Act13 「嫌いだなんて言わせない」

「特に嫌いでもないが、好きでもない」
「え」
「しなくていいなら、それに越した事はないな」
「えぇ?!ちょ、なんで?オレそんなに下手?」」
「上手い下手の問題ではなく、この行為そのものに余り意味を感じない」
「いや意味って……普通好きならシたくならねぇ?」
「経験がないからわからん」
「ないのかよ。じゃー綺麗なお姉ちゃんを見たりとかすると……」
「全然。興味がない」
「……お前は天然記念物ですか。男としてどうなのそれは。って、じゃあオレとこうするのも本当は嫌なわけ?」
「だから嫌ではないと言っている」
「でも、積極的にしたいとも思わないんだろ?そう言えばお前から誘って貰った事ってないもんな。……まぁ、その前にオレが襲っちゃうわけだけど」
「実際問題、貴様は楽しいのか?」
「楽しいっつーとアレだけど。うん、気持ちいいよ。いっつもしたいと思うし」
「そうか」
「何その反応、微妙すぎる。……なんかもの凄く悲しいんだけど。お前、今まで全然気持ち良くなかったの?」
「そんな事はない」
「じゃーなんなんだよー嫌なら嫌って言えよ」
「貴様が聞くから答えただけだ」
「うぅ。聞かなきゃ良かった……」

 はぁ、と大きな溜息を一つ吐いてオレは海馬の頭からバスタオルを取りあげると、近くの籠に投げ捨てる。

 寝心地のいい広すぎる高級ベッドの中央で普段通り抱き合った後、シャワーを浴びて後は寝るだけとなった時刻。オレはいつもの習慣で意外にものぐさな海馬の濡れた髪を乾かしてやりながら、眠そうな顔でされるがままにしているこいつにふと何気なく「お前、セックス好き?」と訊ねてみた。

 なんでそんな事を突然聞く気になったのかと言うと、海馬が余りにもセックスに対して消極的で(オレが積極的過ぎるってのはこの際置いておいて)、拒みはしないけれど特にしたい風な素振りもしないから、なんかあるのか?と思ったからだ。好きならそれに越した事はないけど、もし嫌だったりしたらマズイから。

 まぁでも、嫌な事は嫌、とはっきり言うタイプの奴だから、本当に嫌だと思ってるんならオレが聞くまでもなくやめろって騒ぐか、本気で抵抗するかのどちらかだから悪い返事は帰って来ないとは思ったけど……。でもさぁ……。

 『嫌いじゃないけど、好きじゃない』ってどーゆー事だよ。そのニュアンスだと「仕方なく付き合ってやってる」っていう風に聞こえるんだけど。あ、実際そう言ってんのか。

 まぁ確かに男が男にヤられるのはプライドの面からしてもちょっと厳しいとこがあるし、現実問題として入れる方は良くても、入れられる方は痛かったりなんだりしていいばっかりじゃないって事は分かる(経験ないから実際どうなのかは知らねぇけど)。

 でも、それを差し引いてもおつりが来る程すげぇ気持ちいいって言うし、実際海馬も善がってるんだから、悪くはないって事だよな。けど、しなくていいならその方がいいって言ってるって事は本当はあんましたくないって事で……。
 

 ああもう訳分かんねぇ。嫌なの?いいの?どっちなんだよ!?
 

「何を一人でブツブツ言っている」
「だってっ!お前がセックス嫌いだなんて言うから!」
「嫌いとは言ってないだろうが。好きじゃないと言ってるだけで」
「どうして好きじゃないんだよ」
「どうしてと言われてもな。面倒臭い。疲れるし」
「め……面倒って……じゃあ、どうしたら好きになる?」
「……努力でなんとかなるものなのか?」
「うーん……多分。なんかない訳?ここをこうして欲しい、とか」
「別にない」
「ちょ、好きじゃないって言うからにはなんかあるだろ?!」
「煩いな。別にオレがソレを好きだろうが好きじゃなかろうがどうでもいいだろうが。しないとは言っていないのだし」
「良くないだろ!こういうのはお互いに気持ち良くってサイコー!もっとしたい!って思わないと駄目なんだって!」
「無理」
「無理言うな!大体、恋人っつーもんはセックス込みで成り立つ関係なんだぜ?!セックスなしじゃー恋人って呼べないじゃん!」
「しつこい男だな、無しにしろとは言ってないだろう。好きにすればいい」
「でも楽しめないんじゃオレには無しと同じ意味なのっ!!」
「……やっかいだな」
「お前がだよ!!普通分かるだろこん位!!」
「ではどうすればいいのだ」
「オレが聞きてぇよ!」

 これはオレの問題じゃなくってお前の問題だろ?!

 殆ど半泣きになりながらそう叫ぶオレの顔を相変わらず眠気が大半のぼんやりとした表情で見つめながら、海馬は暫く首を傾けて考えていた様だったけど、結局いい解決法が見当たらなかったのか、微妙な顔をして首を振った。……うん、凄く分からないリアクションありがと。よーするにどうにもならないって事なのね。はいはい。

 そこでオレも真面目に考えた。海馬が好きじゃないって言うんなら、好きになるようにやっぱり『オレが』頑張らなくちゃ行けないんだ。よく考えてみれば今までオレは自分がいいように勝手ばっかりして来たから(回数やシチュエーションその他諸々)今度は海馬のいい様にしてやるべきなんだ。そして出来ればしない方がいいなんて二度と言えなくなるように溺れさせてやればいい。むしろ、一日の終わりがコレじゃなきゃ眠れなくなる位に。

 ……そう考えると、なんだか楽しくなって来た。今までよりも断然燃える!

 そんな事を密かに心の中で決め込んだオレは、限界だったのかそのままおねむモードに入ってしまった海馬を見ながら口元を歪めてほくそ笑んだ。これからどんな事をして『楽しませて』やろうか。とりあえずはあんまし良く無かったらしいさっきの一戦のリベンジから始めるべきだろうか。

 幸い明日は日曜で早朝からの予定は入っていないし、今はまだ日付が変わる前だから後二三回やったって時間的には大丈夫だ。そういやオールでとかやった事ってなかったし。さすがの海馬も気持ちいい事だけをされ続ければ、セックスに対する認識を変えてくれるかもしれない。少々強引なやり方だけど、まずものは試しってね!

「……おい、何をしている」
「何をって。脱がせてんだけど」
「……は?」
「お前が自分じゃどーしようもねぇって言うから、オレがなんとかしてやるよ、セックス嫌い」
「なんとかって、どうやって……!」
「まーオレに任せろよ。もう絶対嫌いだなんて言わせないから」
「だからオレは別に嫌いではないと言って……やめんか!」
「この際だから好きって言わせちゃうもんねー。夜は長いから頑張りましょ?」
「ふざけるな!」

 ふざけてんのはどっちだよ。まったくもう可愛い奴。

 俄然抵抗し始めるその身体を物凄くあっさりと押さえつけて、そうご機嫌な口調で奴に囁いてやったオレは、これ以上煩い事を言わないように、さっきまで散々味わっていたその唇を柔らかく塞いでやった。否定的な事しか言わないそれが、甘い声を漏らすようになるまで、念入りに。

 それが功を奏したかは、また別の話だったけど。
 

 

「な、少しは好きになった?」
「……なるか馬鹿が!!」  
 

 次の日、全く意見を変えなかった海馬に、オレが前夜と全く同じ理屈を掲げて挑んだのは言うまでもない。
 

 ……あれ、逆効果?