Act12 「手、繋がせて。駄目?」

「……なんか予想外の人混みなんですけど……きっつー」
「だから言ったろうが今日明日は混むと」
「だぁってしょうがないだろ!オレもお前も今日しか空いてなかったんだからさ!」
「そうだな」
「なんか文句あるのかよ?!」
「何も言ってないだろうが。文句を言っているのは貴様だけだ。暑苦しいから喚くな」
「うー。あ!お前何帽子とってんだよ!ちゃんと被れよ」
「鬱陶しいわ。必要無い」
「バレたら困るだろうが」
「こんなに大勢の中でバレるか馬鹿。貴様が自意識過剰なだけだ」
「オレが過剰なんじゃなくってお前が自覚なさすぎんの。つーかお前がかい……」
「名前を出すな!」
「あ、やべ。……まぁ、なんだ。瀬人くんじゃなかったとしても、だ。無駄に目立つんだって」
「身長の所為だろう」
「それもあるけど原因はそっちじゃねぇんだって。分かんねぇ奴だなぁもう。なんで自分がジロジロ見られてるのか考えろよ」
「?貴様を見ていたのではないのか」
「ちげーよ!!どんだけだよ!!」

 しれっとした顔でそう発言し完全に取ってしまった帽子をオレの鞄に突っ込んだ海馬は、少しだけ乱れた髪を手で軽く直しながら小さな溜息を一つ吐いた。

 夏休み真っ盛りの平日のショッピングモール。そこに溢れる沢山の人に混じってオレ達は出来たばかりの巨大映画館目当てに広いアーケード内を歩いていた。

 海馬とは前々から普通のデートをしようぜって約束をしていて、たまたま今日二人とも都合がついたから平日でもあったし、じゃあって言うんで早速気合いを入れてやって来たんだけど……実のところ夏休みを舐めてました。

 平日だっつーのに大混乱。どこもかしこも長蛇の列。一応普通のデートだからっつーんで移動手段は電車とバスだったんだけど、まずそれが酷かった。もうぐっちゃぐちゃ。さすがにオレも死ぬかと思ったね。

 ……これは海馬に悪い事したかなぁなんて、ちょっとビビりながら奴の様子を観察してたんだけど、意外にも海馬は特に不機嫌になる事もなく、ごく普通にオレの後をついて来ていた。こいつ普段経験をしないからなのか案外こういうの嫌いじゃないみたいなんだよね。庶民を楽しんでるっつーか。まぁ、それに越した事はないからオレは大分楽なんだけど。逆にこっちがイライラして来た。別の意味で。

 人が多い所為でぴったり寄り添ってって訳にも行かなくて、少し離れて歩いている所為で海馬は所々で声をかけられていた。まぁ、本人はまさか自分相手に話しかけているとは思ってないのか、物凄く華麗にスルーしてるけど。……つーか気づけよ。

 一応面倒事を避ける為にちょっとデカめの帽子を被らせてはいるんだけど(サングラスは余計怪しく見えるからやめた)顔を全部隠せるわけでもなし、顔がいい悪いってのは鼻から下でも何となく分かるから、やっぱ意味はあんましないんだよね。まぁ、『海馬』だとはバレてないみたいだけど。でもむかつく。気安く声かけんな。

「なぁ、かい……瀬人」
「なんだ」
「やっぱちょっとあれだ。嫌だ」
「何が」
「離れてるのが」
「離れている?至近距離だろうが。何か不都合があるのか?」
「うん。だから手、繋がせて。駄目?」
「暑苦しい」
「こんな状態じゃどっちにしたって暑苦しいって。なーいいだろーちょっとだけ」
「貴様のちょっとだけ、はちょっとだった試しがない」
「じゃあずっとでいいから」
「何がじゃあだ」
「いいからいいから。右手貸して」

 手を繋いじゃえば離れる事もないし、海馬が一人だって思われる事もない。何よりもオレが嬉しいから一石三鳥だ。未だちょっとだけ嫌がる素振りを見せる海馬の手を強引にオレの手で掴み上げ、指先を絡めて繋いでしまう。

 所謂恋人繋ぎって奴なんだけど、勿論海馬はそんな事は知らないから「鬱陶しい」って呟いただけで後は好きにさせてくれた。周囲に変な目で見られるかな、と思ったけど、混雑が酷過ぎてそれどころじゃないらしい。なんかすっごくラッキーって感じ。大変だけど。

 オレ達の目当ての映画は上映開始が2時間後。携帯で予約してるから並ぶ必要はないけど、時間潰しが必要だった。そう言えば少し小腹がすいて来たし、その辺の店で昼飯でも食べるとしますか。

「まだ時間あるからメシにする?地下にレストラン街があるし」
「どこも混んでそうだがな」
「まーねー。しょーがないしょーがない。で、何食べたい?」
「あっさり系」
「アバウト過ぎるだろ。了解」

 繋いだ冷たい指先をぎゅっと強く握りしめて、息が苦しいほどの人混みの中、オレは一人とても幸せな気分で、海馬のご要望にお応えすべく、目的の場所への第一歩を踏み出した。

 一日だけの夏休みを心ゆくまで満喫するために。