Act26 「電話なんかじゃ足りない」

「でさぁ、生物の森田がおっかしーの。あいつ前々からヅラ疑惑あったじゃん?昨日はこっちすげー吹雪で、朝から皆雪だるまになってたわけよ。あ、オレなんかも新聞配達中に遭難しかけたんだけど……ってそういやそっちの天気はどうよ」
『寒いな』
「あ、そう?アメリカって今夏じゃなかったっけ?」
『馬鹿め。貴様の地理の知識は一体どうなっているのだ。たまにはまともなニュースもみてみろ阿呆が』
「ちょ、馬鹿だのアホだの言いたい放題言うんじゃねぇよ。あ、お前もしかしてオレがいなくて相当ストレス溜まってんだろ。分かる分かる」
『勝手に分かるな。ストレスの元から離れているのに何故ストレスを溜めなければならないのだ』
「そんな事言ってー本当は寂しい癖にー」
『フン。主人が不在で尻尾を垂れてるのはそっちの方だろうが。毎晩毎晩下らん電話ばかり寄こして来て。時差も考慮しない間抜けが』
「あ、ごめん、今は夜だっけ?」
『……この間約半日強の時差があると教えなかったか?』
「忘れた」
『…………それはそうと、何故貴様がこの時間に電話をかけられる。今日は平日だろうが』
「あ、お前知らねぇの?って、知らねぇか。今日は推薦入試の日で学校は休みなんだぜ」
『そうなのか?』
「お前、年初めの全国一斉学力テストには絶対顔出すっつっといて、何でまだ帰って来ねぇんだよ。最近すっぽかしが多過ぎて温厚なオレもいい加減キレそうなんですけど。次会った時、顔見た瞬間噛みついてやっからな。いっくらご主人様が大好きな忠犬でもほっとかれたら顔忘れるんだぜ?むしろ違うご主人様見つけたらどうするよ」
『どうもせんわ』
「ひっどっ!!泣くぞ」
『泣けばいいだろうが。むしろ泣いて見せろ』
「……そういう事ばっかしか言わねぇんだもんなー。あーやだやだ」
『で、生物の森田がどうかしたのか』
「……ここまで来てそこに話を戻すかフツー。ってかお前もしやあのハゲの事好きなんじゃないだろうな」
『……は?何故そうなる』
「や、だって気にしてるからさぁ」
『貴様が話を持ちかけたんだろうが』
「あそっか。それもそうだよな。……んじゃ、続きをば。んで、森田の奴も駐車場から校舎までの間に頭の先から足の先まで雪まみれになって、職員玄関の所でばったばた雪を叩いてたわけよ。そんで、その手が頭に伸びた瞬間にー」

 ズラが盛大に落ちた訳。帽子と一緒に。あれは爆笑だったね!本田なんて笑い過ぎてその場ですっ転んで、スノコんとこに頭ぶつけてさーほんっとアホだわあいつ。良く考えたらソレがオレの初笑いだったかも。あんなくだんねー事で初笑いとか寂しくね?そうだろ?

 そうオレが出来るだけ面白く話してやると、電話の向こうで海馬がちょっとだけ笑った気配がした。「お。お前も初笑い?」なんて聞いたら「貴様とは違って既に初笑いは済ませたわ」なんて涼しい声が返って来た。くっそー、あいつなんだかんだ言ってあっちで楽しい思いしてんじゃねぇか。オレがこの年末年始どんだけ寂しく過ごしたと思ってんだ?ふざけんなコラ。泣くぞマジで。
 

 海馬が「仕事だ」と言ってアメリカに行っちまってから約一ヶ月。
 

 カップル的には重要なイベントであるクリスマスも正月も約11,000キロ離れた場所にいるオレ達は当然なんにも出来なくて終わっちまった。

 あん時何してたかな。確かモクバからってんで、ストロベリーケーキがワンホール届いて、それとバーガーキングのクリスマスセットをつつきながらやっぱこうやって電話してた気がする。年越しの時もそうだった。

 オレの方が早く正月を迎えるから「あけましておめでとう!」なーんて大騒ぎしたら「こちらはまだ31日だ!」って怒られたっけ。んなこと言ったって日本は年明けたんだからいーじゃんって言ったんだけど、全く取り合って貰えなかった。ちょっとむかついた。

 ……まぁこんな感じで、携帯でそれなりに繋がってはいるけれど(毎日電話してるし)、やっぱり声だけじゃどうにもなんなくて、そろそろ我慢も限界だった。出来るんなら今すぐアメリカにすっ飛んでって携帯を持っている奴の身体ごと羽交い絞めにしてやりたい位だ。

 今は冬だから余計に温もりが恋しくなる。現在炬燵に入っている状態だから身体は寒い訳じゃないんだけど……心が寒いんです、海馬くん。

 オレは携帯を持ったままごろりと後ろに寝転がり、切れかかった蛍光灯を眺めながら大きな大きな溜息を吐いた。最後にこれ替えたの何時だっけ?なんか部屋の中が暗いと気分も暗くなって来るよな。切ないなー。

「なー」
『なんだ』
「寂しいよ〜」
『こんなに毎日下らん話をしているのにか?』
「馬鹿、電話なんかで足りる訳ないだろ。犬は撫でて貰わないと死んじゃうんだぜ」
『それはうさぎだ』
「克也くんはそうなの」
『甘ったれるな。幾つだ貴様』
「まだ16ですぅ〜。あ、そういや今月末誕生日だから。覚えてるよな?!」
『そうなのか?』
「ちょ……そうなのかって。お前と同じ日だって言ったじゃん!!忘れたのかよ?!」
『そう言えばそうだったな』
「……お前、本気で酷い奴だな。……なぁ、オレの誕生日までは帰って来てくれるんだろ?」
『………………』
「何その沈黙?!まさかお前……帰って来ないつもりかよ?!」
『誕生日でいいのか?』
「はい?」
『だから、誕生日でいいのかと聞いている』

 ……えーっと意味が分からないぞ。『何』が『誕生日でいいのか?』なんだ?こいつ誕生日にオレに何かしてくれる日あんのかね?相変わらず会話を真面目に続ける気がないっつーか、自分勝手っつーか、とにかくそんな奴でも大好きっつーか、あぁそれは関係ないか。

 うーん……やっぱりこいつの言いたい事の見当すら付かない。これは諦めて本人に聞くしかないのかね。

「えと、つかぬ事をお伺いしますが。……どういう意味ですか?」
『何が』
「だーかーらー何が『誕生日でいいのか?』なんだよ!」
『分からないのか』
「分からねーから聞いてんだ馬鹿!そういう回りくどい言い方すんなって前々から言って……!!」

 そうオレが勢い込んで携帯越しに怒鳴りつけようとしたその時だった。不意にオヤジがぶっ叩いた所為で壊れて妙な音がする玄関チャイムが鳴り響く。くそ、こんな時に誰だよ一体!こないだ払ったから集金って事はねーし、月初めだから借金取りでもねぇ。とすると残りはダチか宅急便か近所のオバさんだ。……どっちにしても今来る事はねぇだろうが迷惑だな!

 そんな事を思いながら盛大に顔を顰めたオレは、仕方なく身を起こしながら携帯に向かって「来客有!切らずに待っとけ!」と言い放ち、テーブルの上に放置すると少しだけ足音を荒くして玄関へと向かった。そこに来てせかす様にもう一度鳴るチャイムに、うるせぇ!と言いそうになるのをかろうじて堪えて「はいはい今開けますよ」と言いながらドアノブに手をかけた。

 その瞬間、オレはその場で大絶叫しそうになり、慌てて両手で口を塞いだ。

 何故なら、ガチャリと耳障りに響く音と共に現れたのは、真っ白なコートに身を包んだ、今はKCニューヨーク支部の最上階にある社長室で優雅に足を組んでオレと話をしている筈の海馬本人だったからだ。
 

 ……これは一体何のイリュージョンなんだおい。どういう事?
 

「か、海馬!?おま……何事?!」
「何事とは?帰って来たから顔を見に来ただけだが」
「だ、だってお前……今電話……えぇ?!」
「誰が何時今が夜中で、ニューヨークに居て、帰って来ないなどと言ったのだ。全部貴様が勝手に思い込んだ事だろうが」
「それにしたってお前突然過ぎるだろ!」
「フン。新年早々特に可愛くもない駄犬が主人を恋しがってみっともなく鳴きまくってるのを黙って打ち捨てる程オレは薄情ではないのでな」

 言いながらパタリと携帯を閉じた海馬は手にしたそれをコートのポケットに突っ込んで、いつもの……けどオレにとっては凄く懐かしく思える両腕を尊大に組んだあのポーズで、偉そうに踏ん反り返る。

 その顔は眉一つ動かさない無表情だったけれど、それでも何となく嬉しそうに見えた。こいつはいつもオレを犬に例えるから、オレも動物に例えちゃうけど、じーっとこっちを見て、傍に寄ろうかやめようか、迷ってる猫みたいな感じだ。

 まぁどっちにしろ、嬉しそうなのには変わりはない。こーやって出会い頭にペラペラしゃべんのも大半は照れ隠しだしな。分かり易い事で。

 オレは嬉しさと幸せな気分で知らない内に思いっきり弛んでしまった口元を引き締めるのもそこそこに、乱雑に置かれている自分のスニーカーを思い切り踏んづけて、扉の向こうに立っている海馬へと近づいた。

 そしてワザとらしくその顔を覗き込む。

「……なんか一気にまくし立てられて良く分かんねーけど、お前もオレに会いたかったって事?」
「なっ?!どこをどう解釈したらそうなるのだ!」
「いやもうあからさまにそう言ってるし。やっぱ電話だけじゃ足りないもんなー?お互いに」
「だ、誰もそんな事は言ってないわ!」
「今日学校休みで良かったよなぁ。お前、実は知ってただろ?先に学校に行ったりした?」
「するか、そんな事!」
「どっちにしても直ぐに会いに来てくれたんだから同じ意味ですよねー?よしよし、可愛がってあげるからこっちおいで」
「ふざけるな貴様!離せ!!」
「玄関で大騒ぎすんな。近所の人が来ちゃうだろ?まぁ、とりあえず入った入った」
「誰が入るか!」
「じゃー何しに来たんだよお前。オレを拉致りに来たの?オレ的にはどっちでもいーけど」

 どこに行こうがお前がいればする事は一つだけどねー。

 ゆっくりと手を伸ばし、慌てて身を引こうとした雪男をがっちりと捕まえたオレはそのまま有無を言わせず室内へと引きずりこんで、さっきちらっと考えた通り図らずも腕の中に飛び込んで来た海馬の身体を思いっきり羽交い絞めに……もとい、抱き締めてやった。

 久しぶりに手に触れたその身体は相変わらず余り抱き心地は良くなかったけど、少しだけ温かくて、オレは心のそこから幸せだと思った。

 これでやっと新しい年が迎えられる。

「あけましておめでとう。今年も宜しくな」
「特に宜しくしたくないがな」
「まぁそう言わないで、仲良くしましょ」
 

 とりあえず……年末年始離れていた分、思いっきり補い合いましょう。