Act9 「こんなに会いたいと思うの、おかしいかなぁ……」

『なぁ、今日時間ある?帰りに寄って行ってもいい?』
『今日は午後から他県へ出張だ。帰ってくるのは夜中だな』
『えー!!なんでだよ!!じゃあ明日はっ?』
『突発的な事が何もなければ社か家にいる』
『分かった。じゃーどっちかに行く』
『来るなら家にしろ。仕事の邪魔だ』
『ひでぇ。邪魔とか言うな』
『というか貴様最近鬱陶しいぞ。少し自重しろ』
 

  

「おい城之内っ!お前朝からなーに携帯とにらめっこしてんだよ。気持ち悪いなぁ」
「うるせぇ」
「お、しかもご機嫌斜めとか。付き合って早々振られたか、可哀そうに」
「ちげーよ!不吉な事言うな!」
「冗談だろ冗談。……何涙目になってんだよ。本気でなんか不味い事あったのか?」
「海馬が会ってくんない」
「……はぁ?」
「しかも鬱陶しいって言う」
「……あぁ」
「オレ、もしかしなくても嫌われてるのかなぁ」
「や、つーかさ……」
「朝から超ブルーなんですけど」

 携帯を片手に顔を伏せてうぅ…と呻いた城之内は、海馬のそっけない返事を表示したままのそれを投げ捨てて、思い切り机の上に突っ伏した。投げ方が乱雑だった所為で、机の端に落ちて転がり、危うく床へと落下しそうになった携帯を寸での所でキャッチし、彼に声をかけた相手、本田はひょいとそれを取りあげる。

 特に見る気も無かったが、開きっ放しのディスプレイに残されたままの城之内とその恋人に最近なったらしい海馬のメールのやり取り。互いに面倒臭がりなのか返信返信で答えを返している所為で一言ずつの会話は全部引用符付きで残されていた。

 それをちらりと見ただけでも、本田は「うわ」と声に出して引いてしまう。それは城之内にダメージを与えているらしい海馬にではなく、嘆きの境地に立っているらしい城之内に対しての声だった。

 今の会話だけでも若干引いてしまったのに、このメールを見たら寒気すらして来る。自分がもし海馬だったら……そう思うだけで本田は同情する気持ちで一杯になってしまった。

「お前さぁ……まぁこれは性格だから言っても分かんねぇかも知んねぇけど。ちょっと懐き過ぎなんだって。海馬じゃなくてもウザいと思うぜこれは。ドン引きだ。オレなら即ギブだね」
「何でだよ!」
「いや何でって……このメールだけでもまるっきりストーカーみたいじゃねぇか。こえぇよ」
「え?どこが?」
「どこがとか言ってる時点で自覚ないわけね」
「何処が問題なんだか全然分かんねぇ。だって、付き合って一ヶ月だぜ?出来るなら毎日イチャイチャしたいって思うじゃん!思わねぇ?」
「や、気持はよっく分かるぜ。オレも彼女出来たら多分そうなるし」
「だろ?!」
「でもお前、実際毎日行ってるじゃねぇか。それも暇さえあれば!」
「うん」
「うん、じゃねぇよ。相手考えろっつってんだよ。一般人じゃねぇんだぞ、奴は。暇な学生とは違うだろ」
「んな事分かってるよ」
「分かってんならなんでこん位のメールで凹むんだよ。優しいじゃねぇか」
「だぁって。さびしーじゃん」
「そこがウゼーって言ってんだよ!ああもうオレもイライラして来たッ!」

 バンッ!と勢い良く机上に掌を叩き付けた本田は「あーっ!」と苛立ちを多分に含んだ声を上げてガシガシと頭をかき毟る。その様を相変わらず全く分かっていない顔で見上げた城之内は、はぁ、と小さく溜息を吐く。そしてぽつりと呟いた。

「こんなに会いたいと思うの、おかしいかなぁ……」
「だから会いたいと思うのはおかしかないって。ある程度会えてるのにまだ足りねぇってのがウザいんだって」
「そっかぁ……」
「まぁ相手がそれでいいっつってんならいーけどよ、そうじゃねぇんならちっとは我慢も必要かもしんねぇな。『オレがオレが』ばっかじゃすぐ駄目になるぜ」
「うん」

 じゃーちょっと我慢する。

 そう言って城之内は本田から携帯を奪うと、長い返信合戦の最後にこう一言付け加えた。

『ごめん。じゃあ海馬が暇な時メールして』

 仕上げに送信ボタンを勢いよく押して「これでいいんだろ」と言った城之内は、本田に向かって勝ち誇った笑みを見せる。

「オレにアピールしてどうすんだよ」
「一応言う事聞いたぜって意思表示」
「……あーあ。なんで海馬もこんな奴と付き合ってるんだろうね」
「そりゃ、好きだからでしょ」
「急に自信満々になんな。マジウゼぇ」
「悔しかったらお前も早く恋人作れば?」
「うるせぇ」

 そんなやりとりをした数分後、城之内の携帯が軽く震え、海馬からの短い返信が返って来た。


『意味が分からん。明日はいると言わなかったか?』


「明日はいいってよ!何だよ、別に迷惑がってねーじゃん」
「……うわー。海馬も相当のアホだな。こんなだから付けあがるんじゃねぇか」
「なんとでも言え」
「……オレ、もう席帰るわ」

 何故か酷く得意気にこちらを見上げながら、どうだ、とわざとらしく胸を反らした城之内を見返して、本田は心底呆れながらもうこいつらとは関わらねぇ、とさっさと自席に帰ってしまう。

 授業開始のチャイムが鳴り響き、担任が教室にやって来たその後も城之内は携帯電話を握り締めてにやにやとしまりのない笑みを浮かべていた。

 駄目だこりゃ、馬鹿っプルにつける薬なし。

 心の中でそうぽつりと呟いた本田は、悔し紛れに小さな消しゴムの欠片を城之内に投げつけて、振り向いたその顔に向かって「ふざけるな」と口にした。