Act16 「オレがいなくて、さみしかった?」

「一ヶ月ぶりの再会だぜ?!普通もっと喜ばねぇ?そうだろ?!」
「……いきなりなんだよ城之内。来て早々喚くなよ。兄サマは?」
「まだ会社。仕事終わらないんだって。邪魔だから先に帰ってろってゆわれた」
「なにが『ゆわれた』だよ。可愛子ぶるのやめろよ」
「だってさぁ、聞いてくれよ!」
「聞かない」
「ひっど!!お前は悪魔か!!」
「お前の話なんてどーせ兄サマとの惚気ばっかりじゃん。オレ、もう聞きたくないし。勝手に二人で宜しくやってよ。オレだってアメリカ帰りで疲れてるんだからさ」
「……や、まぁ……惚気っちゃー惚気だけどぉ」
「気色悪い。死ねば?」
「お前、段々海馬に似て来たなぁ。その口の悪さとか。かーわいい♪」
「うっわ!キモッ!!今ほんとに鳥肌立ったッ!!もう出てけよ!!兄サマの部屋で寝てればいいだろ!」
「やだ。話聞いてくれるまで行かない。なぁなぁ、ちょっとだけでいいからーお帰りのハグしてあげるし」
「ひー!!寄るな変態ッ!兄サマに言いつけてやるからなッ!」
「言いつければ?モクバ相手なら海馬も何も言わないし」
「わかったっ!聞くっ!聞くからッ!!あっち行けよ!!」
「最初っから素直にそうしてればいーんだよ。お前も海馬も抵抗するからオレだってその気もないのについヤッちゃうんだぜ?」
「……ヤッちゃう?お前、もしかして……もう」
「頂いて来ました」
「社長室で?」
「社長室で!……って、あだっ!」
「この馬鹿犬!!社内では襲うなって言ってるじゃん!!何やってんだよ?!良く見たらあちこちになんかついてるじゃん!!」
「だぁって。待ち切れなかったんだもん。服とか髪のコレはさぁ、気を付けたんだけど海馬のが飛び散っちゃって……」
「ぎゃー!そんな事聞きたくないし!!ほんっとお前って最低最悪!!動物と一緒じゃん!!実は人間じゃないだろ!!」
「れっきとした人間だって。ほれ良くみろよ」
「バーカッ!!」
「いでっ!!」

 ゴスッ!と鈍い音がして、城之内の頭に今までオレが読んでいたハードカバーの小説が直撃する。総ページ数600ページで表紙に高級なめし皮を使ったソレは結構な重量があるから、かなり痛かったに違いない。

 バサリと派手な音を立てて床に落ちたそれを目で追うと、同時に城之内もその場に頭を抱えてうずくまった。死ぬ〜!って騒いでるけど、お前位頭蓋骨が丈夫なら大丈夫だって。兄サマの踵落とし食らっても生きてるじゃん。

 それにしてもこの下半身男は本当にいい加減にして欲しい。どんな手を使ったのか知らないけどあの兄サマをあっさりと口説き落としてさっさと自分のモノにして、今じゃすっかり恋人気取り(実際恋人なんだけど)。

 最近ではオレを「オレの弟よ!」なんて呼んで調子に乗ってる。なんでオレがお前の弟なんだよ。兄サマと結婚した訳じゃあるまいし、将来的にも結婚できる訳じゃあるまいし。それにオレはこんな義兄いらないし。オレの兄サマは世界でただ一人、海馬瀬人だけで十分なんだからな。凡骨なんて願い下げだっての。

 ……でもまぁ、城之内の事は嫌いじゃないし、基本的にはいい奴だと思ってるけど……。

 兄サマに対する素行の悪さだけは許容できない。家でも外でも所構わずいちゃいちゃするし(一方的に)、それだけならまだ我慢が出来るけど、周囲の状況を一切顧みないで本気で手を出しちゃうから困る。兄サマの聞きたくもない色っぽいを聞く事なんて日常茶飯事。エッチの現場を目撃どころか、オレが居るにも関わらず向こうが勝手に始める始末だから手に負えない。

 普段は腕っ節の強い兄サマだけど、首とか腰とかピンポイントな弱点が結構あって、それを押えられてしまうと殆ど身動き取れなくなってしまう。まるで猫が首根っこを掴まれると縮こまって固まるみたいに。

 勿論城之内はその点をよーく心得ていて、その手早さと言ったら最早神業だ。下半身事情に関しては恐ろしく器用で頭を使う事が出来るあいつに、そっち系が全然駄目な兄サマが太刀打ちできるわけがない。結果、いつもいい様にやられちゃってるって訳。

 ……何だか、誰よりもオトナになった気がする。色んな意味で。

 クラスメイトの奴等が何組の何さんと二人きりで帰ったとか、こっそり手を繋いでたとか、そんな色事には程遠いような可愛い話に胸をときめかせている中でオレは一人、兄サマと城之内の唇が腫れるんじゃないの?!的なディープキスや、言葉通りの意味じゃない駅弁だの岩清水だのそんな言葉ばっかりが頭をぐるぐる回る嫌な中学生になってしまった。

 勿論情報源は全部城之内。あいつは頼みもしないのにお宝らしき物凄い内容のDVDやグラビア雑誌、果てはエロゲーまでオレに寄こして「勉強しとけよ!」なんて言って来る。……何これ。触手とかどうすんの?オレ、仮に彼女が出来たってこんなもの参考にしたくないんだけど!

 最近なんてそれがもっとエスカレートして、ついには「お前も混ざるか?」なんて言って来るようになった。多分新しく始めたらしいエロゲーが複数プレイモノだったからなんだろうけど。ちょ、混ざるかって……混ざる訳ないだろ!!勘弁してよ!!

 そんな常識外れの事ばかりする馬鹿犬だけど、そこさえ除けば至って普通の……まぁちょっと不良臭さが抜けてない高校生の兄ちゃんで、性格は男らしいし頼りになる事もある。けど!やっぱり兄サマが関わってしまうとてんで駄目で、まさに駄犬の言葉がぴったりだ。

 なんでこんな奴を兄サマが相手してるのか分からないけど、駄目な犬ほど可愛いって言うし、懐き様は勿論の事忠誠心も半端ないから気に入っちゃったんだろうな。確かに可愛いもんな、言う事聞く犬ってさ。
 

 

「で、オレに聞いて欲しいって話はなんだったの?」
「え?だから、海馬が寂しがってくんなかったから、悲しいなーって」
「はぁ?」
「お前等がアメリカに行ってさ、今日久しぶりに帰って来た訳じゃん?普通はさ、熱烈に再開を喜んだりするだろ?一ヶ月も離れててさ!!」
「……ああ、うん」
「オレ絶対海馬も寂しかっただろうと思って、速攻聞いてみたんだ。『オレがいなくて、さみしかった?』って。そしたらあいつなんて言ったと思う?!全然寂しくなかったって、そう言ったんだぜ?!もうオレは悲しくて悲しくてつい……!」
「有無を言わさず押し倒したと、そういう訳」
「ご名答」
「そんなの、単なる口実じゃん。お前なんだかんだ言ってその場でヤりたかっただけだろ」
「そうとも言うけど」
「バーカ」
「でも、嘘でもいいから寂しいって言って欲しかったな。なんか萌えるじゃん。きゅっと服の裾とか握りしめてさ…『寂しかったの』って」
「兄サマはエロゲーのキャラじゃないんだからそんな事言う訳ないだろ」
「そうだよなーまぁでも、エッチ出来たからいっか。第二ラウンドも待ってるから早く風呂入って待っておこうっと」
「疲れてるんだからほどほどにしてあげなよ。お前その内本気で嫌われるからな!」
「分かったよ。最高三回で我慢する」
「回数の問題じゃないっての」

 駄目だこりゃ。エロ厨に何を言っても効き目なし。

 勢い良く閉ざされた扉の向こうから聞こえる下手くそな口笛を吹きながら、オレは心底呆れた溜息を吐きながら床に落ちたままだった本を拾い上げた。

 全く、冗談も休み休み言って欲しいよ。アメリカにいた一ヶ月間、毎日1時間は電話して、何が寂しいって言わせたいだよ。ストーカーかよ。……まぁでも兄サマが嫌がってないからしょうがないけどね。

 パラパラとページを捲って何処まで読んだかを確認する。途中一枚だけ紙が折れ曲がり、そこに一本の金髪が挟まっていた。あ、ここか、と折れてしまったそこを押えて元に戻そうとしたその時、指先にぬるりとした嫌な感触。……考えなくても、これは。

 オレはもう、小説を読む気にはなれなかった。
 

 兄サマ、やっぱりあいつの事は考え直して下さい。