Act3 あいつにそんな幻想いつまで抱いてるんだ?

「でも海馬くんはさ、凄く優しいよね」
「…………はい?」
「この間も、たまたま一緒に帰った時に学校前の空き地の隅に捨てられたっぽい子犬がいて、すっごく悲しそうな顔で鳴いてたんだ。どうしよう、僕んち動物飼えないし……なんて思ってたら、海馬くん何にも言わないでひょいっとその子犬を抱き上げてさ、抱えたまま車に乗って帰ったんだ。その犬、結構汚れてて酷かったんだけど、全然気にしなくてさ。優しいなぁって感激しちゃった」
「犬?」
「うん、犬」
「……えーっとそれはもしかして、キャラメル色の毛並みに頭のてっぺんにちょっとハゲがある……」
「うーん。僕が見た時は泥だらけだったから元の色がどうだったかなんて覚えてないけど……城之内くん、知ってるの?」
「いや、なんでもない。つか、オレがそんなエピソード知るわけないじゃん」
「あの犬、海馬くんが飼ってくれたのかなぁ。捨てられて可哀想だったけど、海馬邸に貰われたんなら結果的に凄く幸せだよね。だから僕、海馬くんは優しい人だなぁって思うんだ」
「………………」

 そう言って、遊戯はうっとりと空を見つめながら手にしたカフェオレの中身をゆっくりと飲み干した。それを机を挟んで向かい側に座り、殆ど額を突き合わせる形で聞いていたオレは、歪む口元と勝手に寄ってしまう眉間を必死に堪えつつ、手にしたサンドイッチを全て口の中に放り込んだ。シャリシャリと噛み砕かれる新鮮なレタスの音が、続けて始まった遊戯の海馬への称賛を程良くかき消してしまう。

「……海馬が優しいねぇ。お前、あいつにそんな幻想何時まで抱いてるんだよ?何時も言ってんだろ。奴に限って優しいとか有り得ねぇって」
「どういう事?」
「や、わざわざオレが言って回る事ねぇから言わないけど」
「そういう気になる言い方しないでよね。城之内くんは、海馬くんの事が好きじゃないからそう思うだけだよ。ちゃんと良く見ていれば本当に」
「あーそうですね。っつうかまぁ、『お前には』確かに優しいよな、海馬。好かれてるって羨ましいぜ」
「違うってば、僕だけにじゃないよ。」
「見解の相違」
「もうっ。今日覚えたばっかりのその言葉を使いたいだけでしょ?」
「あー分かったぁ?」
「……もういいや。とにかく、城之内くんが言う程海馬くんは悪い人じゃないよって事を言いたかったの」
「はいはい」

 なんで昼飯の話題が海馬なんだよ。もっとこう話す事があるだろ。そう思いながらオレが話を打ち切る為に目の前に山となったゴミをゴミ箱に捨てに行くと、遊戯は大きな溜息を吐いて空になった弁当箱をしまい始めた。その顔には自分の意見を真っ向から否定したオレのへ不満が思いっきり滲み出ている。……しょうがねぇだろ、事実は事実なんだから。最も優遇されてる奴には海馬の実情なんて何を言われたって分かんねぇんだろうけど。奴のみてくれだけを見てキャーキャー騒いでいる女達と一緒でさ。

 しっかし、あの犬っころはそーゆー経緯であいつの元に居た訳か。いつの間にか海馬の所に居座っていたキャラメル色の貧相な毛並みに頭にはちっぽけなハゲがある雑種のお世辞にも余り可愛いとは思えない馬鹿犬。海馬が何故か『凡骨』と呼んでソファーに放り投げたりしている癖に常に一緒に寝ているらしいそいつに、オレはちょっとだけ……ほんのちょっとだけ嫉妬心なんか芽生えちゃったりしていたわけだ。

 あいつは余計な事はこっちが聞かない限り絶対に言わないし、オレもわざわざ「そいつなんだよ」と聞く気にもなれなかったから、華麗にスルーしてたんだけど。どっからどう見ても捨て犬丸出しの癖にやけにオレにも懐いて来てくんくん鼻を鳴らすから、そろそろこいつが海馬の元に来た経緯を聞いてやろうと思ってたんだけど……なるほど、遊戯の前でまるで見せつける様に拾ってやった訳ね。今度は何アピールですか?いい人アピール?意味分かんねぇんだけど。

 ……尤も、海馬は元から『小』とか『子』とか付いてくる名の生き物に弱い。遊戯も奴の中では『小』に分類されている為か、めっぽう可愛がられている……らしい。そういう意味では優しいっつう評価はあながち間違いじゃねぇけど、物凄い差別臭がするから素直に頷いてなんてやらないんだ。大体よ、尤も優しくしてやるべき恋人に対する思いやりが皆無ってどうなの。いいのかよそれで?!

 つうか犬の名前凡骨ってなんだ。そりゃてめぇが勝手に付けた『オレの』あだ名だろ。……や、勿論そう呼ばれて嬉しくはないんだけど、それ以外の呼称で呼んで貰える事なんて少ないから必然的に親しみを覚えちまうだろ。なのにその呼び名が犬っころにいつの間にか取られていた。イラッとするのは当たり前じゃねぇかふざけんな!!
 

『よし凡骨、こっちへ来い』

『くすぐったいぞ、顔を舐めるな』

『本当に貴様は名前通りの平凡な犬だな。いや、むしろ駄犬か』
 

 凡骨って呼んでさも大事そうに抱きあげるな。容赦なく顔を舐めさせるな。更に唇まで許すんじゃねぇ。オレにだって滅多にさせねぇじゃねぇか馬鹿なのかお前。そんでもってそこまで可愛がっているのに飽きると投げ捨てるとかなんなんだ?!しかも犬っころも放り投げられてんのに尻尾振るな。懲りずに駆け寄るな。何時までやってんだこんちくしょう。いい加減にしねぇと窓から放るぞ?!つうかもう一遍捨ててやるッ!

 ……尤も、そんな事をした日にはオレの方が捨てられる訳だけど。ああ、オレももっと小さければ良かったのかな。

 遊戯の所為でつい昨日までの間に見ちまった色々光景が次から次へと頭の中に蘇り、オレはイライラと悶々とムラムラが同時に来てにっちもさっちもいかない状態になってしまう。

 くっそー!!たかが、あんな小さな犬一匹に!!

「あー!苛々するっ!」
「ど、どうしたの城之内くん?」
「どうもしねぇ!言っとくけどよ、遊戯。やっぱ海馬の野郎は全然優しくなんかねぇ。あいつは最悪だ!オレが幾らでも証拠を見せてやるよ!」

 それ以上にそんな最悪な野郎にマジ惚れしてるオレが一番最悪だけどな!

 ……って何の話をしてるんだっけ?!

 それから少しの間、「そうだ」「そうじゃない」と不毛な会話を続けていたオレ達だったけれど、結局話し合いは平行線を辿ったまま終っちまった。チッ……今度証拠を取って来てやる。アイツがあの犬を景気良くブン投げてる所をよ!
 
 

 けれど結局オレの携帯カメラには狙い通りの瞬間を収める事は出来なかった。代わりに沢山収録されたのは、犬と海馬が物凄く仲良くしている画像だけ。だってよ、あいつ犬っころといると結構可愛い顔してんだぜ。つい撮影ボタンを押しちまうのはしょうがないだろ?!お陰で待ち受けまで凡骨だよ!いい加減にしろよ!!
 

 ……え?海馬くんは優しい人論争の結果?
 

 勿論、遊戯の勝ちになっちまったぜ。悔しいけどよ。