Act4 「……もしかしてものすごく怒ってたり……する?」

「よく来たな凡骨。さて、今日は何をして遊びたい?」
「え?えぇ?どーしたのいきなり」
「オレが貴様の質問に答える義務はない。貴様はオレに問われた事にだけ正直に答えていればいいんだ」
「えっと、あのその。急に言われても分かんねぇよ!つーか何?!何なの?!」
「質問には答えないと言った筈だ。決まらないのなら考えておけ。オレは仕事をしている」
「……あ、はい」

 それは世間では夏休みに入ったある平日の事だった。

 学校がある時よりもバイトの日数も時間も増やしまくったオレは、随分と久しぶりに海馬邸を訪れていた。海馬の方も商売の対象がお子様達だけあって、海馬ランドを始めとした様々なアミューズメント関連事業?の盛況で物凄く忙しいらしく電話すら滅多に寄こさなかったから、オレ達は本当に約半月ぐらいぶりに顔を合わせた事になる。

 今日も本当はバイトが入っていてここに来る事なんか出来なかったんだけど、昨晩から降り始めた大雨が原因でナシになったから、じゃあって言うんで海馬の所に遊びに来た訳だ。勿論アポ無しで。

 まぁ大抵はアポなんか取ったっていいも悪いも言わないから勝手に押しかけるんだけど。海馬もまた然り。あいつの場合はまだ酷いぜ、殆ど拉致監禁だもんな。

 ……それにしても海馬ってば、今日はなんだか様子がおかしい。オレが部屋に入った途端まるで見ていたかの様に部屋の中央で仁王立ちで出迎えて(多分本当に見てたんだろうけど)にっこり、と言うにはかなり微妙な笑みを浮かべて比較的優しい声をかけて来た。

 オレ的には長い間ロクに連絡を取らずに放置プレイをしちゃってたから、顔を合わせた瞬間嫌味の一つでも飛んで来るかなーなんて身構えてたんだけど、その予想が見事外れた事に面喰う暇もなく終始淡々と紡がれる言葉に従う他無かった。

 ギシ、と上質な革が軋む音がして、海馬は唖然とするオレに特に構う事はなくデスク前に腰かけて、宣言通りさっさと仕事を初めてしまう。……なんか変だ。態度や声の調子から不機嫌と言う訳じゃないみたいだけど、明らかにいつもと違う。一体どうしたんだろう?

 とりあえずオレは言われた通りどうするか考えるべく、ソファーへと腰を下ろしさり気なく海馬を観察する事にした。

 眉間の皺……無し。キーボードのタッチ音……普通。カップに手をかける回数……普段通り。……ざっと見た所、苛立った時に見せる現象は何一つ現れていない事から、特に怒ってはいないみたいだけど、やっぱりご機嫌も麗しくないらしい。何故なら機嫌がいい時の癖も何一つ出ていないから。大体機嫌が良かったら仕事ほっぽるもんな。そういう所分かり易いんだこいつ。

 けど、今は仕事を優先しているって事は何かオレの事で気に入らない事があるっていう証拠だ。よくよく見てみたら、海馬、表情取り繕ってるし。あーこれはアレだな。多分怒ってる。しかも、何時もの態度が一切出ていないから『相当』怒ってるに違いない、
 

 オレ、何かしたっけか?
 

「なぁ、海馬」
「なんだ」
「久しぶりだな」
「そうだな」
「お前相変わらず仕事仕事で忙しかったのかよ。晴天続きなのに真っ白じゃん」
「貴様こそ人種が変わったかと思う位黒くなったな」
「外仕事なんで。夏休みからバイト増やしたって言ったじゃん?その一つのお陰でもう日焼けしまくり!これでも一皮剥けたんだぜ?」
「………………」
「あれ、コメントは無し?何してたって聞かないの?」
「別に。興味はない」
「………………」
「………………」

 このままじっと黙りこんでても何ともならない気がして、オレは勇気を出して話しかけてみる。すると案の定物凄く素っ気ないお返事が返って来た。しかも最後はだんまりと来た。うわー不機嫌確定。さっき良く分からない事を口走ってたのもやっぱ怒ってたからなんだな。分かりやすっ!

 でも何をして遊びたい?って言い方が引っ掛かる。普段絶対そんな事いわねぇのに。遊ぶも何もオレがこの部屋に来ればやる事は数える程しかない。あ、『ヤる』は勿論だけど。

「あの、さ。ちょっとお尋ねしますが……」
「貴様の質問には答えないと言った筈だ」
「まぁそう言わず、一つだけ。え、と……もしかしてものすごく怒ってたり……する?」
「何を?」
「いや、それを聞きたいんだけど」
「別に怒ってなどいない」
「嘘吐け。なんかすげー態度悪いじゃん」
「何処が?むしろ逆だろう?笑顔で出迎えてやった上に、貴様の要望に答えてやると言ったじゃないか」
「や、それがなんか怖いっつーか、なんつーか……怒ってんだろ?」
「だから何に」
「それを聞いてるのはオレだっつーの!」
「自分の胸に聞いてみろ。『克也クン』」
「……へっ?」
「オレが何も知らないと思ったら大間違いだぞ」

 ……いや!っていうか、マジ心当りないんですけど。何の話?!

 そうオレが反論しようとしても、海馬はついに化けの皮を剥がしてしまったのか、ギロリとした視線で睨み返されてゾッと背筋が寒くなる。ちょ、怖っ!何?!オレ本当に何もしてないって!!だって毎日毎日バイト三昧で何かする暇も無かったし!なぁ?!

 そう声に出そうとして出せず、オレが心の中で盛大に反論していたその時だった。
 

『克也クン、今日バイト終わったら少し付き合ってよ』
『おっけー!何して遊ぶ?』
『ウォータースライダーがいいなぁ。一人じゃ怖くって』
『了解。一回だけなら付き合ってやるよ』
 

 ふと、記憶の底からとある台詞が聞こえて来る。

 眩しい太陽、心地よい水飛沫、そして……

 まるでスイカ並みのデッカイ胸とエメラルドグリーンの大胆ビキニ。
 

「──── あーっ!!ちょ、待て!あれは違うッ!」
「何が違う?鼻の下を伸ばして随分と楽しそうにしていたようだが」
「お前なんで『アレ』知ってんだ!オレのバイト先覗いたのか?!」
「失敬な事を言うな。貴様のバイト先であるウォーターランドは海馬ランドの目と鼻の先だ。しかも、ホテルのラウンジからは丸見えで」
「ゲッ!!」
「人が楽しくもない仕事に翻弄されている時に女と水遊びだと?喧嘩を売っているのか貴様」
「や、だからアレは!なんていうかその、そういうんじゃなくって!あのお姉さんには日頃からお世話になっているから!」
「だから裸で密着して水遊びか。死ね」
「そういう言い方すんな!水着着てただろうが!」
「そういう問題じゃないわ!貴様、そんな体たらくでよくもノコノコとこの屋敷に足を踏み入れられたものだな!」
「ご、ごめんって!決して浮気とかそういうんじゃ……!ただちょっと夏を満喫しちゃったと言うか!」
「同じだ!馬鹿め!!」

 ひー!!マズイ!ヤバい!!これはもうダメかも知れない。まさかあんな現場を思いっきり見られていたとは弁解の仕様がない。確かにこれは怒るわ。オレだって逆パターンだったらきっと怒る。めちゃくちゃ怒るし!

「あ、あのその……命だけは御助けをッ!」
「やかましい!」
「こ、今度お前も連れてってやるからッ!いっくらでも裸で密着してやるしッ!!」
「……何?」
「そ、そうだよ。一緒に行こうぜ、ウォーターランド!オレ、お前と水遊びしたいなぁ!」
「………………」
「なんなら今からでもいいぜ?帰りにどっかでメシ食ってさ。後はいつものコースで。な?いいだろ?」

 怒り心頭の海馬くんにすっかり気が動転して自分でも「何言ってんだオレ?!」と思う様な事をぺらぺらと口にしながら、海馬の攻撃の射程範囲外に出るように徐々に身を引いて行く。すると、意外にも海馬はそれ以上怒る事も怒鳴る事も無く、急に眼を丸くして静かになってしまった。

 え?もしかして、お前が怒ってたのって、そこ?拗ねてただけ?ええ?

 よく分からないまま、トドメとばかりにさっさと奴の傍に行き、顔を覗き込むようにして「な?」と言ってみたら、なんと海馬は首を縦に振って頷いてくれちゃいました。わーマジかよ。どうすんのコレ。海馬とプールとかありえねー。

 まぁでも、結局その後宣言通り海馬と楽しくプールに行っちゃったりしたんだけど。

 ……夏休みの日記には書けねぇよな、こんなの。そんな宿題ないけどさ。