Act9 抵抗する(Side.城之内)

 こういう時、相手がか弱い女の子だったらいいなぁ、なんてふと思う。

 仮にちょっと拒まれたって、こっちが少し力を込めて押さえつければ(あくまで優しく、だけど)簡単に抵抗する動きなんて封じられる。手首押さえて、重いって言われない程度に足の上にのっかって、顔を近づけてディープキスの一つでもしてやれば後は楽ちん。よっぽど手馴れた相手じゃない限りは、大抵こっちの思うが侭。相手もこっちもすんごく気持ち良くなれるわけだ。

 けれど、残念な事にオレが今組み敷いてる相手は可憐でか弱い初心な女の子でも何でもなく、オレよりも力は多少落ちるけど身長も体重もあり、顔はまぁ綺麗だけどお世辞にも可憐でも可愛くも無いデッカイ男で。そのすらりとした長い手足はオレがちょっとやそっと力を入れて押さえつけても、なかなか大人しくしてはくれない。

 セックスは体力勝負なんて言うけれど、オレ等の場合はセックスを始めるまでが体力勝負で、漸くお互いにヤれる体勢になる頃には息が上がってる始末。オレ、つくづく体力馬鹿で良かったと思う。先にバテたら出来ないもんな。

 今日も今日とて、何か気に入らない事があったらしいオレの可愛い恋人は、超仏頂面で「何をしに来た。帰れ」なーんて冷たく言い放ち、それからオレが何を言っても完全無視。最初の頃はこの剣幕に尻込みして逃げ出していたオレも、さすがに付き合って半年も経てばもう慣れたもんで、嫌がられようが何を言われようが近づいてちょっかいをかけていた。

 んで、オレがちょっかいをかけ始めると最終的にはこうなっちまうのはもうセオリーみたいなもんで、なんだかんだ争い合いながらも無事ソファーの上に押し倒す事に成功したオレは、未だ渾身の力を込めた状態で真下にいる海馬と睨み合っていた。

 ……あのなぁ、そんな親の仇を見るような目で見なくたって。別に取って喰う気もないし。別の意味で喰う気は満々だけどさ。でもなんてったってオレ達恋人だし、悪い事はしてねぇだろ?

 そう視線で訴えかけて見たもののまるっとスルーで。ちょっとでも力を抜いたらぶん殴られた上に蹴り飛ばされちまいそうだ。もー何がそんなに気に入らないわけ?嫌なら嫌って言えばいいのに(言ってもやめないけど)それすらも言わないんじゃ分かりませんって。

 まぁいいやってんで、とりあえず体勢的に出来る事はキスだけだから、キスしようと顔を近づける。そしたらこいつ、今度は頭突きしてきてやんの!超いてぇ!

「っかー!いってぇ〜!お前、さっきからなんだよ!!大人しくしやがれ!」
「誰が大人しくするかこの阿呆が!!」
「うわっ!暴れんな!!待てっ!ちょっと待てって!!」
「主人に犬が待てだと!?貴様何時からそんなに偉くなった!」
「偉くも何もオレは犬じゃねーし!つーか誰が主人だ!」
「やかましいわ!さっさと退け!」
「ふざけんな!誰が退くかよ!ッいってっ!股間蹴るな馬鹿!」
「ならば退け!」
「死んでも退くかッ!」

 ギリギリと掴みあった指先に力を込めて、オレは海馬の必死の抵抗に応戦しつつ、自分で言うのもアレだけど脅威の忍耐力でこの場を凌いだ。海馬に頭突きを食らった際に押さえていた足を片方逃しちまったのは失策だった。この足がまた凶器で、足だのケツだのを蹴ってくるまではまだ良かったものの、それが腹までになるとさすがに痛い。

 でもやっぱり相手も身体を使ってるもんだから、自分自身にダメージがゼロって訳もなく、当然オレよりも防御力のない海馬は、むしろ自分の方が頭突きを食らったみたいになっちまって、それはそれでちょっと可哀想に思えてくる。

 こいつも大概石頭だけど、オレには敵わねぇだろ。キャリアが違うからよ。キャリアが。酒瓶だのバッドだのを受け続けた鉄の頭には敵うはずがない。つーか無理だから。

「……お前さぁ、自分がデコ赤くしてどうすんの?痛いだろそれ」
「煩いわ!」
「なぁ、なんでそんなに不機嫌なの?それともこれ、新しいプレイ?」
「馬鹿か貴様はッ!」
「あーもう馬鹿でも何でもいいから始めさせてくんないかな。乱闘じゃなくってエッチしたいんです、オレ」
「ばっ!変な言葉を口走るな!黙れ!そして退け!!」
「だから、なんでって聞いてるんだけど。事情によっちゃー考えてやってもいい……」

 そうオレが口にしかけたその時だった。相変わらずソファーの上で力比べ的な事をしていたオレ達は、急にゆっくりと開き始めた隣の寝室のドアにぎょっとした。えぇ?!ちょっと!それって海馬の『寝室』に『誰か』いるって事?!あーだから海馬のヤツここでオレにのっかられるの嫌がったのか。そりゃ壁一枚隔てた向こうに誰かいるんなら出来ねぇよな。浮気でもしたのか?

 ……って、えぇ?!浮気?!

 う、いやいや今はそんな事を悠長に思ってる場合じゃなくてだな、今から顔を見せるだろう寝室にいた誰かに、この状態をどう説明すればいいんですか神様ッ!!

 オレは内心恐慌状態で、殆ど開ききった扉の影に隠れているその正体が姿を現すのをドキドキしながら待っていた。そして数秒後、それは眠たそうな顔で目を擦りながらオレ達の前にひょっこりと姿を現したんだ。

 嫌に見慣れたモミジ頭。……ちょ、遊戯じゃねぇか!なんでここに?!海馬の浮気相手ってまさか遊戯とか!ありえねー!!

「ゆ、遊戯?!お前、どうしてここにっ!」
「もー、さっきからドタバタ煩いなぁと思ったら。あれ、城之内くんこんにちは。君も海馬くんとデュエルでもしに来たの?」
「はい?!デュエル?!」
「うん。僕は……っていうか、もう一人の僕なんだけど。海馬くんとデュエルしたいって言うから遊びに来てたんだけど。昨日徹夜でゲームしてたから途中で眠くなっちゃったみたいで、昼寝させて貰ってたんだ。……君達喧嘩してるんじゃないよね?」
「や、これはそのー……新しいプロレス技を試そうとして、海馬に練習相手をお願いしたっていうかぁ」
「そうなんだ。海馬くんも忙しいね」
「そ、そうだなー。あはは」
「あ、もうこんな時間だ。じゃ、海馬くん、僕そろそろ帰るから。また宜しくねー」

 喧嘩しちゃ駄目だからね!

 と、清々しいまでの笑顔でオレ達に念を押した遊戯は、いつも通りののんびりとした調子で丁度オレ達が縺れ合ってるソファーのすぐ下に置いてあった鞄を取ると、さっさと部屋を出て行った。パタン、と閉まる扉の音に一気に脱力したオレは、はっとして下を見た。

 同時に気まずそうな顔でオレを見上げた海馬の視線とオレの視線が思いっきりかち合う。

「そーゆー事だったんですか、海馬くん。そりゃー死ぬ気で抵抗もするよなぁ。まさか遊戯に聞かせらんないもんなー」
「な、何が言いたい」
「べっつにぃ?お前と遊戯が本当に『デュエル』してたのかとかぁ。仮にしてたんならなんでベッドに遊戯が寝てたのかとかぁ。まぁ色々気になりますよねー」
「下種な勘繰りをするな!遊戯の言った事は本当だ!」
「うんうん。信じる信じる。信じるからぁ……ヤらせろコラァ!!身体検査してやるッ!」
「まるっきり信じていないではないか貴様ぁ!」
「うるせぇ!入れりゃーはっきりすんだよ!!」
「最低だな!恥を知れッ!」
「どっちがだよこの浮気者ッ!」

 この後やっぱり抵抗しまくった海馬と殴る蹴るの応酬の合間にちゃんとやる事もやったオレだったけれど、やっぱりどうにも釈然としなかった。だってフツー『友達』を自分のベッドで寝かせるか?寝かせねぇだろ?なぁ?!くっそ、明日遊戯を尋問してやる!

 あ、ちなみに身体検査の結果は異常無しでした。

 でもそれが余計にアヤシイと思う今日この頃です。