Act23 「うーんと……じゃあキス10回で」

「すっぽかし最低」
「急な仕事だと言ったろうが。どうしても日程を変更出来なかったんだ」
「それにしたって酷いだろ。こっちは一ヶ月前から予約してたんだぜ?」
「だから悪かったと言っているじゃないか」
「謝って清むのなら警察は要りません」
「貴様は常に謝って済ませている癖に勝手を言うな」
「オレはいーの。お前は駄目なの」
「どういう理屈だ」
「で、埋め合わせは何時してくれんの?泊まり付きじゃないとヤだぜ、オレ」
「まだ分からん。予定は未定だ」
「お前はすぐそうやって逃げるんだからズルいよなー。卑怯者。なんでも仕事を理由にすればいいと思うなよ」
「煩い。嫌なら別れろ」
「馬鹿じゃないの?嫌だったら最初から言わないです。嫌じゃないから粘ってるんじゃん。そんな事も分かんねぇの?」
「なら諦めろ」
「諦めない」
「ではどうすればいいのだ」
「そんなん簡単じゃん。お前が調整すればいいんです。先が分かんないのなら今日今からとか。明日とかさ」
「はぁ?無茶言うな」
「無茶じゃねーって。ちょっと見せてみ?」
「何をだ!」
「スケジュール」
「企業秘密に決まってるだろう!馬鹿か貴様!」
「ここにオレを入り浸りにさせてる時点で企業秘密もクソもねーっての。大体見たって分かんねーし。大丈夫だって」
「大丈夫じゃない!」
「見るだけならいいだろ。なーすっぽかしたんだから言う事聞いてくれたっていいじゃん。なーなーなー!!」
「しつっこいわ馬鹿がっ!」

 そう言って、キレた海馬が投げつけて来たプラスチック製の薄いファイルを華麗に避けて、オレは持前の素早さを生かして奴の机へと飛びついた。

 今はとある平日の夕方近く。この間の土曜日に海馬に約束をすっぽかされた(まぁ、すっぽかしっていうかドタキャンだけど)オレは、たまたまバイトを入れてなかった今日、抗議する為にKCに押しかけて来ていた。

 ったくさードタキャンとか酷くね?夏休み最後の土日に泊まりがけで海行こうって一ヶ月も前から予約してたのにさ!こっちは行く気満々で前の日からすんげー楽しみにしてたのに、当日朝に「急な仕事が入ったから行けなくなった」ってメール寄こすってどんだけだよ。急いで電話してもそれからずーっと『電源が入ってません』。これでキレるなって無理でしょ。

 まぁ、オレは大人だからキレたりはしなかったけど(いつもの事だし)。費用は元から海馬持ちだったし。でもやっぱり悔しいは悔しいから、一応文句は言わなくちゃ、と思ってここに来た訳だ。

 そしたら海馬くんは相変わらずの無表情で、オレの事を速攻追い出しにかかると来たもんだ。こいつ、自分が悪いなんて露ほども思ってないんだろうなー。確かに、仕事が入るのは必ずしも奴の所為じゃないけど。んでもさ、だからと言ってオレの事をないがしろにしていい訳がない。その辺は海馬も分かってるのか、悪びれもしないけれど開き直るまでは至ってない。

 その証拠にオレがしつこく粘っても、態度でキレるだけで実力行使には出て来ない。これでもかなりアレなんだけど、海馬にしては我慢してる方なので一応評価してやろう。やっぱりオレって超大人。

「で、どれがスケジュール?」
「くっつくな、鬱陶しい!」
「あ、これかな?なんだこれミニパソコン?」
「PDAだ!勝手に触るな!!」
「じゃーちゃんと見せろよ。弄るぞ」
「やめろ馬鹿!」

 椅子に座る海馬にべったりと張りついて、机の上にあった色々な機械の中から、それっぽいのを選んで取りあげる。すると海馬は少し慌ててオレの手から取り返そうとするからビンゴだったんだろう。

 画面は英語表記で何がなんだかさっぱり分からないけど時刻表記がされているから、多分そうだ。あんまり海馬が言う事をきかないから画面に触ってやろうと手を伸ばしたら、ついに観念したのか奴は溜息を吐きながらある項目に指で触れた。すると一瞬で今日の日付と細かい時間帯が画面に出て来る。これ?って聞いたら無言で頷いたから、オレはニヤニヤしながらそれをじっくり覗き込んだ。海馬は凄く嫌そうな顔でこっちを見ている。

「おや?今日の7時から予定が空白ですね?」
「それはこれから入れるんだ」
「へー。なんの用事?克也くんとお泊り?」
「ふざけるなよ」
「どーせ予定なんてお前が無理矢理作るんだろ。急ぐもんじゃないんだからそんなん明日以降にしろよ」
「勝手を言うな!」
「勝手じゃないんです。ここが最初から埋まってたらオレだって無理言わないけど、空白だもん。予定、入るじゃん」
「………………」
「じゃ、そういう事で」
「あっ!返せっ!」
「本日の業務は終了しましたーってね。えーっと、あ、これかな?」

 最後の最後で海馬の手の届かない位置にPDAを離してしまったオレは、表示されている絵がらからそれっぽいボタンを見極めて、えいっ、と強く押してしまう。すると、画面が一瞬点滅して本当に「本日のスケジュール確定。変更不可」の文字が出た。なんか仕組みがよく分んないけど、もう今日の日付の画面は弄れなくなってる。
 

 っつー事は海馬くんはこれでマジ業務終了って事だ。
 

「貴様何をやっている!!これはオンラインで全社員に公開してるんだぞ!」
「なんか問題あるのかよ。社長は今日はもう家に帰るんだなー位だろ?帰るっきゃないねこりゃ」
「そういう問題ではない!」
「そいじゃ素直に『城之内克也とお泊りデート』とでもしとけば良かった?」
「出来るかそんな事!!」
「ったく往生際が悪いなぁ。諦めろよ。今日は付き合え」
「嫌だ。オレはそんな予定は入れてなかった!」
「そんっなに嫌か」
「嫌だ」
「じゃーこの間の埋め合わせ、どうしてくれんの?」
「話が元に戻ってるぞ貴様!」
「戻してるんだもん。今日付き合ってくれないんなら別の方法で償って貰うけど」
「何を償うんだ何を!!」
「あ?オレの楽しみを駄目にした罪に決まってんじゃん。お前、これは重罪だぞ」
「下らん」
「そーだなー何にしようかなー」
「勝手に話を進めるな!」
「うーんと……じゃあキス10回で」
「はぁ?!」
「うん。そうしよう。じゃ、さっそくして貰おうかな」
「おいっ!」
「何だよ。してくんないと、オレマジ帰らないぜ?っつーかお前をお持ち帰りしちゃうけど」
「貴様何様だ!」
 

 何様って。貴方の恋人様ですけど。
 

 オレはそう言ってふんぞり返った後、PDAを片手に持ったまま海馬に半ば脅しをかけつつ。無理矢理オレの要求を飲ませてやった。キス10回分。勿論その場で。

 ちなみに、その後オレが大人しく引き下がる訳もなく、結局海馬はオレを家に持ち帰る事になり、この間の埋め合わせを過剰にさせられる事になるんだけど、それはまた別の話。
 

 こんなペナルティが付けられるのなら次も約束を破ってくれたらいいのに。
 こっそりそう思った事は内緒です。