Act9 お前その顔でそんな事するんじゃない!

「やーん、皆すっごく可愛い!」
「うちのクラスの男子って結構細身だから女子の制服似合うよねー!」
「本田とか仲谷なんかはちょっとアレだけどね。髪型がねー」
「でもやっぱダントツは海馬くんよねー!杏子やっぱり凄いよー。写メっちゃお!」
「意外にノリが良かったわよ?案外気に入ってたりして」
「それはそれで可愛い!」
「………………」

 きゃあきゃあと教室全体に響き渡る女子軍団の華やかなはしゃぎ声とは裏腹に、同じ空間に存在する同クラス男子は一部を除いて皆一様にどんよりとした曇り顔で教室の隅に固まっていた。その光景は物凄く異様ではあるけれど、そんな事よりもオレ等の恰好が不気味過ぎてツッコむ気力すら湧いて来ない。

 そんなオレ等……2-A男子全員が着用しているのは大きなリボン付きのドピンクのジャケットに膝上十センチのブルーのスカート。言わずと知れた童実野高女子の制服だ。なんでこんな恰好をしているのかというと、今日の文化祭の出し物としてうちのクラスは非常に有りがちで且つウケを狙えるコスプレ喫茶を提案し(勿論女子が)、ウェイトレス役をすべて女装した男子がする事に決まっちまった。

 女装なんてしたくねぇ!つーか服どうすんだ!と喚くオレ達に、奴らは一言「制服を着ればいいじゃない。女子高生喫茶にするし」とのたまった。……その結果がこの始末だ。

「……有り得ねぇ……」

 周囲の余りの惨状に目を向ける気力もなく、鏡を見るのすら苦痛な状態にオレはすっかり凹んじまって、崩れるように座り込んだ椅子から一ミリも動きたくなくなった。周りにいる男どもも皆似た状況だ。特に普段と変わりがないのは、ほんの一握り存在する妙に似合ってる奴と開き直ってる奴、そして全く気にしない奴の数人だ。

 ちなみに、オレの隣に座って飄々とした態度で本を読んでいる海馬もその中の一人だ。奴は元々着る服には拘りがないのか(まぁ、普段があの衣装だし……)、登校して早々事情も分からない内に(今日が文化祭って事も多分こいつは知らずに来たんだと思う)女子に囲まれ、制服を押し付けられて「すぐにこれに着替えて!」と言われても特に抵抗はしなかった。しかもその後オプションとして簡単な化粧を施されても文句一つ言わなかった。

 嫌じゃねぇの?って聞いたら「別に。慣れている」とぶっきらぼうな声で返って来た。あーそう言えばこいつ雑誌だのなんだのでモデルまがいの事させられてるっけ。今さら化粧位で驚かねぇのか。それにしても完璧に着こなし過ぎだろ。皆ファスナーがどうの、リボンがどうのと煩かったのに、颯爽と着替えやがって何者だよ。お前もしかしたら女装とかした事あるんじゃないだろうな。こわっ。なんか見る目変わりそう。

「……オレ具合が悪くなって来た。なんか落ち着かねーし」
「何がだ」
「何がじゃねぇよ。見ろよこの悲惨な格好!なんかのギャグかこれ!」
「確かに酷いな。せめてガニ股はやめたらどうだ」
「そういう問題じゃねぇし!!つーか何お前ニーソとか履いちゃってるんだ!なんだそれこえぇよ。なんで女子用が入るんだ?!」
「知らん。真崎が寄こしたのだ」
「素直に着るな!」

 ……優雅に足組んじゃってまぁ。いっとくけどお前それじゃパンツ見えるぜ?スカート履いてんだからよ、スカート。普段ハーフパンツすら履かねぇ癖に気になんねぇのかなぁ。やっぱこいつって分っかんねー!そう頭を抱えるオレの脇では『妙に似合っている奴等』である、遊戯と獏良が呑気にパックジュースなんか飲んでやがる。最悪だ。

「海馬くん似合うねー。背が高くてスタイルいいからカッコいいなぁ」
「ねー」
「……お前等もすっげー似合ってるぜ」
「僕はたまにするからね。今日はメイド喫茶が良かったのに。つまんないなぁ」
「僕は流石にメイドはちょっと……」
「おいぃ!これ以上恐ろしい事にするな!」
「やかましいぞ凡骨!本に集中できんだろうが!」
「本を読んでる場合かッ!つーか本番はこれからなんだからな!お前、ウェイトレスとか出来んのか?!ソレ着たからにはするんだぞ絶対ッ!」
「何故オレがそんな事をしなければならない」
「っかー!!アホかお前はッ!」

 じゃあお前はなんで嬉々としてソレを着てるんだよ?!アレか?考えたくねぇけど獏良と同じクチなのか?!ねぇそうなの?!

 あまりにオゾマシイ想像にオレが思わずぎゃー!と声を上げたその時だった。相変わらずにこにこと余裕のある笑みを浮かべていた遊戯が意外な事実を口にした。

「海馬くんは僕と一緒に受付するんだよね。杏子がそう言ってたよ」
「受付ぇ?!こいつが?!」
「後はまぁ、用心棒というか。客寄せというか……ね!」
「はぁ?」
「文化祭って他校生が一杯くるじゃない?去年も喫茶店系は色々あったらしくってさ。だから今年は女子にあんまりイカガワシイ事させちゃ駄目ってお達しが出てたんだよ」
「……それでオレ等がコレですか」
「そうみたい」
「何その騙し打ち。……つーかうちの女子がその辺の男にどうにかされる訳ねぇだろ。男よりもつぇえぞ奴ら」
「うーん。でも念には念を入れて、ね」
「否定しねぇのかよ」
「とにかく、そういう事だから!城之内くん達は頑張ってウェイトレスやってね!」
「嫌だぁ!!」

 じゃ、そろそろ準備しようか。

 そう言って、相変わらず我関せずを貫き通し、本を読んでいた海馬の腕を思い切り引っ張りながら遊戯はやけに元気良く、既に行動を開始している杏子の方へと歩いて行く。女子は今日は完全に裏方だから皆揃ってジャージを着ている。うう、くそ、オレもジャージがいい!!皿洗いでいい!!頼む、この格好だけはやめさせてくれ!!足が気持ち悪い!マジで!

「ギャンギャン煩いぞ凡骨。大人しく己の責務を全うせんか」
「だからなんでお前は文句言わねーんだよ、ノリノリかよ!」
「格好は気に入らんが、ストレス解消が出来ると聞いてな」
「はい?」
「不審者は容赦なく排除していいと言われた。方法は好きにしていいと。どの位カモが引っ掛かるか楽しみだな」
「……うっわ、ヤる気満々。一応クラス賞とかあるんだからよ、変な事して選考対象外にはならないようにしてくれよ。あと、事件もやめてくれ」
「フン、知った事ではないわ」
「……つーかKC社長が女子の制服着て大暴れとか社員が聞いたら泣くぞ。モクバも泣くぞ」
「今更だな!」
「今更ってなんだよ?!」

 ダメだこいつ早くなんとかしないと……と思うより早くなんだか意気揚々と歩き出した大小の背中を、オレはそれ以上かける言葉も見つからずに見送るしかなかった。後はもうひたすら事件が起きない様に神様に祈りを捧げるしかない。多分ほぼ100パーセントの確率で無駄な足掻きなんだろうけど、とりあえず形式的に。

 ……その後、文化祭がどうなったかは口にするのも恐ろしいので黙秘権を行使します。ただ一つだけ言えるのは、オレのクラスは大賞こそ貰えなかったものの、学年別では堂々の一位を獲得し、その功績のほとんどは海馬によるものだったらしい。女子生徒(!)が大暴れしたとか、パンチラがどうとか……これは酷い。
 

 ── 暫く夢でうなされそうな気配です。