Act19 「……お前、オレの事を甘やかし過ぎ!」

「オレ、お前の所為で駄目になってく気がする」
「なんだ突然」
「実際さ、家にいると何にも出来なくなったんだ。前はどんな事だって出来たのに。今はさ、何をするにも億劫になっちまって!」
「それとオレとがなんの関係がある」
「関係があるって。あるに決まってんじゃん!!」
「何処がだ。大体貴様の駄目さ加減は生まれつきだろうが。今さら悪くなりようがないから気にするな」
「ちょ、何さり気無く酷い事言ってんだ。ご意見いちいちご尤もだけど、オレが言ってんのはそういう『駄目』じゃないの!」
「ならばどういう駄目だ」
「……うー例えば『コレ』とかさっ!」

 そう言ってオレが目の前のモノを指し示すと、海馬は不思議そうな顔をして思い切り首を傾げた。

 とある平日の午後8時過ぎ。オレはバイト帰りに海馬の家に直行し、既にパターン化している『食う・ヤる・寝る』をそつなくこなすべく、殆ど同じ時間に帰宅した海馬と一緒に広すぎる食堂で晩飯を食べていた。

 最近は健康の為に和食メインになったというお抱えコックさんの話を聞きながら、目の前に並べられたのはどこの料亭かと思うほどの豪華な和懐石(なんで和懐石なんだよ)。その中のとある皿をテーブルに置かれた瞬間、目の前に座っていた海馬がさっと手を伸ばしてそれを取り上げて、ある行為をした事に目を付けて、オレは思わず声を上げた。

 この会話の始まりはそんな些細な事がきっかけだった。

 その後海馬は暫く黙ってオレが言った事の意味を考えていたけれど、思い当たる節が無かったらしく、直ぐに諦めた様に「さっぱり分からん」と言って肩を竦める。……え、こいつ本当に分かんねぇのかよ、重症だな。そう思いオレは大きな溜息を一つ吐くと、並べられた沢山の器の中からとある一枚の細長い皿を箸で叩いて、再び海馬に視線を合わせた。

「お前って骨取るの上手いよな」
「……骨?」
「うん、骨。この魚の骨の事だよ」
「ああ、それの事か。……それがどうした?」
「どうしたって。お前、今率先してオレの魚の骨、取ってくれたじゃん」
「?ああ」
「オレがさっきから言ってんのはその事!なんでここまでしてくれちゃうんだよ?」
「は?何か不味い事でもあるのか?」
「別にマズかねぇよ。むしろ有り難いよ、そういうの。でもさ、普通はこんな事までしてくれないもんだろ?モクバにだってしねぇじゃねぇか」
「モクバは貴様と違って器用だからな。オレよりも上手い位だ」
「それはそうだけど!問題はそこじゃなくって!」
「だから何が問題なのかと聞いている」

 オレの目の前にある海馬の手によって綺麗に骨が取り除かれた焼き魚を目の前にしてオレはますますヒートアップし、奴は更に首を傾げる。ここまで言っても分かんないって事は、本当に無意識の行動なんだろうなー。

 なんていうか、心の底から兄ちゃん気質なんだろうな、こいつ。面倒見るのが大好きっつーか。

 ……だからオレが駄目になるんだよな。余りにも海馬が何でもしてくれるから。まぁ好きでやってくれてる事だから相手への負担という意味では問題ないんだけど、オレがそれに慣れちまったもんだから厄介な事になってる。

 例えば自分の家に居てもここにいるつもりになっちまって、座ってても食い物が出てくるとか、服放り投げても勝手に畳まれてるとか、散らかしてもいつの間にか片付いているとか、普通なら有りもしない事を当たり前に思っちまって家中がかなり酷い事になってる。それを見咎めたオヤジには怒鳴られるし散々だ。

 それを全部海馬の所為にすんのも卑怯だけど、その原因の一つなのには間違いないから、ちょっと改善して貰わないと、と思ったんだ。かと言って粗雑に扱われたい訳でもないんだけどさ。……せめて、みかんの皮を何も言わずにむいてくれたり、こうして魚の骨を丁寧に取ってくれたりするのを自粛して欲しいってだけで。

 しっかしそれを海馬にどう言えばいいんだろ。奴も無自覚だからこれ以上具体的に説明したって分かってくれないだろうし。……ここはもうダイレクトに言うしかねぇのかな。

 うん、そうしよう。

「じゃあさ、はっきり言うけど……お前、オレの事を甘やかし過ぎ!そんなに何もかもしてくんなくていいから!このままだとさ、オレマジでなんも出来なくなりそうで困るんだよ。分かるだろ?」
「?甘やかし過ぎ?どこがだ」
「へ?!ちょ……分かれよ!!お前マジ自覚ないのかよ?!」
「貴様の言っている意味が分からん。オレがいつ貴様を甘やかした」
「だからさ。こうして魚の骨取ってくれるとことか……風呂上りにタオルで拭いてくれたりとか……」
「それのどこが甘やかしだ」
「……いや、だから……」
「訳が分からん」
「ほんっとにオレの言ってる事分かんねぇ?」
「だから分からないと言っている」
「………………」
「結局貴様はオレにどうして欲しいのだ」
「どうしてって……」

 相変わらず疑問を顔に張り付けながらそういう海馬くんの目は真剣そのものだった。マジだよ。マジでこいつまっったく分かんねぇんだよ。自分がどんだけオレを甘やかしてるか。普通はこれを甘やかしというんだって事まで!

 ……これはちょっと重症だ。この考えを根本的に直すのは結構ムズカシイ。オレが何を言っても分かんねぇって言うし、絶対。

 海馬の言葉に殆ど絶句しちまったオレは暫く黙って目の前のその顔をじっと眺めていた。未だちょっとだけ首を傾げているその仕草はキツイ印象のある表情に反してなんだかやけに可愛らしい。

 ……あーなんかもうどうでも良くなって来たわ。どんなに言い聞かせた所でどうせ理解して貰えないし。何より、これ以上海馬を苛めたくない(苛めてないけど)。相手は好意でやってくれてるんだし、オレが駄目にならないように努力すりゃいいんだ。うん、そうだ。

 そう思った瞬間、オレは海馬の甘やかしを阻止する事を速攻諦めた。

「あー……やっぱいいや。ごめん、何でもない」
「何でもないだと?貴様、今までの会話は一体なんだったのだ」
「うん。だからごめんって。オレが間違ってた。今の話忘れてくれ」
「……意味が分からん」
「分かんなくっていーよ。とにかくメシ食おうぜ。折角の御馳走が冷めちゃうし!」
「貴様の所為だろうが」
「そうですね。じゃ、いっただっきまーす!」

 本当に今までの会話がなんだったのか分からない程あっさりと自分の考えを否定したオレは、いそいそと海馬が骨を取り除いてくれた焼き魚に手を付けて、大変美味しく頂いた。途中おかわりはどうの、お茶がどうのとやっぱり色々甘やかされたけど、もう文句は言わなかった。

 その後、オレの駄目男ぶりはかなり酷くなっちまったけど、余り後悔はしていない。
 

 別に困るわけじゃないし、まぁいっか。