Act8 気持ち悪い(Side.城之内)

「なー海馬ー」
「煩い。近くに寄るな」
「別にそんなに怒らなくっていーじゃん。しょうがないだろ、終電無くなっちゃったんだから」
「そんな事は関係ない。とっとと出て行け」
「酷っ!お前!この吹雪の中オレを追い出そうってのか!」
「別にこの家を出て行けとは言ってない。オレの部屋から出て行け」
「なんでだよー同じ場所にいるのに別々って寂しいだろー。別に何もしないからぁ」
「煩い。傍に寄られる事自体不快なのだ」
「シャワー浴びて歯ぁ磨いても駄目?」
「駄目に決まっている」
「うえぇ〜大丈夫だって!」
「貴様が傍に寄って来て、何もしない等と言う言葉程信用ならないものはないわ。キスでもしてみろ。舌を噛み切ってやるからな」
「こえぇ事言うなよ。そんっなに嫌か」
「嫌だと言っている。近づくな!」
「ちょ、威嚇すんな!」

 ガシャンと大きな音を立ててオレの直ぐ横で飛んできた小さな花瓶が砕け散る。飛んでくる破片を寸での所で避けその場から思いきり飛びのいて、オレは壁伝いに少しだけ海馬から距離を取ると自分でも情けないとは思いつつ、駄目元で懇願してみた。

 けれど、返って来たのはやっぱり素っ気無い返事だけで。オレは内心大きな溜息を吐いていた。

 新年始まって間もない冬の夜。バイト先の新年会に出席して夜中まで大騒ぎをしてしまったオレは、無情にも遠くに消えて行く終電を見送った後、余り気乗りはしなかったけれど、仕方なく海馬邸へとやって来た。

 ……気乗りしない理由は、今日は約束していなかったし時間も時間だったし……そして、これが最大の原因なんだけど多分海馬に物凄い嫌われるだろうなぁって予め思っていたから。まぁ、予想をしていた位だから、今こうして邪険に扱われてもそんなにダメージは受けてないんだけどさ。

 でもさすがにここまで毛嫌いされるとは思わなかった。あれの何がそんなに気にいらねーんだよ。匂いか?味か?自分では良く分かんねぇけどそんなに匂うのかオレ?

「……貴様!なんだその匂いは!汚らわしい!部屋に入ってくるな!」

 オレの姿を一目見た刹那、海馬は座っていたソファーから急遽立ち上がり、まるでオレから逃げるように部屋の隅に移動すると、そう言ってまるで犬でも追い払うように「しっしっ」と手で振り払った。

 その瞬間オレはやっぱり、と思ったけれど、まさかこんなに距離があっても分かるとは思わなくて、思わず「何?どうした?」とトボけちまった。でも勿論そんな演技が海馬に通用する筈もなく、オレは一歩ヤツに近づくごとにクッションだのファイルだのを投げ付けられ、それがコーヒーカップになった時点でその場に立ち止まってしまう。

 次にヤツが手にしていたのは、さっきオレの横で壊れた花瓶だったから、これ以上近づいたら頭カチ割られる!と警戒せざるを得なくて。

 ……そして、今に至る訳だ。

「なーごめんって。オレもちょっとヤバイかなーとは思ったんだけど、しょうがねぇだろ。オレが幹事じゃねぇんだしさ」
「ああ、確かに仕方が無いな。だから出て行けと言っている。それで万事解決だろう」
「嫌だ。折角お前ん家に来たんなら、お前と一緒に寝たいし!」
「死んでも断る!」
「ものっすごい丁寧に身体洗うからー!歯も3回磨くし!うがいもする!」
「そういう問題ではない。貴様の体内にある限りは御免被る!」
「別にそのものを食えって言ってる訳じゃねぇんだからいいじゃん。お前変な所に鼻効き過ぎんだよ!」
「それ位嫌いだという事を分かっていて食したヤツには言われたくは無い!」
「だって会費払ってんだもん、食わなきゃ勿体ないだろ?!」
「だから食べた事には文句を言う気はない。食べたのなら近づくなと言っているだけだ!」
「そんな事言わないで海馬ぁ〜」
「近寄るなと言っているッ!!」
「そこまで嫌か!くっそー人がこんなに下手に出てやってんのにグチグチグチグチと!!もー頭来た!!ヤッてやる!!このまんまな!」
「死ね発情犬が!!」
「うるせぇ!」

 ほんとにコイツどんだけ我侭なんだよ!!
 大体さぁ、可笑しいだろ?!オレが何をしたってんだ!!
 

 おでん食ってきただけじゃねぇか!!
 

「汚い手で触るな!!」
「汚くねーっての!!暴れんな!」
「うっ……気持ち悪……」
「そんなにか?そんっなに気持ち悪いか!!なぁ?!オレはめっちゃ美味しかったけどな!」
「吐くわ馬鹿者!顔を近づけるな!!」
「よーしちゅーしてやる!」
「本気で死ね!!」

 ……とまぁ、こんな風に海馬の私室の片隅で、大乱闘を繰り広げたオレ達だったが、結果的にはオレは力づくで海馬をヤッて、その後余にも恐ろしい報復を受けて、氷点下5度の寒空の中にほっぽり投げられた。勿論裸のまま。

 でもさすがはオレ、そんな状態でも風邪は引かずにピンピンしてました。

 けど、もうおでんを食べた後海馬のところには近づくまいと心に誓った。

 今度は絶対殺られるもんな。