Act15 叫ぶ(Side.城之内)

「お前、絶対今の奴に色目使ったろ!」
「は?何を頭の悪い事を抜かしているこの駄犬が」
「だって、あいつすっげー挙動不振だったもん。顔真っ赤にしてたし!」
「この寒さの所為ではないのか。大体、落としたものを拾って渡してやる動作のどこに色目とやらを使う箇所が存在するというのだ」
「渡す時とか。相手の目ぇ見るだろ」
「……それは見るだろうな」
「そん時だよ!」
「貴様は阿呆か」
「この節操なし!だからお前オッサンに好かれるんだろうが」
「関係あるか!いい加減にしろ!」
「しない!今度からもうしねぇって約束しろ!」
「何をだ?!意味不明な事を言うな!」
「オレは正当な要求をしてるだけだぜ!」

 白い息と共にそんな言葉を吐き出すと、オレは人込みの中海馬から一歩離れてその顔を睨み付けた。休日のほぼ夜に近い夕方の街中で、久々に丸一日使ってデートをしている最中の出来事だった。

 空からはちらほらと雪が降って来て、凍るような冷たい風が吹き付けてくる。そんな夜の冷気に包まれると少し離れただけで体が震えてしまう程寒い。けれど、今のオレにはそんな事を気にする余裕は全くなかった。
 

「きゃっ!……あ、すみません。ありがとうございます」
 

 切欠は、この寒空の下で柔らかく響いた女の子の声だった。

 海馬と二人、兼ねてからの約束だった映画と買い物を済ませた帰り道。小腹もすいた事だし、家で留守番をしているモクバへのお土産買いも兼ねて、すぐ近くのハンバーガーショップへ行こう、と話をしながら雑踏に紛れて少し早足で賑やかな街道を歩いている時だった。

 トン、という軽い衝撃と共に隣にいた海馬に誰かがぶつかり、その時に相手の鞄にでも引っかけたのか奴が厳重に巻いていたマフラーがするりと落ちた。ふわりと漂ってくる甘い香りと甲高い声に、その相手が女だという事を知る。

 あれ?とオレが振り返る前に、海馬は直ぐに立ち止まり、無言のまま身を屈めて自分の足元にあったらしい相手の財布や小物、派手なデコレーションが施された携帯を拾いつつ、ついでに自分のマフラーも拾い上げた。

 そして、同じ様に散らかった荷物を慌てて拾い集めていた彼女に向き直り、何か二、三言口にした後、自分が拾った彼女のものを態度は親切に差し出した。その際、奴はまるっきり素顔だった。

 巻いていたマフラーは拾い上げた状態のまま片手に持っていたから当然と言えば当然なんだけど……ダイレクトに海馬の顔を、しかも至近距離で見てしまった女の子は、その瞬間まるで火がついたみてぇに顔を真っ赤にして固まって、その後軽くお礼を口にするとまるで逃げるようにその場から駆け出して、少し先に居たらしい友達に飛びついてキャーキャーと大騒ぎしていた。

 風に乗って聞こえてくるのは「カッコイイ!」だの「ラッキー!」だの海馬の事を褒めまくる言葉ばかり。童実野町から少し離れたこの町では、多少知名度が落ちる為、海馬が『あの』海馬瀬人だって気づいたかどうかはしらねぇけど、そんなもんはきっと関係ないんだろう。何者だろうととりあえずは美人でさえあれば目立つんだもんな、男も女も。

 そんな一連のやり取りに、オレの多少我侭だと自覚している嫉妬の虫がうずうずと疼いて、つい嫌味を口にしてしまった。そして、そんなオレにはてなマークを頭にくっつけたまま振り返った海馬からマフラーと奪うと、必要以上にぐるぐる巻きにしてやる。顔が半分見えなくなる位に。

 だって、何か嫌なんだよこういうの。
 悪気がねぇって分かってはいるんだけど。

 もし万が一そういう海馬にときめいちゃったりした女が(男も、かもしんねぇけど)海馬に言い寄って、そんでもって海馬もそいつの事が好きになったりしたら困るじゃん。そうだろ?

「苦しい!やめんか!」
「ちゃんと顔隠せよ!目立つだろ?!」
「こんな事をしていたら余計目立つわ馬鹿が!大体ここは童実野ではないのだから、そんなに神経質になる必要も無いだろうが!」
「お前の場合知名度とか関係ねぇの!分かれよ!」
「分かるか!」

 お前ちっとも分かってねぇ!!

 相変わらずオレの言い分を『意味不明』の一言で一刀両断する海馬にいい加減ブチ切れたオレは、ここが人の往来が激しい街道のど真ん中だっつー事もすっかり忘れて思いっきり叫んでしまった。

「あーもうこの分からずや!!」
「分からずやはどっちだ?!」
「お前だよ!!もうちょっとつつましく生きやがれ!」
「つつま……おい、待て凡骨」
「またねぇって言ってんだろ!このバカイバ!!」
「!!……馬鹿がっ!ここがどこだと思っているッ!」

 最後は殆ど掠れ声でそう言った海馬は慌ててオレの口を押さえて、更に首根っこをひっ掴むとそのまま物凄いスピードで上手く人混みを避けながら、その場所から遠く離れた。オレは全然気付かなかったんだけど、なんか、オレ達すげー注目されてたらしい。

 そんな中でオレが海馬の名前を出しちまったもんだから、それまで海馬に全く気付いていなかった周囲の連中がはっとしたらしく……今度は別の意味で注目されたと、そういう訳。ヤバイ。一番警戒していた事を自分で思いっきりバラしちまってどうするよオレ?!

 ど、どうしよう明日のスポーツ新聞の三面に『海馬社長、往来で男と痴話喧嘩!』ってタイトルで載ったりしたら!!

「ご、ごめん。弾みでつい」
「つい、で済むか貴様!」
「ごめんって!大丈夫!パパラッチついてなかったし!」
「なんだそれは!」
「悪かったって!もう変な事言わねぇから喧嘩やめよう。な?」

 本当はオレの方が全然腹の虫が収まってなかったりするわけだけど、また大声上げて注目されてもマズイから、ここは大人しく引き下がる。けれどオレだって譲れない場所は存在するわけで、今の騒ぎでまた外れかけたマフラーは、もう一回きっちりと巻きなおしてやった。今度は海馬も文句は言わない。うん、いい心かけです。

「何か今のでどっと疲れたから早く帰ろうか」
「誰の所為だと思っている」
「元はといえばお前の所為。もう色目使うなよ」
「だから使ってないと言っている」

 そう言ってちらりとオレを見てくるその目。それが悪いんですそれが。本当に分かってないなぁ。

 まぁでも、オレに向ける分には全く持って問題ないけどね。

 そんな事を思いながらオレは直ぐ目の前に迫っていた、目的のバーガーショップに向かう為に、まだ少しむくれているその顔をちょいと指先で突っつくと、今度はゆっくりと歩き出した。

 ほんのちょっとだけ、誇らしげに。