Act20 首を絞める(Side.城之内)

「お前って首ほっそ!何これ、片手で掴めるんじゃねぇ?」
「気安く触るな凡骨が!鬱陶しいわ!」
「だってする事ねーんだもん、早く終わらせろよ」
「貴様等が二ヶ月掛って漸く終わらせる課題を二時間でやろうとしている人間に何を言うか!早く済ませて欲しければ邪魔をするな!」
「邪魔してねーじゃん、触ってるだけで」
「それが邪魔だと言っている!」
「え、何?感じるから?ご無沙汰だもんなーあー早くヤリてぇ」
「学校でたわけた事を言うな!死ねッ!」

 そんな教室中に響き渡る怒鳴り声と共に、ゴン、とかなり手痛い一撃が頭上から降って来た。っかーいってぇ!グーで殴りやがった!酷過ぎるだろ!即座にそう言って猛抗議してみたものの、既に右手が二発目をスタンバッてたからオレは大人しく「ごめんなさい」って謝った。

 こいつの拳固、わざと中指を突出させて振り下ろすもんだからピンポイントでめちゃくちゃ痛い。今だって殴られた所がジンジンする。オレは必死にそこを擦って痛みを散らそうとするものの、全然効果はなかった。

 ったく可愛くねーよな。だってしょーがないじゃん。会ったの二週間ぶりだぜ?

 アメリカで重要な商談がある、と言って突然日本から出ていっちまった海馬がひょっこりと帰って来たのはまさに数時間前の午前中の事だった。勿論今日は平日でその時間はふつーに授業中だったんだけど、オレは突然ガラリと開いた後ろ扉を見てマジで悲鳴を上げそうになったんだ。

 つか、帰ってくるなら帰ってくるって言えよ。いきなり、しかも学校に直接来るとかないだろ普通。

 そう思いながら、クソつまんねぇ授業を寝る事でやり過ごし、丁度昼休みの時に即効奴の席に行ってそう文句を言ったら、すんげー嫌な顔をされた。なんだそれ。勢い余ってそのままキスでもかましてやろうとしたけれど、当然上手く行く筈もなく、痛い思いをしただけで終わっちまった。酷過ぎる。

 ……それから無難に時間は流れて行って、今は放課後の午後四時半。最近学校には殆ど顔を出していなかった海馬は、その埋め合わせの為に出された課題を今ここで終わらせて帰ろうと躍起になってるみたいだった。 そんなん、家に持ち帰ってすればいーじゃん、と既に散々待たされたオレはぼやいたんだけど、全く以って聞く耳を持ちやしねぇ。

 仕方がないからオレは、傍でじっとして海馬の課題が終わるのを待っていたんだけど、授業中に爆睡した所為で全然眠くなんないし、元々ぼーっとしてるのが性に合わねぇからものの五分で飽きてしまって、結局海馬で遊ぶ事にした。

 今はそれを盛大に鬱陶しがられてる状態。でもまぁ、こんなのはいつもの事なのでどっちも余り気にしてない。

 オレは昔っから人にべたべたするのが好きで、近くにダチがいれば直ぐに寄って行ってべったりとくっついているのが常だった。ダチでもそうなんだから恋人相手となっちゃーもう容赦なんかする訳ない。殴られようが蹴られようが触りたくってしょうがない。海馬もなんだかんだいいながら最後には諦めるから、オレのやりたい放題はエスカレートしていくばかりだ。

 お前の背中には物差しでも入ってんのか?と思うほどしゃんと背筋を伸ばして、誰が見ても綺麗な姿勢でリズミカルにペンを動かすその姿は、それだけでも結構クるものがある。オレ含め、高校二年の男なんて小汚い奴ばかりだから、余りにも乱れがなく清潔そうなこいつは嫌でも目立ってしまう。

 頭脳明晰・容姿端麗・財産豊富。そのどれか一つでも持つ事が難しいのに、全部をあっさりと手に入れているこいつは当然女の子達の憧れの的だった。

 まぁ、あいつらはこいつの見かけや肩書にしか興味ないから、狂人寸前の破滅的性格や、傷害一歩手前の暴力的行動を起こす超危険人物だって事は分からねぇんだろうけどさ。そういう意味で、こいつに恋愛なんて絶対無理だね。だから仕方なくオレが面倒みてやってんだけど……ってそれはさすがに嘘吐き過ぎか。

 本当は、ぶっちゃけ惚れたのはオレの方で、今現在もメロメロな訳だけど。あ、これは純然たる惚気だから。そこんとこ宜しく。

 しっかし、余りにも見慣れた顔でも二週間ぶりとなると結構新鮮に見えるもんで。改めてその全身を眺め見てると「こいつってこんな顔や体してたっけ?」なんて思ってしまう。

 明日衣替えだ、という時期のちょっと蒸し暑い気温の中でも学ランの第一ボタンをしっかりと留めていて、それなのに首の回りが少しも苦しそうじゃない。オレなんて、やっとホックが出来るか出来ないかのもんなのに。留めた事もないけどさ。

 そして相変わらずの肌の白さ。桜の咲く時期から既に半袖で外で肉体労働に勤しんで、こんがりと小麦色に焼けたオレと違って、お前は雪女か!と突っ込みたくなるような不健康そうな白。その二つが相まって、何だか凄く華奢に見える。元々細っこくって貧相な身体付きだけど、これは異常だ。

 まーたなんか無理でもしてきたか?あっちの食べもんが口に合わないのは知ってるけどよ。お抱えの栄養士を連れ歩いてる癖に何やってんだか。そんな風だと張り切ってエッチ出来ないじゃん。オレと寝た所為でぶっ倒れたなんて言われたらモクバに海馬邸の出入り禁止を食らっちまう。

 だからあんま離れたくないんだよな。監視出来ねぇから。一緒にいても、別の意味で駄目なのかもしんないけど。

「なー、お前痩せた?なんか首回りが心許無いんですけど」
「別に。そんな事はない」
「……最後に体重計乗ったのはいつよ」
「最近だ」
「何が最近だか。四月の健康診断の時だろ。あん時もお前保健のセンセイに呼び出し食らってなかったっけ?」
「忘れた」
「嘘吐け。オレも一緒に付いてったから覚えてます」
「貴様は喫煙がバレた所為だろうが。直前に吸うとか馬鹿としか言い様がないな」
「オレの事はどうでもいいだろ。今は禁煙してるし!……買う金が無いだけだけど」
「結構な事だな。そのままやめればいい。口が寂しければ指でもしゃぶっていろ」
「あ、オレ、しゃぶるんなら指じゃなくてお前のー」
「……品の無い言葉を口にしたら辞書で殴るぞ。国語辞典の角でな」
「ちょ、死ぬって。なんでもないです!」
「黙って寝てろ」
「眠くないんだもーん」

 マジで国語の辞書片手にギロリと睨む海馬に肩を竦めつつ、それでもオレは言う事を聞かないで奴が座る席の直ぐ後ろの机に腰掛けると、ひょいと腕を伸ばしてその頭に手を置いた。髪の質感を確かめるようにさわさわと撫で回して、それに飽きるとさっきから気になって仕方がなかった首筋に指を伸ばす。

 そして、本当に片手で掴めるかどうか試してみた。

「っ!」

 途端に海馬の身体がビクリと竦んで、短い声が上がる。あ、そうだ。こいつ首弱いんだっけ。いつも大暴れした時、こうして首根っこ掴むと大人しくなるんだよな。猫かよ。可愛いな。

 しっかし本当に片手で掴めちゃったよ。こいつ絞め殺すのに両手いらねぇなこりゃ。喉仏の辺りをぎゅっと掴んでやれば一発だね。なんとまぁお手軽な事で。いや別にしねぇけどよ、そんな事。

「き、貴様何をやっている!手を離せっ!」
「やっぱり首痩せたじゃん。片手で掴めるとかどういう事だよ。細すぎ」
「ど、どうでもいいだろうがそんな事!それに首が太かろうが細かろうが絞められれば同じ事だ」
「んな事無いって。労力が全然違うし。喧嘩する時もさ、良くこーやって首絞めて相手の動き封じたりするんだけど、野太い奴って全然通用しねぇの。それを考えると首って案外重要だと思うぜ」

 まーお前の場合、絞められる以前の問題だけど。項とか耳元とか超感じちゃうしな。喉元なんかもそう。撫でてやるとまるで性感帯弄られるみたいにびくびくすんだ。あ、違うか。ここが性感帯だからそうなっちゃうのか。うん。

 今だってただ単に右手で軽ーく首根っこ掴んでるだけなのに、すんごい複雑な表情して目元をちょっとだけ赤くしてる。このままで耳にふぅっと息吹きかけたら多分スイッチ入っちゃうだろうね。ほんと駄目なんだよなココ。だからいっつも学ランは脱がないし、私服は常にタートルネックだし……ある意味とっても分かり易いです海馬くん。

「ちょっ、……ほ、んとに…やめろ馬鹿が!…んっ!」
「オレ別に邪魔してないじゃん。手を動かしてていーよ?」
「う、動かせるか!こんな状態でっ!」
「お前ってマジ首弱いよな。オレなんて擽られても触られてもぜーんぜん感じないけど。ほれ、やってもいいよ」
「……くっ……どうでもいいわそんな事!いいから離せっ!いい加減にしないと首を絞めるぞ!」
「だからやっていーって。あ、でもお前握力半端ないからやっぱいいや。まだ死にたくないし」
「……っ!……んんっ」
「なんかさー課題うんぬんよりヤりたくなっちゃったんだけどーどうでしょ?」
「死ね!今ここでそんな真似をしたら本気で殺す!」
「はいはい、冗談ですよ。じゃー大人しく待ってるから家で倍返しな?」
「黙ってろ犬ッ!」

 瞬間、さっきとは比べ物にならない程の衝撃がオレの頭を襲った。何事かと思って海馬を見ると、その右手には件の分厚い国語辞書。

 っくー!イッテェー!本気で辞書で殴りやがったよこいつ!しかも全力で!当たりどころ悪かったら死ぬっつーの!マジで首絞めるぞコラァ!

「こ、こんにゃろー!調子こきやがってー!」
「どっちがだ!オレが課題を終えるまで半径五メートル以内に近づくな!」
「お前の言う事なんか聞くもんかよ!」
「貴様、国語だけでは飽き足らず英和・和英の両辞書をも食らいたいようだな!」
「や!それは勘弁!」
「ならば来るな!」

 くっそ誰だよ海馬の近くに置辞書して帰った奴!後でぶっ殺す!

 そう思いつつオレはこれ以上馬鹿になったら真面目に困るから仕方なく海馬の言う事を聞いて、本来のオレの席である窓際の一番前の席に退散した。でも結局する事はないから相変わらず身体は海馬の方に向けたままでその様子を観察する。

 斜め前からみても、奴の首はやっぱり細い。……さっきの感触が忘れられない。なんていうか、きゅっと掴んでやりたくなる。そう言えば、入れてる最中に相手の首を絞めるとあそこの締まりがよくなるとか言ってたっけ。 あ、それちょっと試してみたい。うん、今日はそれにしてみよう。丁度意識しちゃった事だし。

「……何をじろじろ見ている。近付くなよ」
「そんなに警戒しなくても今は何もしないって」
「今は?!」
「あーもーいいからお前も集中して早く終わらせろよ。マジ辛抱しきれないから」
「本当に、最低最悪の下半身男だな貴様!」
「分かってて付き合ってる癖に。ネコ科の海馬くん?後で思いっきり可愛がってやるよ」
「言ってろ。返り討ちにしてやる」

 ふん!と最後にいかにも小憎らしい憎まれ口を盛大に叩いて、海馬はまた目線を手元に落として課題の続きをやり始めた。その姿をやっぱりじぃっと眺めながら、オレは来るべくめくるめく快楽が待ち受ける夜の事を一人にやにやしながら考えていた。

 まぁ、実際ベッドの中で返り討ちにあって首を絞められたのはオレの方だったけれども。……うん、アレはヤバかった。本当の意味で天国に行くとこだった。マジで怖い。

 今後、海馬相手に余りマニアックなプレイはやめようと思う。  

 後が、物凄く怖いから。