スウィーツ

「あ、焼き芋だっ!ちょっと行って来る!」
「遠いんじゃねぇかぁ?この音からすると結構距離あるぜ。って、はええ」
「城之内くん、焼き芋には目がないもんねー。僕も好きだよ。家で母さんが作る吹かし芋も大好きだけど。サツマイモって何しても美味しいよね。海馬くんは……そんなもの食べないかな?」
「ここ十数年くらい口にした事はないな」
「…十数年って。君自分を幾つだと思ってるの。へー、でも意外。君も焼き芋食べた事あるんだ?」
「モクバは好きだぞ。この間学校で芋掘りをして、焼き芋にして食べたと言っていたな」
「あ、僕もやったよ。自然学習っていうのかなぁ。お米とかジャガイモとかを自分で作って料理して食べるんだよね?楽しかったなー」
「くそ、都会人め!イナゴ取りを舐めんなよ!うめぇんだぞイナゴ!」
「え?本田くん虫食べたの?!」
「バッタを食すとは、さすが野生児は違うな」
「誰が野生児だッ!それにバッタじゃねぇ!」
「どちらも同じだ」
「うるせぇ!」

 呼吸をする度に空気が白くくゆる冬の夕暮れ。頬を刺すような冷たい木枯らしを身を寄せ合う事で何とかやり過ごそうとでも言うのか、誰も彼もが普段よりも二割増で距離を詰めて歩いていた。

 それは男女のカップルでも同性の友人同士でも同じ事で、今日は珍しく放課後まで学校に居座った海馬も合わせた4人の男子高校生は、最近のゲームだの、今流行の行列の出来るスウィーツの店の話だの、彼女を連れて行くならここだだの、他愛ない話題で賑やかに話しながら帰路についていた。

 その最中、遠くで聞こえたこの季節独特の「石焼芋〜」の、間延びしたスピーカー音に過敏に反応した城之内が、即座にその音が聞こえる方向に顔を向けて、駆け出した。

「スウィーツの話してたら食いたくなって!」

 そんな一言を残して消えていくその後姿を「スウィーツの話題とか関係ないだろ」とやや呆れた風に眺めながら、残された面々は一応その場に立ち止まって待ちの体制を作る。そこでもやっぱり彼らは必要以上に近づいて暖を取りつつ、傍にあった自販機で暖かいお茶を買い、城之内の帰りを待っていた。

 また一際冷たい風が吹き抜ける。かさかさという乾いた枯れ葉がコンクリートの上を滑る様に移動して、道端の吹き溜まりに溜まっていく。その風にこの中で一番の薄着である遊戯がくしゅんと小さなくしゃみをすると、それを何気なく眺めていた海馬が無言で首にかけていたマフラーを外して頭からかけてやった。

 「ありがと」の声と共に遠慮なくそれで首を包んだ遊戯は、何重にしてもまだ余る長さににこにこと笑顔をみせてあったかい!と喜んだ。その何気ない仕種に与えた側の海馬も唇に笑みを刷く。

 彼等にとってこれはいつもの放課後で、海馬にとっては特別な放課後だった。年に数える程しかない貴重な瞬間に彼はらしくなく未だ熱い位の緑茶の缶をぎゅっと握った。その時だった。

 背中に感じたトン、という軽い衝撃と共に、目の前に新聞紙に包まれたほこほこの物体が出現する。

「お待たせ!買ってきたぜ!ったく今焼き芋高ぇよな。一個400円もすんだぜ」
「そうだよねぇ。その辺でクレープ買うより高いよね」
「クレープとか芋とかお前等は女子高生かよ」
「んな事言ってお前もしっかり食う癖に。ほい、本田。こっちは遊戯」
「ありがとう。って、なんかすっごく大きいね」
「おうよ。おっちゃんに愛想振りまいておいたからよ」
「お前ってそういうの得意だよな。さすが年上キラー」
「あれ?でもなんか数足りなくない?海馬くんのは?」

 ひぃふうみぃ……とどう考えても祖父仕込みの数の数え方でそれぞれの手にある焼き芋を指差し確認した遊戯が、不思議そうな顔で城之内を見る。すると彼は人懐こい笑顔を更に輝かせて、幾分自慢気にこう言った。

「こいつはどーせ一本も食わないし、オレの分けてやるから問題ない。な、海馬?」
「オレに犬の食いかけを寄越すというのか貴様」
「犬の食いかけとか可愛くねぇ言い方すんな。心配しなくても、お前に先に食べてさせてやるから」
「いらん」
「またまたー結構サツマイモ好きな癖にぃ。スウィートポテトとか良く食うだろお前」

 な?といいながらここに帰って来た瞬間から海馬の身体を背後から抱き締めるような体勢を崩さずにいる城之内に、一瞬にして仲良しグループから冬の恋人達を傍観する寂しい友人に成り果てた本田と遊戯は、小さく溜息を吐きながら、手渡された熱い新聞紙を開封する作業に入る。

 その間、体勢に特に文句も言わない海馬のポケットからさり気なく出て来た、自分が買った時に共に購入したらしい緑茶の缶に、二人の脱力は更に深まる。「そんなん、帰ってきてから買ってやれよ」というツッコミはあえて心の中にしまって置く事にした。

「じゃ、早速。うわ、あっつ!あ、お前皮食べれる?新聞紙まで一緒に食うんじゃねぇぞ」
「貴様は一々煩い!……熱っ!口元に押し付けるなッ!」
「はい、あーん」
「鬱陶しいわ!もういい!」
「お前これじゃー一齧りどころか一舐めじゃねぇか。もっと食えよ」
「もういいと言っている。好きが高じてあの音を聞いて飛んで買ってくる人間が沢山食べろ!」
「じゃー食べせて」
「甘えるな!」
「いてっ!いてーなーもう。」

 至近距離で繰り広げられる、男女カップルも真っ青な俗に言う「ラブラブ」なやり取りに、既に遠い目になりつつある二人はそれでももう慣れたもんだとそのまま見学の体勢に入って吐息混じりに会話を交わす。

「焼き芋とスウィートポテトを一緒にしちゃアレだろうがよ城之内……」
「しー。本田くん、邪魔しちゃ駄目だよ」
「なぁ、オレ、たまーにあいつらが男同士だって事忘れる時があるんだけど」
「あはは。いいんじゃない?冬だし」
「夏だってベタベタしてるだろうがよ。しかし彼氏が買ってくるスウィーツが焼き芋ってどうなんだ?それでいいのか?」
「逆にそれがいいのかもしれないよ。だってお洒落で美味しいお菓子なんて海馬くん食べ慣れてるだろうし」
「まーなーこういう時じゃないと120円のお茶とか絶対飲まないもんなー」
「なんかいいよね、こういうのも」
「……いい、のか?」

 まぁ居心地は悪くねぇけどな。そうぽつりと呟いて、本田は半分になった焼き芋の残りを面倒だと一気食いして大いに咽る。ドンドンと大慌てで自分の胸を叩き捲くるその姿に、遊戯は即座にまだ残っていたお茶を差し出した。本当は背中を叩いてやりたかったが、不幸にも遊戯の身長では余り役に立たなかった。

 傍らで起きていたそんな珍事件にも、『ベタベタしている』二人は何処吹く風で、相変わらず不自然な体勢でいちゃついている。数分後、彼等の焼き芋が綺麗になくなった時点で漸くその事に気づいたらしい城之内が、くるりとこちらを振り向いて「あれ、お前何面白い顔してんの?」と至極無神経な発言をして、本田が余計な怒りを覚えたのは言うまでもない。

「あーやっぱり美味かったー!また食いたいなー。っつーかお前ん家の庭でやらせろよ焼き芋〜!」
「嫌だ。人の家の庭を何だと思っている」
「お前の家って木が一杯生えてるから落ち葉沢山ありそうだし!モクバだって喜ぶぜきっと。好きなんだろ?」
「貴様は散らかすだけ散らかして片付けもしないだろうが」
「今度はちゃんとやるからー。別にいいだろ、そんなスペースとるもんじゃねぇし。なーなー遊戯達もやりたいって言ってるしー」

 「誰もそんな事言ってない!」と即座に答える二人の声などまるで無視して、まるで主人に尻尾を振って纏わりつく犬そのものの動きで城之内はしきりに海馬に「焼き芋ー」を繰り返す。何が彼をそうさせるのか全く分からなかったが、その仕種が何処となく可愛くて、結局誰も勝てないのだ。

「分かったからじゃれつくな!」
「マジで?じゃあ明日!バイトないし!」
「今日食べたばかりだろうが!」
「関係ないね。毎日でもいいし。冬にあったかくて甘いもんっていいだろ?なんか幸せな気分になれるじゃん」
「貴様は何を食べても幸せになれる安い男だろうが」
「まーねー。羨ましい?」
「全然」
「ちえっ。まぁいいや。寒くなって来たから早く帰ろうぜー風邪引いちまう」

 そう言って、全員がここに留まる羽目になった要因を作った張本人は海馬を抱え込んだその体勢のまま、相変わらず騒ぎながらさっさと先に歩き出した。そんな彼等の姿を肩を竦めて見遣りつつ、手の中のゴミを近くのゴミ箱にきちんと投げ捨てた後ろの二人は、なんとなく顔を見合わせてくすりと笑うと「あーあ」と言いながらついて行く。
 

「あ、そういえば海馬くんにマフラー借りたままだ」
「いーんじゃね。あいつ等全然寒くなさそうだし。明日返せば」
「本当に明日やるのかな。海馬くんの家で焼き芋大会」
「城之内がやるっつったら絶対やるぜ。しつこいからよ。ま、オレ等はありがたくご相伴にあずかりますか」
「そうだね。杏子も誘う?」
「おう、そうしろよ。ついでに静香ちゃんも呼んで貰おうぜ」
「賑やかになるねー。そう思うと焼き芋も結構ロマンチックかもよ?」
「ないない、それはない」
 

 あはは、と一際大きな声が薄暗くなった街の片隅で賑やかに響き渡る。その声に混じって、遠くで再び「石焼き芋」の声が聞こえた。
 

 寒い日には、あったかいスウィーツで、幸せになろう。