Act6 ああまたあいつに騙された崇拝者という名の下僕が増えてしまった…

「この件は貴様に任せたぞ、浪野。万事首尾よく取り計え。あくまで穏便にな」
「かしこまりました、瀬人様」
「途中経過は磯野を通して行え、いいな。では、報告を楽しみにしているぞ」
「はい」

 学校帰り、いつもの通りKC社長室に行くと見慣れない長身のイケメンと海馬がオフィスラブを繰り広げていた。……もとい、ただ会話をしていただけなんだけど、オレにはそうとしか見えなかった。だって、社長椅子に腰かけた海馬と机を挟んで向い合うんじゃなくて、もう体が触れ合うんじゃね?っていう位置に立って、めっちゃ顔近づけてこそこそ話してんだぜ。怪しいじゃねぇか!

 言っとくけど、オレがいきなりその現場に飛び込んだんじゃねぇぞ。大体この社長室は強固なセキュリティシステムに守られていて、内部の人間が扉の開閉ボタンを押さないと中に入れない様になってんだから。だから、これは海馬が意図的にオレに見せてるって事で……まぁ、多分嫌がらせの一種だろうから、こんなもんに動揺してちゃ負けなんだけど。

 そうは思っても……やっぱちょっとイラッとする。お前、無駄に男誘惑してんじゃねぇよ、死ね。

 しっかし、ほんとにアイツ見慣れない男だなぁ。オレに見せてるって事は、取引先の人間とかそう言うんじゃないんだろうけど、海馬の周りにいる人間は自社他社ともに皆黒服だから、どれが敵で味方でとか全然分かんねぇ。そういや、最近KC全体に見慣れない奴増えたよな。時期的にはヘンだけど、新入社員でも大量に仕入れたのか?まあ、近頃KC絡みで物騒な事件も多いし(ほとんど原因は海馬にあるんだけど)、ボディガードを増やすのは必要だよな、うん。

 っつーか男のネクタイ引っ張んな。唇近づけんな。普通にしろ普通に。なんなんだお前。

 いい加減我慢も限界に来たオレは、お邪魔なのを承知で肩にかけていた鞄を思い切りソファーに投げ付けた。質のいい革張りのそれは、ちょっとだけ軋んだ音を立てただけで、オレのボロ鞄を軽やかに受け止める。ちょ、余計苛つくんですけど!

「あのー、海馬くん?」
「なんだ凡骨、いたのか」
「いたのかじゃねぇよ。何やってんだ」
「何とは?仕事の話だが」
「ポーズが仕事の話をするポーズじゃないんですけど」
「気にするな」
「気にするっつーの!いい加減にしやがれ!」
「やれやれ。小煩い犬だな」

 オレが今にも地団駄を踏む勢いでそう叫ぶと、海馬はやっと肩を竦めて一瞬男を仰いだ後に、しっかりと掴んでいた男のネクタイを手放すと、わざとらしくニヤリと笑って(見た目には大変艶やかな笑いなんですが、オレにはそうにしか見えません)「期待している」とトドメの一言をくれてやった。男はそれに生真面目な顔で頷いて、チラッと一瞬だけオレを見ると、颯爽と部屋を出て行ってしまう。

 ガキは歯牙にもかけませんってか。今あんたを誘惑していた男も同じガキなんですけど。馬鹿だねー。

「少し来るのが早すぎたぞ、凡骨」
「うるせぇ。取り込み中なら入れんなよ」
「肝心な所は終わったからな」
「……お前さぁ、新入社員全員にこう言う事してんじゃないだろうな」
「何の話だ?」
「ほんっと、下僕増やしに熱心だよなお前」
「失礼な事を言うな。奴らは大事な部下達だ」
「へー。この間『手駒』がどうとか言ってなかったっけ?」
「妙な所に記憶力を発揮する男だな。まぁ、安心しろ。貴様は下僕代表だ」
「やっぱ下僕なんじゃねぇか!つーかオレも一緒かよ!」
「別格にして欲しいのか?貴様如きがおこがましいにも程があるだろう」
「イラッとすんなぁ、もう!」

 最っ低じゃねぇか。襲ったろかコイツ?!

「お前、そういう事ばっかしてっと、その内絶対襲われるからな。オレなら襲う!」
「ふん、好き好んで痛い思いをしたいとは酔狂な奴め。やりたければやってみればいい。出来るのならな。今でもいいぞ」
「そ、そんな臨戦体制の奴に手ぇ出せっか!不意打ち狙うに決まってんだろ!」
「そうか。では期待して待っている事にする」
「っかー!馬鹿にしやがってー!」
「馬鹿を馬鹿にするのは当然だろう。貴様やはり馬鹿だな」
「バカバカ言うなっ!」

 いつの間にか椅子に踏ん反り帰り、優雅に足を組んで先程とは別種の余裕の笑みを見せる海馬くんに、オレはもうがっくりと肩を落とす事しか出来なかった。駄目だ、やっぱりコイツには敵わない。目の前のオレにしか見せない表情を見ていると、なんつーか……なんかどうでもいいや、と思えてくる。もう、情けなさ過ぎる。

「……うう」

 イライラと悔しさとほんのちょっとの嬉しさがないまぜになった複雑な感情を上手く表現出来ずに、オレはもう唸る事しか出来ない。そんなオレの様子をやっぱり楽しそうに見ていた海馬は、ふっ、と小さな息を吐くと、したり顔でこう言った。

「回りくどいな凡骨。羨ましいなら素直にそう言え」
「はぁ?!ちげーし!」
「では嫉妬でもしたか?」
「それも違う!」
「ではなんだ?」
「なんだって…………」
「まぁ、何でもいいがこちらに来い。慰めてやる」
「………………」
「ほら」

 「ほら」じゃねぇよ「ほら」じゃ。てめ、それ、犬にするのと一緒じゃねぇか。  ……けど、それでもチャンスはチャンスだから、オレはほいほいとその誘いにのってしまう訳です。
 

 ああ、くそっ、結局コレに騙されんのかよ!……オレも人の事言えねぇなこりゃ。
 

 未だ椅子に座ったまま、少し屈んだオレの背中に手を回して顔を近づけて来る海馬を見返しながら、オレは結局溜息混じりのキスを一つ贈ってしまうのでありました。