Act14 この○○(Side.城之内)

「それでね、遊戯と協力して裏面に行って……」
「あの瓦礫の隙間にある武器がどうしても取れないんだよねー。海馬くん取り方知ってる?」
「あれは右隅の亀裂から下に入れるようになっている」
「嘘っ?遊戯試したじゃん」
「そう、試したよね」
「一筋縄では行かないぞ。粘ってみろ」
「よーし、後でチャレンジしてみようぜぃ!」
「うん!」
「……あのー。お取り込み中の所すいませんけれど……」
「じゃあさ、地下空洞の壁に埋まってるエンブレムはどうやって取るの?」
「あーあれすっごく難しいよな。色々やったんだけどさぁ」
「ああ、それはその手前に出てくるスコーピオンの……」

 無視かよ!!オレに構えよ!!泣くぞ!

 そんな事を心の中で絶叫しながら、オレは一人持っていた週刊誌を少々乱雑にその場に叩き付け、背後のソファーで実に楽しそうにゲーム談義に興じる三人を睨めつけた。

 海馬を真ん中に右側を遊戯が、そしてその反対側にはモクバが陣取り、オレが来てからもう一時間以上経つのに、ずーっとつい先日発売された最新のアクションゲームの話に花を咲かせていた。ちなみにオレはまだやった事がない。買う金もないからモクバか遊戯のクリア待ちだ。最近はいつもこのパターンだ。先立つものが無いからしょーがない。出来るだけ幸せって奴だ。

 でもよ、それとこれとは話は別だろ。ここに未プレイの人間がいるんだからネタバレ自重しろ、つまんないだろ。まあそんな事よりこの状況そのものが超つまんないんだけどさ。折角バイトを終えてわざわざ遊びに来てやったのに(アポ取ってねぇけど)そのオレを放置して弟や友達と楽しそうに話してるとかどうなの?酷くない?

 しっかし遊戯とモクバ、お前等もお前等だよ。彼氏が来てんだぞ?ここは譲ってやろうとか思わないのかね?確かにお前等の方がオレよりもずっと早くここに来てて、海馬と遊んでたのは分かるよ?約束してたからってのも分かる(オレに黙ってたのは微妙に気に食わないけど)。急に来たオレが後回しにされるのもある程度はしょうがない。

 けど……けどさ!一時間は流石に放置しすぎだろ!どんだけだよ!

 そんなオレをモクバはこれみよがしに笑顔で見下ろして「今日の兄サマはオレのものだぜぃ」と言わんばかりにわざとオレに見せつけるように、普段絶対言わないような猫撫で声で「兄サマ抱っこして」とか言いやがって!てめ、そろそろ中学に入ろうって奴が抱っこはないだろう抱っこは!!そして海馬もするなよ!膝に乗せんな!!兄弟でイチャイチャすんな!!

 ……そして更にその反対側にいる遊戯もすげぇ。友達だろ?!遠慮しろよ!むしろ気を使ってモクバとゲームの続きでもして来いよ!杏子に言いつけるぞコノヤロウ!

 こいつここぞとばかりにモクバとイチャついてる海馬に引っついて、以前から事ある毎に口にしていた「海馬くんに『他意はないけど』触ってみたい。足とか腰とか」っていう願望を達成しやがって。オレが途中で来なかったらモクバと一緒に海馬に抱っこされてたんじゃないかって位密着している。

 ……ありえねぇ。セクハラじゃねぇのかそれは。でも海馬は全く気にしてねぇ。そこがまたムカつく。気にしろよ!!

 それだけでももう頭が沸騰しそうなのに、そんなオレにトドメを指したのは当の海馬だ。奴は他の二人よりも更に酷い。何故なら部屋に入って来たオレを見るなり「なんだ?貴様、何故ここにいる」とか言い捨てて、それから存在さえも忘れたように完全放置プレイ開始。

 オレが放置プレイ大嫌いなの知ってる癖に未だオレに気を回す気配なし。それどころか違う男と(まぁ片方は肉親で、片方は親友だけど)めちゃくちゃ楽しそうにペラペラ。そしてベタベタ。

 ……これはオレに怒るなって方がおかしいと思うんだけど。どうよ。

 そんな事を沸々と湧き上がる怒りの感情と共にこっそり思っていたその時だった。その怒りの根源になっているお三方が、更に癪に障る行動をしてくれる。

「そうだ!兄サマに実際にプレイして貰おうよ。その方が早いかも」
「あ、そうだね。一回見てみたいなぁ。海馬くんのスーパープレイ!」
「ねーいいでしょ兄サマ。オレの部屋でゲームやろうぜぃ」
「お願い、海馬くん」

 件のゲームの話に大いに盛り上がった奴等が急にそんな事を言い出して、両側から海馬の腕を引っ張りつつプレイして見せろと懇願し始めた。まっさか海馬の奴、オレがここにいるのにまだ放置してモクバの部屋にゲームやりに行こうとか言わねぇよな、とオレが内心そわそわしながら奴に視線をやった瞬間、海馬は少しだけ考える素振りをした後、一言「仕方ないな」と答えて立ち上がった。

 って、ええええええ!!オレ置いてゲームすんの?!そりゃないだろお前!!

 ……そこまでが我慢の限界だった。オレは今までずーっと黙って座っていた床の上からまるで跳ねるように起き上がると、さぁ場所移動とばかりにソファーから腰を上げた奴等の前へと立ちはだかった。そして、今まで静かにしていた分をおまけして普段よりもかなり大音量で声をあげる。

「ちょっと待ったぁ!!おい海馬!!お前いい加減にしとけよ!」
「貴様まだいたのか。なんだ」
「なんだじゃねぇよ!彼氏ほっぽって遊戯やモクバとイチャつくとか可笑しいだろ?!」
「……イチャつく?貴様、馬鹿なのか?弟とその友人と普通に話す事のどこが悪い。大体貴様とは今日は約束していなかった筈だが?」
「『普通』には喋ってねぇだろ!ベタベタしやがって!それに約束だぁ?そんなもんイチイチしなくちゃここに来て悪いのかよ!」
「悪いに決まっているだろうが」
「ふざけんな!」

 ああいえばこういう!!むっかつくなー!!大体オレがこんなにヒートしてんのに何呆れ返った顔してんだコイツ!全部てめぇの所為だっつーの!!ぶん殴るぞ!(怖くてできねぇけど)

 やけに飄々とした態度で相手をしてくる海馬にいい加減ブチ切れたオレは、苛立つままに文句を言ってやろうと、大きく息を吸い込んで海馬を睨んだ。そして奴の大嫌いな行為……ビシッと指を差して思いっきり叫んでやった。……が!
 

「馬鹿っていうな!もうあったま来た!!このショタコンがぁ!!」
 

 ものの見事に、言葉の選択を間違えてしまう。

 やべ、間違えた!!ショタコンじゃねぇ!ブラコンだ!!全然意味が違う!!

 一瞬恐ろしいほどに静まり返った部屋。痛いほどの静寂に、オレは思わず息を飲む。こ、殺される!自然と竦む身体を情けないと思う前に、オレの耳に酷く聞き慣れない声が届いた。

「……あ?」

 ちょ……!か、海馬がこえぇ!!
 あ?って何?あ?って!!お前どこの不良だよ!!

 ひー!顔を斜に構えんな!睨みつけんな!寄ってくるなぁ!!
 つーかモクバと遊戯!お前等見てないで助けろよ!!って、皆超冷ややかな視線向けてるんだけど?!

 海馬が一歩近づく度に心臓が縮み上がるのを感じながら、オレは口を押さえて少しずつ後ずさった。違う!間違った!!って言える雰囲気ではもうない。つーか怒るって事はお前ショタコンの意味分かってんのかよ!!って今はそんな事を行っている場合じゃなく!!

 そんなオレを心底激怒した顔で睨みながら、海馬は逆に身体が底冷えするような酷く静かな声で、背後で自体を半ば面白半分に見守っているらしい二人にこういった。

「モクバ、遊戯。お前達は先に部屋に行っていろ。オレは……この駄犬に少し躾をしてから行く」

 躾ってなんですか?!ちょっと待って?!

「はーい兄サマ。早く来てねー」
「海馬くん、あんまり城之内くんを苛めちゃ駄目だよ。今のはちょっとマズイと思うけどさ」

 でもまぁ、頑張って。そんな事を相変わらずの笑顔で言いながら、オレの嫉妬の要因だった憎っくき二人組は早々に部屋を出て行ってしまう。扉が閉められた廊下の向こうから賑やかな足音と共に笑い声が聞こえる。くっそ、あいつ等笑ってやがる!……後で覚えてろよ!

 が、そんな事を歯噛みしながら思う余裕はオレにはなかった。

 至近距離に、般若よりも恐ろしい顔をした海馬くんが迫っている。怒っているのに聞こえて来たのは物凄く優しい声。……ヤバ過ぎる!!

「さて凡骨。『ショタコン』と発言するに至った経緯を説明して貰おうか。……今すぐに!」

 眼前に見える、この世のものとは思えない素晴らしく綺麗な微笑と共にそう囁かれた言葉を最後に、その日のオレの記憶は綺麗さっぱり途切れていた。それ位恐ろしかった。人生であんなに怖いと思った瞬間はなかったとしみじみと思い出す位に怖かった。
 

 その後、オレは海馬へ何か言う時には最大限の注意を払う事にしている。

 ……そうじゃないと、今度は顔の形が変わる位では済まないから。