。そんな可能性だって十分にあり得るだろう。

 見かけも、咄嗟に出てくる行動も何もかも城之内そのものなのに、そこに自分の存在だけが抜けている。新たに彼の中に作られた自分の居場所はただの友達で、しかも親友の片思いの相手だ。ここから何をどうやって元の関係に戻せばいいのだ。複雑過ぎて訳が分からない。

 これは一時的なものだ。そのうち元に戻るだろう。当初はなるべく楽観視するように努めていた瀬人だったが、日が……否、時間が経つに連れて、そんな見解は甘過ぎるのではないかと思う様になって来た。

 遊戯の言う通り、昨日も今日も長い間近くにいて、様々な接触を勝手にされたものの何一つとして元に戻りそうな気配は見られない。それどころか城之内の中に瀬人の新たな印象だけが刻まれて行き、既にそれが慣れつつさえあるのだ。このままずっと、友達という名の他人になってしまうのだろうか。今まで想像すらしなかった事態に、瀬人は大きな不安を感じる。

 何時の間にか抱えていた立て膝を無意識に抱き締めながら、瀬人が今の想像から来る胸の痛みに少しだけ眉を寄せたその時だった。隣の遊戯がやはり心配そうな顔をしてこちらを下から眺めていた。顔を寄せて、その逆立った髪が頬に触れるか否かの位置から見つめてくる大きな瞳。

「……城之内くんに、言ってみようか?僕が海馬くんを好きなんじゃない。君と海馬くんは恋人だったんだよって」
「そんな事を言ってどうする?『あの』城之内に。思い切り否定されて終わるだけだ。奴は以前の自分をすっかり忘れている。女好きの自分が男と付き合っていたなどと知ったら発狂するかもしれないぞ」
「そんな事ないよ!だって、事実だったんだもん」
「事実がどうあれ、今の城之内には関係のない事だ」
「今の城之内くんだって、一昨日までの城之内くんだって、同じ城之内くんじゃないか!だから、記憶が無くなった位で変わってしまうなんて事ありえないよ!」
「だが、変わってしまっただろう?オレになど興味がないと言っていただろうが」
「……っ。やっぱり、海馬くん、全部聞いてたんじゃない……」
「………………」
「確かに、城之内くんはそう言ってたけど。でも、前の城之内くんだって元々は……!」
「そこが、奴にとっての間違いだったのかもしれないな」
「え?」
「だから、元々ノーマルな人間が男を好きになった事自体が間違いだったと言っている。そういう意味では、『元に』戻ったのだろう。そこから何も変わらないのであれば、オレは無理に奴とどうこうなろう等と言う気にはなれない。意味がないしな」
「海馬くん……」
「丁度いいタイミングだからオレはもう帰る。奴には上手く言っておけ」

 そう素っ気無い言葉で遊戯との会話を打ち切ってしまうと、瀬人は来た扉とは大分離れた場所にあるもう一つの扉の方に向かい、立ち上がる。その時ふとポケットの中の硬い感触が手に辺り、再び携帯の存在を思い出した彼は、もうこれは遊戯に託してしまおうと右手でそれを取り出して身を屈めて未だ座った状態の遊戯へと差し出した。

「何?……あ、これ、城之内くんの携帯!海馬くんがなんで持ってたの?」
「一昨日、奴がオレの部屋に忘れていったものだ。貴様から返しておいてくれ」
「もしかして、今日学校に来たのは、この為?」
「別に、そういうわけじゃない。いいから頼んだぞ。……何をしている早く受け取れ」
「嫌だ」
「何?」
「だから、嫌だって言ったの。その為に学校に来たんなら、海馬くんの手で返してあげなきゃ。僕が返したら意味がないでしょ?」
「何を言っている。誰が返そうが同じだろうが。早くしろ、奴らが来るだろうが」
「………………」
「遊戯!」
「嫌だったら!」

 差し出した携帯を一向に受け取ろうとしない遊戯に焦れた瀬人が、拒否をするその手を無理矢理掴んで携帯を握らせようとしたその時だった。バタンと大きな音がして、買出しに行ったにしては大分時間をかけて帰って来た城之内と本田が勢い良く駆けて来た。それにはっと二人が顔を上げたが時既に遅し。間に携帯があるとは言え、殆ど互いの身体にしがみついている様な状態に陥っていた彼等を思いっきり凝視した城之内は、一瞬何事かを言おうとした口を閉じて、何故か僅かに頬を赤らめた状態でこう言ったのだ。
 

「……あっちゃー。お邪魔だった?」
 

 その一言に、二人の胸にすさまじい後悔が押し寄せたのは言うまでも無い。

 屋上は、暫し嫌な沈黙に満たされていた。
「じょ、城之内く……」
「ごめんなー。もうちょい時間をかけて帰ってくれば良かったな」
「え?え?これ、どーゆー状態?ちょっと説明しろよ遊戯!」
「あ、後で説明するから。本田くん、お昼食べてて」
「おう。そうする。……修羅場は勘弁してくれよ。オレそういうのニガテなんだ」
「怖い事言わないでよー僕だってやだよそんなのー」
「………………」
「ちょっと海馬くん、早く離れて。ほら、城之内くんに携帯渡さなきゃ」
「……邪魔ならオレ席外すけど」
「………………!」
「ああもう違うんだってばぁ!!訳わかんない……えぇ?!」

 微妙な距離を空けてそんな会話を交わしていた4人は、遊戯に促されて離れた本田以外なんとはなしに見つめあいになってしまった。主に城之内対遊戯&瀬人な状態なのだが、不意に居心地悪そうに顔を顰めてそっぽを向いた城之内に、瀬人が一瞬身を固めて息を飲む。それに遊戯が驚きを露わにしようとした瞬間、腕だけ繋がっていた瀬人が徐に遊戯の身体ごと抱き込んだのだ。

 見るものが見れば熱烈な抱擁にも見えるそれに、遊戯の混乱は加速度を増す。

「ちょ、ちょっと何やってんのさ海馬くん!!」
「うるさい。もういい。どうでも良くなったわ!」
「こんなところで自暴自棄にならないでよ!……あ!」
「………………」
「か、海馬くん。君……ああもう。……じゃあ、ちょっと携帯貸して?うん。ありがと」

 ぎゅうっと遊戯を抱き締めて大分低い位置にある肩口に顔を押し付けた瀬人の身体は微かに震えていた。……泣いちゃったのかな。なんだかんだ言ってやっぱりダメージ受けてたんだね。そう思い、何時まで経っても上がらない顔に遊戯は深い溜息を吐きながら、握り締められたままだった瀬人の携帯を受け取って城之内の方を見る。

「城之内くん」
「な、なんだよ」
「これ、君の携帯。海馬くんの家に忘れて行ったでしょ。海馬くん、わざわざ持って来てくれたんだよ」
「へ?あれ?!あ、そういえば携帯何処にやったっけって昨日思ってたんだ」
「もう。携帯しない携帯じゃ意味ないでしょ。はい。海馬くんにちゃんとお礼言ってね」
「う、うん。あの……瀬人?えと、悪かったな。わざわざ携帯持って来て貰ってよ」

 他人の腕の中に顔を伏せている人間に話しかけるのは意外に勇気がいるんだな。そんな事を考えながら、城之内は少しだけ座り込んでいる二人に近づくと、背をむけたままの瀬人の耳元あたりに顔を寄せ、かなり遠慮がちにそう言った。振り向かない顔。ただそれだけの事なのに、何故か妙に胸が痛い気がする。同時にほんの僅かな苛立ちも。
 

『なんでだよ。こっち向けよ。人の話を聞く時はちゃんと目を見ろ。いつも言ってんだろ』
 

 自分の中からそんな声が聞こえてくる。あれ、おかしいな。なんでオレこんな事思ってイラっとしてんだ?そんな疑問が即座に思い浮かぶが、答えは誰にも分からない。城之内自身にさえ。その訳の分からなさから、更に苛立ちを募らせて、城之内は思わず眼前の薄い肩を掴んで声を上げてしまう。

「……瀬人!」
「触るなっ!」
「海馬くん?!」

 刹那、瀬人の身体がびくりと跳ね、同時にその手が勢いよく払われた。バシンと小気味良く響いた音が消える前に、遊戯の身体を突き放すように腕をつっぱり、顔を上げた瀬人は勢い良く立ち上がり、二人の間から抜け出して距離を取った。俯いたその顔は長い前髪に隠れてよくは見えないが、口元が歪んでいる。

「っ…………」

 そのまま何も言わず、瀬人はその場にいた全員に背を向けると足早にその場を後にしてしまう。行く手に城之内が立ち塞がる近くの扉には近づかず、少し離れた管理棟へと通じる扉に歩んで行き、さっさとその中に消えてしまった。何処と無く張り詰めた空気に声をかける気にもなれず、その場にいた全員はただ呆然と消えていくその後姿を見つめているだけだった。

「……なんだよ。なんで怒ってんだあいつ」

 未だじわりとした痛みを感じる右手を握り締め、城之内がそう口にする。瀬人が遊戯から離れる数秒間、一瞬だけ見せた怒りとはまた違った類の複雑な顔を見てしまった城之内は、また妙な気分にとらわれてしまう。はぁ、と小さな溜息を一つ吐く。行き場をなくした視線を眼下の遊戯へと向け、同じように瀬人が消えた扉を見つめていた彼に声をかけようとする。が、それより早く再び湧き上がってくる怒りにも似た不可思議な感情に支配され、城之内は右手を強く握り締めた。

(なんか変だ。どうしてオレ、こんな気持ちになるんだろう)

 本当は、この屋上に帰って来た瞬間から……正確に言えば遊戯と瀬人が抱き合いにも近い姿をみてしまった時から、この自分では理解不能な気持ちに囚われていた。悲しいような、ムカつくような、一言では形容し難い変な感情。何故だろう。自分は遊戯の恋を応援すると朝思って、今それが少しいい方向に傾いた、その現場を見ただけなのに。もっと手放しで「やったな!もうちょいじゃん!」と言える筈なのに。

 素直に、その言葉が出てこない。嬉しくなんか無い、つまらない。そう思ってしまう心を否定できない。

「……訳分かんねぇ」
「ほんと、僕も訳分かんないよ」
「お前等結局修羅場ったじゃないか。昼飯どころじゃないっての。勘弁してくれよ。どーすんだアレ」
「……後で考える。とにかく、ご飯食べよ?昼休み終わっちゃう。ほら、城之内くん、午後から体育だよ?お腹すいたら力出ないよ?」

 ね?と遊戯に促されるまま、その場に強引に座らされた城之内は、近間に置き去りにしていた購買のパンを手に取ると、力なく袋をあけてかじりついた。

 大好きなやきそばパンのはずなのに、それは何故か、余り美味しいとは思えなかった。