Act18 「貴様は嘘が下手くそだな」

「昨日はバイトが忙しくってさぁ。家に帰ったのは12時過ぎで……詫びの電話を入れようと思ったけど家にオヤジがいてさ、出来なかったんだ」
「ほう」
「何その白けた顔。ほんとだって!」
「オレは何も言っていないが。ただ「ほう」と言っただけだ」
「……じゃー何で顔が怖いんだよ」
「貴様こそ何故オレの目を見て話さない」
「…………べ、別に」
「ならばオレも別に、だ」
「…………うぅ」
「怒らないから正直に話してみろ」
「……忘れてました、ごめんなさい」
「ふん。最初からそう言え。相変わらず貴様は嘘が下手くそだな」

 数秒間の睨み合いの後、バックで密やかに流れるニュースの音声よりもまだ小さい声で謝罪の言葉を呟き、観念したように頭を下げた城之内を上から見下ろして、オレは呆れた溜息を一つ吐いた。

 昨夜『城之内から熱心に誘いをかけて来た映画の約束』を当の本人から反故にされたのだが、最早日常茶飯事の事なので怒る気力すら湧いて来ない。全く、そんなにすぐ白状するなら最初から嘘など吐かなければいいのだ。貴様のいい加減さやズボラさなど今に始まった事ではなし、謝れば許すのだから恐れる事などないじゃないか。

 けれど、城之内は何故かこの手の事に関してはとりあえず嘘を吐く。それはもう奴の中に予め組み込まれたプログラムの如く何回「やめろ」と言っても直らない。癖なのだろうな。迷惑な。

 都合が悪くなると嘘を吐く。そして必死に言い訳をする。

 初めこそそれにいちいち本気で腹を立て、別れる別れないの大喧嘩をしたものだが、付き合って1年も経てばもう何もかもを諦めてしまってどうとも思わなくなってしまった。そんなオレの態度も奴の嘘吐きを助長させている事は分かっているのだが、特に困る事もない為もう改めさせる気持ちもない。

 大体、口で言っても、平手で殴りつけても、ついには思い切り蹴り飛ばしても改善出来なかったのだ。そんな奴には何をやったって無駄だろう。だったらオレが目を瞑るしかない。

 一番いいのはこんな馬鹿とは付き合わなければいいのだが、それは今のところ選択肢の中には含まれていない。が、その事は本人には言わずに敢えて「今度嘘を吐いたら別れてやる」と告げている。そうすると暫くは正直者になるのだが、結局は元に戻るのだ。そんな事を繰り返しているものだから、最近ではその言葉の効力も疑わしくなって来た。まぁ、それはそれでどうでもいい事だったが。

「……なぁ、怒ってる?」
「別に怒ってはいない」
「怒ってるじゃん、顔が……」
「オレは元々こういう顔だ」
「……ごめんってば」
「だから怒ってはいないと言っている」
「じゃー顔戻せよ」
「地顔をどう戻せと言うのだ。無茶を言うな」
「…………一昨日までは覚えてたんだよ」
「だろうな。それを昨日はすっかり忘れていた。ただそれだけの事だろう?」
「……うん」
「ならば何故それを素直にそのまま言えないのだ」
「え、だって、お前が怒るかと思って……」
「その場限りの嘘を吐いた所でどうせバレて同じ事になるだろうが」
「そうなんだけどぉ……やっぱ一応プライドあるじゃん」
「犬の癖に何がプライドだ」
「そんな全否定すんなよ」
「大体、嘘を吐くならもう少し上手く吐け。貴様、やる気があるのか?」
「う、嘘を吐くのにやる気もくそもねーだろうがよ!」
「そんな事だから貴様は犬だと言うのだ」
「犬関係ないし!……しっかしなんでバレるのかなぁ。お前ってもしかしてエスパー?」
「………………」

 ……オレがエスパーなら、世の中の人間みんなエスパーになれるだろう。

 あからさまにそわそわしたり、早口でべらべらと喋り倒したり、忙しなく視線を動かしたり、必要もないのに髪を弄ったり……こいつはほんとに分かり安過ぎるのだ。最低限そういう『見て分かる』仕草を何とかしろ。本物の阿呆なのか。いや、阿呆なのは分かっているのだが。

「……もういい。疲れた。それ以上口を開くな」
「ごめんなさい」
「謝罪ももういい。鬱陶しい」
「じゃーオレどうすればいいんだよ?」
「どうもしなくていい。そこにいろ」
「嫌だ。お前絶対怒ってるもん。なーなー今度は忘れないから、もう一回だけ時間取ってくれよ」
「『貴様が』守れない約束はしない」
「心配ないって。今度は忘れない様に手に書いておくからっ!」
「では今書け。油性マジックを貸してやる」
「え、それはちょっと。……後で書くから!」

 絶っっ対に大丈夫だから!

 そう言ってしつこくオレに約束をしろと息巻き、結果的に無理矢理映画デートのリベンジを取り付けた城之内だったが、奴の掌にその予定が書かれる事はついぞなかった。
 

 ……その内鼻が伸びるぞ、この嘘吐きめ。