Act17 ひっぱる(Side.城之内)

 余りにも全力で逃げようとするから、その服の裾を思いっきり引いてやった。そしたら目の前の体が盛大にコケた。あっちゃー、やっちゃった。

「っ!貴ッ様!……何をやっているッ!」
「ごめんごめん。まさか転ぶとは思わなくって」
「………………」
「そんなに睨むなよ。大体お前が悪いんだろ。逃げようとするから」
「誰が逃げようとした!」
「めっちゃダッシュの体勢で背中向けた癖に良く言うよ。何で逃げんの?」
「── くっ!」
「つーか引っ張られるのが嫌ならそーゆー裾の長いヒラヒラしたコートやめれば?それ、結構格好の餌食だぜ?つい掴みたくなっちゃうし」
「そんな事関係あるか!」
「あるって。……まー怒らない怒らない。で、何時まで経っても立たないけど、そんなに勢い良くすっこけたの?思いっきり打ったんじゃね?見てやろっか?」
「近寄るな変態!」
「……お前さーマジ可愛くねー」

 オレから腕一本分離れた場所で見事に尻餅をついた海馬は、そう言ってこれでもかってほどオレを睨む。そして一言「可愛くなくて結構だ!」と喚いた。

 あ、うそうそ、お前のそういうとこすんげー可愛いと思ってるよオレ。でもさ、そう全身で拒まなくてもいいと思うんだ。ただちょっとちょっかいかけようとしただけじゃん。どうして逃げんの?

 オレが海馬に好きだって言ってから三ヶ月。最初は有り得ないだの死ねだの散々人を罵りこき下ろし続けて来た目の前の男は、最近やっとオレのマジな気持ちを理解したのか、愛を受け入れる顔としては余りにも渋い表情で嫌々ながら首を縦に振ってくれた。

 まぁ一応それでオレの告白は成功して、形態的にはオレ達は『付き合ってる』っていう状態になった。けれど、まだ恋人っぽい接触は片手で数える程しかしていない。最初は付き合ってくれるって言っただけでもすげー事なんだから良しとしなきゃって殊勝な考えで我慢をしていたけれど、流石にその状態で何週間も経ってくると元々忍耐力なんて皆無なオレは段々とその事にストレスを感じるようになって来た。

 海馬は海馬で元々オレが好きでOKっていうよりはオレがしつこいから仕方が無いって感じで首を縦に振ったんだろうから、全く持ってそういう接触を自分からする気もないようだった。

 つーか色々とおかしな奴だから、こういう面に関してもまともな反応や過大な期待をしちゃ駄目だって事は分かってるんだけど……だからといってこのままいられる筈もなく、オレはついに今日、積年の望みを実行に移そうと思ったわけ。本当は最後までやりたいんだけど、とりあえずはキスだけでいいかなーなんて、これでも大分譲歩してさ。

 そしたらコレだよ。逃げる事ないじゃん。逃げる事!

 大体お前オレの事を変態って言うけど、まだ何にもしてない内から変態呼ばわりは心外だね。してからならいいけどさ。

 そんな事を心の中でブツブツとぼやきながら、オレは未だに地面にぺたんと座り込んで動かない海馬に、流石に心配になって立って見下ろしていたその姿勢を改めて、その場にヤンキー座りをしてしゃがみ込み、ちょっと俯き加減の顔を覗き込む。

 転んだ時にマジに打っちまったのか右手で腰の辺りを押さえながら、痛みでだか怒りでだか顔を顰めて黙り込んでる。うーん、流石にちょっとやりすぎたかな?でもさぁ、別にがばっと襲った訳でも無いし、そういう雰囲気をあからさまにしてたわけでも無いのに(もしかしたら思いっきり出てたかもしんねぇけど。オレは出してないつもりだった)いきなりダッシュで逃げようとされたら傷つくじゃん、フツー。

 つか、そんなに嫌なら嫌ってはっきり言って貰った方がまだ精神衛生上いいって言うか、なんて言うか。どっちにしてもその辺の気持ちが知りたいわけ。

「なーお前さ、こないだオレがお前に言った事の意味とかちゃんと分かってんの?オレ、お前と『お友達になりたい』っては言って無いと思うんだけど」

 このままじゃー何時まで経っても埒が開かないと思ったオレは意を決して、今まで面倒で……っていうかまさかと思っていたから聞かないでいた、根本的な話を海馬に向かって投げ付けてみた。だって、こうも反応がアレだと心配になるじゃん?もしかしたら、通じてなかったの?!とかさ。

 そんなオレの言葉に、海馬は今度は憮然とした顔を上げて、挑む様にオレを見て来た。ちょ、顔がめっちゃ喧嘩モードなんですけど。オレ、お前とこんな事で喧嘩したくないし。どうしたらいいんだよ。

 あー、これは何か、そういう事を言い出したオレが悪いのか?謝らなきゃ駄目なのか?そうなのか?

 その表情のまんま何も言わない海馬を見つめたまま、オレははっきり言ってどうしたらいいか分からなくて停止状態だった。だ、だって、何したらいいのかわかんなくなるじゃん、こうなると。大体今オレ返事待ってる状態だし、これ以上アクション起こしたらなんか事態が悪化しそうな気がする。

 ああもう、こういう雰囲気苦手なんだよな。早く何とかして欲しいんだけど。つかいい加減お前オレの質問に答えろよ!そうオレがやきもきしていたら、喧嘩モードの海馬くんはやっぱり凄い形相で、かなり予想外の事をしてくれた。

「──── なっ!」

 体勢の所為でほとんど真正面にあったオレの顔を、髪の毛を掴んで思い切りぐいと引っ張り、殆ど衝突する形で……キス、された。してくれた!

「…………あの」
「貴様はオレにこういう事がしたかったんだろう?」
「あ、うん。はい。でもっ」
「きちんと分かっているわ、馬鹿にするな」
「ご、ごめんなさい。ならいいんです。……でも、じゃあ何で逃げたんだよ」
「………………」
「なんか言えよ」
「貴様こそオレに何か言う事があるんじゃないか」

 余りにも勢いが良すぎて、キスというより衝突事故みたいなものだったけど。それでも、唇と唇が触れ合った事は事実で、オレは思ったよりもずっと柔らかくて気持ち良かったその感触をもう一度もっとじっくり味わいたいと、今度はオレが海馬の頭を引き寄せる為に手を伸ばした。そして。
 

 好きだよ、って言って、オレ等はファーストキスのような二回目のキスをした。