Act4 マウントポジション(Side.城之内)

 一生の中でこれほど生理的に受け付けない人間に出会ったのは初めてだった。

 ただそこにいるだけで嫌味な程目立つ存在。無駄にデカイ身長に男の癖に生白い肌、人を見下す事しか知らなそうな生意気な瞳。日本人離れしたその色彩も相まって、オレは見るだけで嫌悪感から怖気が走った。

 第一印象からしてそんな最悪なものだったのに、それからヤツの事を少しずつ知るに連れて、それはもっともっと悪いものになっていった。

 同い年の癖に大企業の社長だとか、超大金持ちだとか、全国で三本の指に入るほど頭がいいとか、余りにも何でも兼ね備えすぎて腹が立ってしょうがない。

 それで性格が良かったらまだマシだったものの、中身は勿論考え方から言動の果てまで全て最低だった。こんなに性格が悪いヤツも見た事が無い。

 以上の事から、オレは海馬瀬人と言う人間が心底嫌いだった。金をやるから好意を抱けと言われてもそれだけは遠慮したい、死んでも嫌だと思っていた。近づく事は勿論、視界に入るだけでも不快で不快でしょうがなかった。それほどまでに大嫌いな男だったんだ。

 なのに。今は何故か、こいつを腕に抱いて寝ちゃったりしている。
 好きだ、とか言って自分から進んで顔を見に足を運んだりもする。

 ありえない。本当にありえないけれど、これが今の現実だった。

 オレ達がそうなったきっかけは、ある日の殴り合いの喧嘩からだった。殴り合い、というか、一方的にオレがキレて殴りつけてやろうと思っただけなんだけど。

 その日もヤツは飄々とした顔でオレのダチやオレ自身を見下してきやがったから、ついカッとなっちまったんだ。今思えばあれは挑発されたんだろうな。単細胞な自分がちょっと恨めしい。

 コイツに手を出したら、オレの手が腐ると思ったから絶対に触らない様にしようと誓っていたのに、余りに余りな態度に堪忍袋の緒をぶち切ったオレは、ヤツを屋上まで引きずっていってボコろうとした。

 頭でっかちのモヤシ野郎の事だから、特に気合入れなくても即砂に出来んだろ、と思ったのに、海馬は意外な事に喧嘩慣れしていやがって、自分から手を出しはしないもののオレがマジになっても蹴り一つ当たらない。

 あれは喧嘩慣れっていうか、護身術?なんだろうな。とにかく身のかわし方が半端じゃなく上手い。腕も足も空を切って、まるで空気と戦ってるみてぇだった。

 けど、持久力面ではヤツよりもオレの方が上だったらしく、時間と共に早々身軽に攻撃をかわす事も出来なくなって、足元がふらついたその一瞬をオレは見逃さなかった。

 チャンスだ!

 そう思ったオレは、かなり嫌だったけれどヤツに直接飛び掛り、肩を掴んで思い切り押し倒した。結構な音がして、オレ達はコンクリートの上に重なって倒れ込む。

 丁度仰向けになった海馬の上に跨り……俗に言うマウントポジションを取ったオレは、急激に近づいたその顔をここぞとばかりに殴りつけてやろうと腕を振り上げた刹那、衝撃のお陰で顔を顰めていた海馬が、徐に目を開けてオレを見上げた。

 その視線と、オレの視線が、図らずも合ってしまう。

 瞬間、振り上げた腕が空に止まった。

 そしてその後、オレはあろう事か殴る事を忘れた上に、ヤツの顔を凝視しちまって……何故か、ほんっとうに何故か分からないけれど、その時こいつに恋、をしちまったらしい。

 こんなの、予想外もいいとこだ。今でも信じられない。けれど。
 

 

「思えばあん時なんだよなーいっつも見下されてる相手を見下すとさぁ、すんごい変な気分になるじゃん?」
「……なんの話だ?」
「いや、昔話。オレがいかに海馬くんにフォーリンラブしたかってのを思い返してたの」
「は?」
「人間どこにツボがあるか分かんねぇよなぁ」
「貴様の考えは全面的に理解できない」
「別に理解してくんなくていーよ?その方が長続きするもんな」
「勝手に言ってろ」
 

 ま、とにかくあの一瞬で、今が決まったと、こういう訳です。