Act7 「……誓うか?」

 確かに、今回の事はオレが全面的に悪かったと思う。だからどんな罵詈雑言にも反論一つしなかったし、力の加減無く頬を引っぱたかれても『痛い』の一言も言わなかった。必死に謝り倒した。土下座までした。

 けれど海馬くんは相変わらずご機嫌斜めのまま、オレの事を見てさえくれない。

「なー海馬ー。マジで悪かったってば。いい加減仲直りしようぜ?」
「………………」
「ああもう!モクバ、なんとか言ってやってくれよ!」
「嫌だ。ったく、城之内はすぐオレに頼ろうとするんだからな。そういう所が兄サマを怒らせてるんだってなんで分かんないの?」
「だぁってさぁ!半月だぜ、半月っ!オレもうどーしたらいいか分かんねぇよ!」
「お前が何回も何回も同じ事するからだろ。オレが兄サマでもいい加減キレるね。普通に」
「…………うぅ」
「大体さ、なんで海馬ランドに来るんだよ?馬鹿なの?」
「だ、だって、行きたいって言われたし、それにちょっとでも売上に貢献出来たらなーなんて……」
「バーカ!」
「馬鹿馬鹿言うなよっ!」

 いつも味方になってくれるモクバにまで冷やかな声で「馬鹿」を連呼されちまって、オレは本格的に凹んでしまった。言われなくてもそんな事は嫌というほど分かってる。今度こそはバレないだろうって思うんだけど、絶対にバレるんだよなー不思議な事に。

 まぁこの町内にいる限り、海馬の目が届かないところなんてまず無いんだけどさ。

 モクバとオレが声も潜めないでそんな話をしていると、相変わらずひとっことも口をきかず目線すらも一切寄こさなかった海馬が、むすっとした表情のまま立ち上がってさっさと部屋を出て行ってしまう。ここは常に兄弟が揃う居間だから、きっと自分の部屋に引っ込んじまったんたんだろう。多分……いや、絶対ここにオレが来たからだ。

 なんだよもう、可愛くねぇな。そう無意識のうちにぽつりと口に出して呟くと、モクバはすっかり呆れた顔でもう一度「バーカ」と口にした。

 オレと海馬がこんな状態になったのは、二週間前の平日にオレがやらかしたある出来事の所為だった。それがどんなものか説明するのもアレなので端的に言うと、その……なんていうか、浮気疑惑をもたれたと、そういう訳。しかもこれで10回目。

 勿論オレにはそんな気はさらさらなく、ダチと一緒に遊ぶ位の感覚で気軽に誘いに乗っちまったんだけど、周囲が言うにはそれは立派な浮気だと言う。

 ……まぁ確かに女の子と二人きりってのはマズかったかもしんねぇよ?遊びに行った場所が海馬ランドっていうのも失敗したと思う(さっきも言ったけど、行きたいって言われたから。仕方ねぇじゃん)

 でも、その子とは本当に遊びに行っただけで勿論何もなかったし手すらも繋がなかった。つーかあっちも彼氏持ちなんだからそんな事出来る訳がない。

 けど、それを大きく主張したら皆は「余計悪いッ!」とますますオレを悪者扱いして、オレの立場はどんどん不味くなっていった。ダチですらそんな反応を示した位だから海馬なんて言わずもがな。もう取りつく島もない。下手に近づいたら殺されるね、マジで。

 そんなこんなでもう二週間。その間オレはあの手この手で海馬に謝罪の意思を示して、元の鞘に収まろうと奮闘したけど、結果はご覧の通り。事態はますます悪化の一途を辿っている。

 ……さすがに10回は不味いよなーオレ、このまま海馬に捨てられるんだろうか。

 そう思いながらソファーの上で項垂れて膝を抱えていると、この事件を最初から最後まで一番近くで見ていた傍観者モクバが、心底呆れきった顔をして素気なく言い捨てた。

「お前がそう言う奴だって知ってたけど、今回のはないよ。もう覚悟するんだね」
「……海馬がそう言ってた?」
「知らない。兄サマはお前と喧嘩するとオレの前では絶対お前の話を出さないから」
「ああもう絶望的過ぎる〜!!」
「お前はそういう事軽く考えてるかもしんないけど、それって最低な事なんだぜ」
「でもさ!何もしていないんだぜ?!ただ遊びに行っただけで!」
「遊びに行った事自体が悪いんだってどうしてわかんないのかなー問題はそこなんだけど」
「何が悪いんだよ?!」
「じゃー聞くけど。兄サマがお前を差し置いて女の子と二人で例え何もしなくたって一日どっかに遊びに行ったらどう思う?」
「ムカつく」
「だろ?自分は良くって相手がダメとか、そういう自分勝手なとこに怒ってるって言ってんの。もうさ、二度としませんって誓いを書いて血判でも押さない限り無理だね」
「血判ってお前……」
「それで今度やったらジュラルミンケースであの世行きを覚悟しな」
「……ひぃっ」
「オレの兄サマと付き合うって事はそういう事だぜ?馬鹿城之内」
「だから馬鹿馬鹿言うなって!……紙とペン貸して下さい」
「綺麗な字で書けよ。せめて読めるように」
「……ど、努力します」

 後はもう成す術もなくモクバの言う事に従う他無かったオレは、殆ど半泣きになりながら、血判は押さなかったけれど言われた通りの文を紙に書いて(『誓約書』が書けなくてモクバに教えて貰ったけど)モクバにあいつの所に持って行って貰った。

 それから数分後、再び居間へと姿を現した海馬は、絶対零度の眼差しでオレを冷ややかに見下すと、右手に握りしめていた例の誓約書をずいとオレの鼻先に近づけて、低い低い声でこう言った。
 

「ここに書いてある事は『死んでも』守るんだな」
「…………はい」
「貴様が自分で書いたものだ。よもや忘れると言う事もないだろう」
「そうですね」
「……誓うか?」
「ち、誓います」
 

 これだけを聞くとまるで結婚式の誓いの言葉だけれど、悲しいかなこれは『今後は浮気を致しません』っていう誓約だ。全く持って情けない事この上ない。ていうか浮気はしてないっての。

 でもまぁこれでやっと海馬くんのお怒りも解けたって事で、触っても問題はないって事だよな。そう思って早速目の前にある身体にひょいっと手を伸ばしたら、バチッ!と思い切り叩かれた。痛ぇ。

「貴様は!少し反省しろッ!」
「そうだぜぃ、城之内。バーカ!」
「だから馬鹿って言うな!!」

 ったくこの兄弟は!!

 そうは思っても、やっぱりオレは海馬が好きだから、すべてを甘んじて受け入れる事にした。
 

 ……オレが言えた台詞じゃねぇけど。