Act14 「たまにはこういうのもいいだろ?」

「じゃー真ん中は誰になるの?」
「物理的な面から考えればモクバが妥当ではないか?」
「間にいたら邪魔だろ!」
「えー!オレ、二人から挟まれてぎゅうぎゅうになるのは嫌だぜぃ。兄サマの隣でいいよ」
「あ、ずりぃ!海馬はオレの隣なの!!」
「オマエはいっつも兄サマと寝てるじゃんか!たまには譲れよ!」
「なんだよたまにって!お前だってオレが居ない時海馬と寝てる癖に!ちゃーんと知ってんだからな!!このブラコン!」
「何を下らん事で喧嘩をしている。仲良くしろ」
「だってよーモクバが……」
「小学生相手に本気になるな。というか、場所などどうでもいいだろうが」
「良くねーの!!あ、いっその事海馬が真ん中になればいいんじゃね?」
「あ、それいいかも。兄サマが真ん中になれば平等だね!」
「でも顔はオレ側な。これは譲らねぇぜ」
「駄目だぜぃ!!兄サマはこっち向きなのっ!」
「なんでだよ!おかしいだろ?!」
「お前は背中にくっついて寝ればいいじゃん!」
「良くねぇよ!!オレは抱き合いたいのっ!」
「我が儘言うな!年上だろ!」
「関係ないね!オレは恋人なんだから権利あるんだからな!」
「弟の方が権利的には上に決まってんだろ!」
「……おい、いい加減に」
「こうなったら海馬に決めさせようぜ!」
「いいよ!ねぇ、兄サマ、どっちを向いて寝る?!」
「……どっちって」
「裏切ったらただじゃおかねぇぞ海馬ぁ!」

 いつの間にか目の前で始まった熾烈な争いを一歩引いた所で眺めていた瀬人は、両側から上がった怒号にも似た声に、一瞬キーンとなってしまった耳を押さえて顔を顰めると、大きな溜息を一つ吐く。

 湯上りの、まだ温かな空気に包まれて洗いたてのいい香りがする清潔な夜着を身に付けスプリングの利いたベッドの上に座り込んでいる彼は、何時もとは違う些か騒々し過ぎる夜の雰囲気に、先程二つ返事で城之内の提案を受け入れてしまった事を心の底から後悔していた。

 そうしている間にも二人の必死な顔はじりじりと瀬人に迫って来て、全身で『オレの言う事を聞け』と訴えて来る。案件としてはこれほど下らないものもそうはないが、彼等にとっては今この瞬間だけは人生に置いて尤も重要な事だと断言してしまえるのだろう。現に二人がこんなに真剣になる姿などそうはお目に掛れない。

 ……お前達はもう少し違う事に情熱を傾けたらどうなのだ。そんな言葉が自然と口の端から零れ落ちそうになり、瀬人は慌てて唇を引き締めた。なかなか得られない回答に件の二人はまた同じ様な争いを繰り返している。これでは永遠に眠れそうにない。
 

『今日はさ、三人で寝ようぜ。モクバとそう決めたんだ』
 

 城之内がそんな事を言いだしたのは、今から少し前の事。瀬人の連日の深夜帰宅がひと段落した休日前の午後11時。その日も結局夜まで社に籠っていた瀬人を城之内が強引に家に連れ帰り、無理矢理食事を取らせた後、ゆっくり風呂に入って来いっ!と半ば命令口調で浴室に閉じ込められてしまい、瀬人はしぶしぶ何時のも倍の時間をかけて湯に浸かり、お陰で存分に温まった身体で自室へと帰って来た。

 そんな瀬人を出迎えたのが、城之内の意外な一言と、既に笑顔でスタンバイをしていたモクバの姿。彼等は瀬人の顔を見るなり、ペットの小動物さながらの勢いで駆け寄ってくると、両側から手を引いてぐいぐいとベッドの中へと引きずり込み、さぁ寝よう!と言う段になっていきなり寝る場所について口論を始めたのだ。誰が瀬人とより密着して眠れるか。彼等の争点はそんな下らない所らしい。

 そんなの何処でもいいだろうが。どうでもいいがそうと決めたのならさっさと眠らせてくれ。

 身も心も疲労困憊の若社長は徐々に重くなってくる身体を持て余しながら、未だぎゃーぎゃーと喚いている二人を見ながらそうこっそりと心の中で一人ごちる。こんな状態の時に城之内の相手をしなくて済むのは有難い事だが、自分が原因で喧嘩をされてもそれはそれで酷く疲れる。もうこいつらを無視してさっさと別室で寝てしまおうか。

 そう思い一瞬実行に移そうと瀬人が少しだけ身動ぎをした刹那、不意にそれまで噛みつくようにモクバに吠えていた城之内が、仕方ないと言った風に肩を竦め、そしてつりあがっていた眦を下げてこう言った。

「まぁいっか。なんか海馬限界そうだし、喧嘩やめて寝ようぜ」
「そうだね。じゃあ、とりあえず兄サマは真ん中で」
「うんうん。よーし海馬、お前今日はここな。すっかりおねむな顔してまぁ。頑張ったなぁ、偉い偉い」
「あ、お前なにどさくさに紛れて兄サマにキスしてんだよ!」
「悔しかったらすればいいだろ。ほっぺ位なら許してやるよ」
「えっらそうに。兄サマはお前のじゃないんだからな!……っと、ごめん兄サマ、煩くして。今日も一日お疲れ様。ゆっくり寝てね。おやすみなさい」
「あ、オレも言う。おやすみなさーい」
「お前、兄サマにヘンな事するなよ」
「しねぇよ。お前こそするなよ」
「馬鹿じゃないの」
「じゃ、ライト消すぞー。あれ、上かけは?」
「かけたよ」
「おっけ」

 先程まで顔を付き合わせて盛大な言い争いをしていた二人は、和解成立後速やかに意識を瀬人へと集中し、半ば眠りかけていたその身体をさっさと勝手に決め付けた位置に横たわらせその両側に潜り込むと、頬と唇にそれぞれの立場なりのお休みのキスをして、速やかに寝る体制を整えた。パチン、という音と共に濃い藍色の闇に沈んだ部屋の中には、もう声は聞こえない。

 結局瀬人は身体の向きを城之内でもモクバでもなく仰向けに固定して目を閉じた。全身に圧し掛かる疲労が少しだけ不快だったが、両側から齎される温かな体温と優しく手を握り締める感触に、それは少しずつ解けて徐々に意識の外へと追いやられていく。後に残ったのは、身体を包み込む幸福感。

 心の底から癒される様な、甘い微睡み。

「な、たまにはこういうのもいいだろ?」

 最後にそんな声と共に城之内側の手が強く握られた気がしたけれど、それを確認する前に瀬人の意識は深い眠りの中へと落ちてしまった。余りにも穏やかに。ゆっくりと。
 

「……おやすみ、海馬」
 

 この幸せな時間が、少しでも長く続きますように。