Act11 「危なっかしくて見てらんねぇ」

「だからそれはまだ熱いって!!器に一回取って食えよ!」
「いちいち煩いわ!余計なお世話だ!」
「さっきもそう言ってカップコーヒーひっくり返しただろうがよ!いいから言う事聞け!」
「あれは、少し目測を誤っただけだ!」
「嘘吐け!『熱っ』って言ってただろ!」
「気のせいだ!」
「いーや、絶対言ったね。断言する!つかお前元々麺類食うの下手なんだから、うどんなんか頼むなよ!馬鹿なの?」
「オレが何を食べようと勝手だろうが!」

 時刻は午後12時過ぎ。高校の学生食堂の片隅できつねうどんの入ったどんぶりを間に挟んで盛大に言い争いをしている二人を眺め見ながら、遊戯は今日何度目か知れない溜息を一つ吐く。その横に並ぶ本田や杏子も皆似たような面持ちで溜息を吐いていた。

 唯一周囲の様子をまるで無視して登校時に買い込んで来たらしいシュークリームをご機嫌でパクついている獏良だけが、にこにこと楽しそうな笑みを浮かべて「城之内くんは過保護だねー。そんなに海馬くんが可愛いのかな?」と呟き、周囲の空気を更に悪化させていた。

「まぁ、カップルがイチャイチャすんなとは言わねーけどよ。さすがにアレはやりすぎだろ」
「しかも海馬くん、嫌がってるじゃない」
「城之内くん、今日は朝からあんな感じだよ。さっきの調理実習の時なんて酷いんだよ。包丁持つの危ないからって、海馬くんキャベツの千切りテスト受けさせて貰えなかったんだから」
「え?マジか?!」
「うん。手を切ったりすると悪いからって」
「……アホだな。追試受ける方が面倒臭ぇのに。つーか良く考えたら城之内と海馬ってグループ違くね?」
「違ってたけど、御伽くんと交換して貰ったんだって」
「そこまでするか」
「するわよ、あいつなら」
「……なんだかなー」

 幼稚園のお子様相手じゃあるまいし、何をそんなに過保護しまくってるんだか。つーか相手は大企業の社長さんだぞ、おい。

 そう呆れ果てた声で呟いた本田の声にその場にいた遊戯と杏子は力一杯同意する。

「……でも、普段はあんな事しないわよね?」
「そうだね。今日はなんか特別って感じ」
「なんでだよ。海馬アノ日か?それとも前日頑張っちゃったか?」
「本田ッ!!」
「うおっ、冗談です。ごめんなさい!」
「んーけど確かに、海馬くん朝からフラフラはしてたけどねー?」
「えっ、そうなの?」
「つーか獏良、お前口の周りのカスタードクリームなんとかしろよ」

 なんだかんだと好き勝手な事を言い合いながらそれぞれの昼食を食べ終えた面々は、トレイを返却口に返しがてら、件の二人の方を振り返る。すると、漸く争いが落ち着いたのか海馬は黙々とうどんを食し、城之内が満足気にそれを監視している光景が目に入った。

 とっくの昔に食べ終えてしまったらしい自分の器を脇に退け、その必要があるのかないのかは不明だが、海馬の器を支えるように右手を添えて、やはり何やら小煩く口にしている。やはりその仕草は子供の食事を幇助する親そのものだ。

 これにはさすがの遊戯達も閉口し、脱力しながら彼等の元へと歩んでいく。

「おい、克也パパ。お前さっきから何やってんだ」
「あ?何?」
「何じゃねぇよ。ガキじゃねぇんだからメシの時ぐらいほっといてやれって。何、海馬調子でも悪ぃの?」
「そんな事はない」
「じゃあどうして城之内くんがそんなに構ってるのさ」
「知らん」
「……だってよーこいつ昨日までほっとんど寝てないって言うんだぜ。一日徹夜でもガオるのに一週間だぜ?一週間!お陰で朝っぱらから何もない所で転ぶわ、階段で躓くわ、温度感覚がなくなって猫舌の癖にクソ熱いコーヒー飲んで火傷するわで散々だ。だからオレが面倒みてやってんだろーが。危なっかしくて見てらんねぇし」

 そんな事を握り拳まで振り上げて力説する城之内の傍らで、当の本人は涼しい顔でうどんをすすり、思いっきり噎せていた。

 それに「お前何やってんだよっ!」と慌てながら背中をさするその光景を眺めながら、彼に更なる突っ込みを入れようとした本田は、げんなりした様子で踵を返すと「いこうぜ」と、呟いて歩き出した。

「付き合ってられん」
「待ってよ本田くん!いこ、杏子!」
「でも城之内くん優しいねー」
「優しいっていうよりも、アレはあいつの趣味でしょ。将来保育士か介護福祉士にでもなったらいいんじゃないの」
「か、介護って杏子……」
「あら、違うの?」
「違わないけど……」

 彼等がそう言いながら食堂の入口へと歩いて行くその間にも、背後の二人は未だどんぶりを抱えてぴったりと寄り添いあって、何事かを話しているようだった。

「ま、仲良き事は美しきかな。仲良すぎる事は目障りかな」
「うまいねぇ」
「褒めても何も出ねーし。あーむかつく」

 昼休み終了10分前のチャイムが鳴り響く。次の授業は……確か体育だ。

「次のドッヂボールもきっと出さねぇんだろうな」
「うーん。でも海馬くんそろそろ単位危ないから……城之内くんが盾になるかもよ」
「そうなったら集中攻撃してやろうぜ。全力で!」
「わー面白そうだねー!」
「え?どうして獏良くんが乗り気なの?!」
「あんた達は……そういう子供っぽい意地悪しないの!」
「だってよー。つーか海馬の奴、そんな状態なら学校くるなって話だよなー」
「多分城之内くんが無理やり連れて来たんだと思うよ」
「だろうな。それで面倒みてやってるとか威張られてもな」
「ねぇ、急がないと始まっちゃわない?今日は第二体育館だよ?」
「あそっか。やっべ!急ぐぞ!城之内達は?」
「さっき席を立ってたから……あ、こっちに来てるよ」
「そのまま教室まで来るかねー?二人でフケたらチクってやろーっと」

 バタバタと派手に鳴る足音と、それに交じる様に聞こえる笑い声が広い空間に響いて消える。他の生徒も一様にそれぞれの教室へと急ぐべく廊下を慌ただしく走って行く。授業開始まで後7分。急がないと間に合わない。

「おい城之内!お前体育海馬とサボんなよ!!」
「サボらねーよ!!覚悟しやがれ!!」

 これも、彼等の日常である。