Act21 殴られた(Side.城之内)

「うわっ、城之内くんどうしたのその顔ッ!また喧嘩?!」
「うん、喧嘩っちゃー喧嘩かな。一方的だったけど」
「一方的!……お前をそんな風にボッコボコに出来る奴って、オレ一人しかしんねーけど。そいつにやられたのかよ」
「ご名答。そりゃもうギッタギタのケチョンケチョン」
「案外古いな」
「そうでも言わないとやってらんねーだろ。……!いってー。最後は足まで出たもんなー」
「え?本田くん、城之内くんのこの惨状、誰がやったか知ってるの?」
「誰がやったもなにも……なぁ?つかお前、昨日は逆の事やりに乗り込んでったんじゃなかったのかよ?なんで返り討ちにあってんだ?」
「それがさー。話せば長い事ながら……」
「もうっ、二人だけで分かるような話し方しないでよ!一体誰にそんな酷い事されたのさっ!」
「うん?海馬」
「海馬だろ」
「えぇええええー?!海馬くん?!」
「そーゆー事で話続けてもいい?」

 そう言って、オレは腫れて少しでも動かすと激痛が走る口の端を押さえながら余り良くはない視界が捉えた二人の姿を眺めながら、かくかくしかじかと話を始めた。普通はオプションで盛大な身振り手振りを付ける筈なんだけど、顔同様手足にも大分ダメージを受けていたから、言葉だけで表現しなきゃならなかった。

 ああ、でも、あの恐怖をこの声だけで伝えきれるかな。マジ死ぬかと思ったし。
「海馬ァ!てめー!オレと言うモノがありながら、何金髪美女といちゃついてんだコラァ!雑誌・新聞・テレビの果てからその話題で持ちきりじゃねーか!公衆の面前でキスとか馬鹿じゃねぇのかお前!」

 それは、昨日の夕方……正確に言えば騒ぎは昨日の朝からだったんだけど、オレがそう言って海馬の所に乗り込んで行ったのは夕方だったから、そういう事にしておく。

 その日は朝からあいつの周りは騒がしく、海馬邸やKCの周りにはマスコミ各社が何重にも輪になって囲んでいる様な、そんな凄まじい状態だった。なんでそんな事になっちまったのかというと、その日に一斉に発売された雑誌と新聞に載ったとある記事……というか写真が原因だった。

 その写真というのが、海馬が世界的に大人気のハリウッド女優(金髪グラマーな超美人。つい先日なんとかの主演女優賞を獲得したとにかくすげぇ人)と物凄く親しげに会話を交わし、あまつさえキスをしているという衝撃的なもの。

 まっさかウソだろ?と思ったけど、実際がっつりキスをしていた、これは合成とか勝手にそういう事にされているとか、そんなんじゃなくってやる気でやったもんだ。証拠に相手の女優の両腕は海馬の首にきっちりと回っていて、海馬も海馬で彼女の腰にちゃんと手を添えている。そんな衝撃的な写真が世に出てしまえば騒ぎにならないのが不思議な位で。それはもう各社マスコミは大々的に様々な煽り文句と共に大騒ぎをしてくれた。

 実は海馬は彼女と付き合っているとか、結婚も間近だとか、いやむしろ海馬がハリウッド入りするだとかKCが映画製作に乗り出すとか、余りにも情報が入り乱れていてなんかもう訳が分からない。

 なんにせよ、海馬とその女優がキスをするような仲だと言うのはこの写真で証明されてるから、奴のれっきとした恋人を名乗るオレとしてはまずそこをつっこまなきゃ、と思ったんだ。

 つーか付き合ってるとか結婚とか何事だよ。海馬を幾つだと思ってんだ?

 あいつがそんな写真を取られた場所は勿論日本じゃない。海馬はつい数日前までハリウッドだかラスベガスだかにKCの支社を立ちあげるとかで、ずっとアメリカに滞在していた。期間的には大体二週間位だったかな。とにかく日本にはいなかった。

 その間、オレ達は頻度的には少ないものの、一応一日一回はメールか電話で連絡を取り合っていて、特に喧嘩もしないで上手くやっていた。以前はそれすらも盛大に面倒臭がっていた奴だったから、それから考えれば物凄い進歩だと思う。なんだかんだといいつつ結構仲はいいんだよな、オレ達。

 けど、そんなにマメに連絡を取り合っていたにも関わらず、海馬は勿論こんな事一言も言わなかったし、匂わせる事すらしていなかった(まぁフツーは言わないだろうけど)。あいつはこういう面では真面目っつーか、やっぱり面倒くさがりやだから、オレ以外に相手を作ってどうこうとも思えないし、ましてや女とどうこうなんて思い付きもしなかった。

 男には結構狙われてるらしいんだけど。それもどうよ。

 ともかく、何はどうあれそんな写真が出回ってしまったのは問題で、彼氏としてはまさかの浮気疑惑も絡んでいる事だから、真相をしっかりと把握しなけりゃなんねぇ!って事で、オレは結構な剣幕であいつの下へと向かったんだ。

 途中、やっぱりマスコミ揉まれたりしたけど、磯野に助けて貰って何とか社内に入って一目散に社長室に向かう。堅く閉ざされた扉の横のインターフォンを使って「話があるんだけど」って言ったら、海馬は意外にもあっさりとオレを通してくれた。

 そしてオレは部屋に入るなり、さっきの一言を思い切りぶつけてやったんだ。

「……で、誰が金髪美女といちゃついただと?」
「はぁ?お前だろ!大騒ぎになってるじゃんか!付き合ってるとか結婚とかさ!この浮気者!あっちではオレの目が届かないと思って好き放題やったんだろ!」
「ああ、何やら色々書かれていたが。貴様はそれを鵜呑みにしたのか」
「う、鵜呑みにはしてねぇけど。そう書かれるって事は、それなりのネタが上がってるって事じゃん!」
「どこにそんなネタがあると言うのだ。というか、貴様、あの記事を最後まで読んだのか?」
「記事はちゃんと全部読んでねぇけど……でもどーせお前があの女と何したかって事だろ!まさかヤッちゃったりしてねぇよな?!」
「………………」
「睨んだって怖くないんだからな!マジだったらぶん殴ってやる!」

 オレの言葉に急に無言になってジロリと睨みつけてくるその顔を負けずに思い切り睨み返して、オレは事実を海馬の口から引き出そうと必死だった。よくよく考えたらこいつだって男なんだから、女とどうこうしたいと思わない事はないわけで(オレもたまに女が恋しくなる事、少なからずあるし)チャンスがあればって、思っても不思議じゃない。

 そうならそうと言え、とも言えないけど、黙ってされるのほど嫌な事はない。ましてやそれがオレの耳に入るなんて以ての外だ。

 しっかしこいつもアホだよな。写真取られるような所で浮気するとかさ。しかも世界的に有名な女優ととか馬鹿じゃねぇの。騒ぎになるに決まってるじゃん。

 あーもう腹立つ!なんなんだ一体!

 そうオレが心の中で悶々としていると、相変わらずだんまりを貫いている海馬の顔が段々と険しくなって来た。あれ、なんでお前がそんな顔すんの?今追及してるのはオレの方なんだけど。お前にモノ申したいのもオレの方なんだけど?!なんだよその態度!

「凡骨」
「なんだよ。都合が悪くなると逆ギレかよ。ふざけんなよバーカ!」

 余りにも堂々とこっちに不機嫌な顔をして見せる海馬に、イライラも頂点に達したオレは、爆発した怒りそのままに思わず手にしていた携帯をぶん投げてやる。案の定あっさりとキャッチしたそれをギリ、と強く握り締めて、海馬は目を細めてオレを見ると机の上から一冊の雑誌を取り上げて、勢いよくそれを投げて来た。ばさりと派手な音がして、見開きページが露わになる。

「その記事の最後の文をよっく目を凝らして読んでみろ」

 くそっ、何偉そうに上からモノ言ってんだこのタラシ男。週刊誌の記事なんてもうワイドショーでしつこいほどやってるから見飽きたっつーの!馬鹿か!まぁでも、読んでみろっつーんだから取り敢えずは読んでやるよ。それで決定的な事が書いてあったらマジぶん殴ってやっからな!

 そうぶつぶつと口の中で呟きながら、オレは雑誌を取り上げて海馬から指示された個所を読んでみる。 その視界の端に当の本人がオレの投げつけた携帯を持ってなにやらやってるみたいだけど、そんな事はどうでもいい。

 えーと何々……【この様に世界的大女優に熱烈なキスを受けた海馬社長だったが、その実彼女からこの歓待を受けた男性は一人ではなかった。これは彼女のスタンダードな挨拶の仕方であり……特に恋愛的な意味合いを含んではいない模様……なんだ、とがっかりする我々に向かって、海馬社長は表情を和らげて労を労い、最後にこんな衝撃の一言を口にしてくれた】
 

『僕は余り女性には興味がありませんし、恋人もいますので』
 

 えぇ?!ちょ、こいつ何言っちゃってんの?!
 

「はぁ?!なんだこりゃ?!」
「オレがマスコミに追いかけられているのは、この一文の所為なのだが」
「え?」
「あの見境なくキスして回る女との下らん噂話の所為ではない、と言っている」
「はい?!あの、えぇと、その、ど、どういう事?お前が浮気したんじゃないの?」
「だから違うと言ってるだろう!半端に仕入れた情報に踊らされるなど言語道断だ馬鹿が!」
「っつーか、スルーしかけたけど、お前自分でホモでーすなんて言っちゃったのかよ?!」
「言う訳ないだろう!勝手にそう書かれたのだ!」
「そうだよねーでも本当の事だから別にいいんじゃね?」
「良くはないが、そんな事はどうでもいい!それよりも貴様、オレを最初から疑って掛ったな?!誰が浮気者だと?!」
「ひっ!……あ、あの。それはその…なんていうか。だ、だってあんな写真でこんな記事付きじゃ、本当かもって思うじゃん!」
「そうだな。思うかもしれない。だが、揺ぎ無い信頼があればそんな疑惑すら思い浮かばないはずだが」
「…………うっ」
「それに、貴様は先程から一方的にオレの事を責め立てたが、自分はどうだったのだ」
「ど、どうって、何がだよ」
「……携帯にこんなものを堂々と貼り付けておいて何が浮気者だ?!恥を知れ!」

 そう言って、誤解が解けて一気に優勢になった海馬が、さっきとはまた違った空恐ろしい表情を浮かべて手にしていたオレの携帯をずいっと目の前に突き付けて来た。

 は?何が?と思うよりも早く目に飛び込んできたのは、携帯の裏側に貼り付いた先日付き合いで参加した合コンの時にふざけて撮ったプリクラ写真。ご丁寧にもほっぺにちゅーして、『ラブラブでーす』なんて文字が入ってる。馬鹿だ、こいつら。つかオレだけど。

 ちょ、何時の間に?!全然気付かなかったんですけど?!うああ!日付まで入ってるよオイ!ヤバいって!

 海馬がいない間、どうしてもと言われて断れなくて(まぁイヤじゃなかったし)ついつい羽目を外した結果がこれだよ!どうしよう!

 ヤバい、死ぬ!殺される!

 凄い勢いで投げ返された携帯を両手でキャッチしたオレは怒り顔から一転、これでもかってほど綺麗な笑みを浮かべた海馬にじりじりと追い詰められながら、冷や汗ダラダラで顔を引き攣らせた。この時点でもう三途の川は見えていた。死んだじいちゃんが向こう岸で手を振ってる。

「貴様、先程『ぶん殴ってやる』とか言ってたよな?その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 うっとりするような綺麗な顔と声で物凄く物騒な言葉を口にした海馬は、白く細い指をボキボキッ、と景気良く鳴らして……オレに愛情たっぷりのお仕置きをしてくれた。

 そりゃもう嫌ってほどにね。
「…………自業自得じゃん」
「…………馬鹿だねー」

 オレの話を一通り聞き終わった遊戯と本田は呆れ果てた目でオレを見ながら肩を竦めた。うん、オレもそう思う。やっちゃったなーって。これからどうやって海馬くんのご機嫌を直せばいいんだろ?土下座百回で済むだろうか。……うあ、全然自信ない。

 けどさ、良く考えたら、理由はどうあれ海馬はあの女優とキスはしたわけで。それは純然たる浮気じゃねぇのかな。そこは責めてもいいとこじゃねぇのって今更ながらに気がついたけれど、それ以上の物的証拠を押えられちまった身としては反論なんかとても出来るもんじゃない。

 なんだかとっても理不尽だけど、しょうがないよな。あーでもどうせ殴られるんならあの子とヤッとけばよかったなー勿体ない。

 そう何気なく口にしたら、それをちゃんと聞いていた目の前の二人は呆れ顔から一転、物凄く冷ややかな眼差しをオレに向けて、ドきっぱりとこう言った。

「今の言葉、海馬にチクっといてやるから」

 ……その後、オレの顔の腫れが倍になったのは言うまでもない。