Act9 ときどきあまえんぼうになります

 まるで放る様に与えられた今春発売の携帯ゲームに熱中する事2時間半。もう何十回目か分からない『GAME OVER』の文字に、オレが握り締めて指に跡が付いちまったタッチペンを天井高く放り投げると、なんでか急にぽすん、と小さな音がしてオレの直ぐ隣の空間が小さく沈んだ。

 あれ?と思う前に左の肩に重みがかかって、ほっぺたにはサラサラの髪の感触。この現象に、目だけで傍にあるどっしりとした木製机の方を見あげると、そこに座って鬼のように仕事をしまくっていた海馬の姿が消えていた。とすると……っていうかまぁ、別に真剣に考えなくてもオレに無言で寄りかかっているこの生暖かい物体は、海馬くんだって事ですね。

 オレが格好はだらしないけど適切な方向に向かって座ってるのに対して、海馬はその側面に背を向けて寄り掛かってる感じだから、見た目的にはソファーに横向きに身体を投げ出してる状態だ。

 いつもの背中に棒でも入ってんじゃねぇかと思う位の真っ直ぐな姿勢とは裏腹に全身脱力状態だから、余計にくたっとして見える。そのままずるずると下がって行きそうな頭をなんとか肩で支えながら、オレは突然降って沸いたこの幸せな状態に過剰反応しない様に気を付けながら、慎重にゲームを海馬とは反対側の場所に放り投げると、極力優しく話しかけてみた。

「どしたの。休憩?」
「ああ」
「眠い?眠いならベッド行こうぜ」
「別に眠くはない」
「腹へらねぇ?そろそろお夜食の時間だし。なんか持ってくる?」
「へらない」
「じゃー気分転換にゲームする?これ結構面白いぜ。オレには難易度高いけど」
「しない。……というかクリア済みだ」
「あ、そうなの」
「ん」
「…………んーじゃあ……する?」
「しない」

 ……ドサクサに紛れてお誘いをかけてみたら速攻お断りとか。可愛くないなこいつ。っつっても本当に眠い時はマジ寝するし(こいつ寝付きいいんだよな。三秒だぜ、三秒)、オレにちょっかいかけられたくない時はそもそも近づいて来ないし(しかも威嚇する)、よしんばこんな状態になったとしても、長い手足を使ってあらゆる抵抗をしてくる筈で。今はその気配が一切ないと言う事は、本当に疲れてて甘えたいって事なんだろうな。死んでもんな事言わねーけど。

 ま、なんでもいいや。オレ的にはこの物凄く長いスパンでごく時たま訪れる海馬くんのデレ期を目一杯堪能出来ればそれで幸せだから。

「重いんですけどー。寝るなら寝る、寄りかかるなら寄りかかるって決めてくんない?」
「嫌だ」
「あ、そういう可愛くない事言うとちゅーしますよ?」
「断る」
「いいもんね別に。許可取らねーから」

 言ってる端から体重をかけて来る海馬の顔を、オレは弛んだ口元を隠しもせずに覗き込んで(体勢的にちゃんとは覗けないんだけど)そう軽口を叩いても知らんふりだ。勿論重いなんてのは嘘。こいつが思いっきり上にのしかかって来たって実際は全然苦しくなんかない。むしろ気持ちいいっていうか、天国なんだけど。でもまぁ、一応口実としてそう口にする。けれど微動だにしないです、海馬くん。なんだかんだ言ってやっぱ甘えたいんじゃねーか。素直だね全く。

 これはお応えしてあげなきゃ嘘ってもんでしょ。ご主人サマとしては。

 手始めに体制を整える。海馬に対しては横向きに座っていた身体をくるりと動かして、抱き込む様に背中を抱える。肉が薄くて肩甲骨やら背骨の感触がはっきり分かるそこをなぞる様に触りながら、手を前に回して真っ白なシャツの裾からそっと手を入れてみた。反応はまだ何もない。反撃の気配もない。これはイケる。

 勢いづいたオレは、適度に引き締まった腹筋の辺りを撫で回し、腰骨にかるーく爪を立ててみたり、何気に弱点らしい臍に指を突っ込んだりしたけれど、海馬は顎を少しだけ上に反らした程度で特に拒否はしなかった。ただし、口は尖らせたけれど。

「触るな」
「あら、気持ち良くないですか?撫で撫でしてあげてるんだけど」
「手つきが怪し過ぎる」
「そりゃまー意図的にそうしてますから」
「腰のあたりが気持ち悪い」
「だって勃ってるもの」
「しないぞ」
「じゃー逃げればぁ?理不尽な我儘言ってっと乳揉むぞ」

 きっちり嵌まっていたボタンを一つ一つゆっくりと外して、暇な口は会話の合間に届く範囲にある耳だの首だの肩だのに吸い付いて、舐めあげる。それを全部受け入れておいて、嫌だも何もない訳で。そいでもまーだしつこくヤダヤダ言うから、無い乳揉んであげました。今度はちょっと反応した。お前ここ弱いもんなー男の癖に。

「なぁ、する気になった?」
「……ならない」
「ふーん。じゃーズボン脱がしてもいい?」
「いい訳ないだろう」
「あそ。でも脱がす。腰上げて」
「誰があげるか」

 でもベルト外しても怒らない訳ですね。はいはい。

 その態度が余りにも可愛かったもんだから、オレはつい相手が恐ろしい猛獣だと言う事を忘れちまって、中途半端に脱がせたズボンの中に手を突っ込んだと同時に口の中にも舌を入れたら噛まれました。

 そりゃもう、容赦なく。思いっきり。

「いってぇ〜!舌噛むなよ!」
「入れる方が悪い!やめんかっ!」
「まだ入れてねぇ!」
「そっちじゃないわ!」

 結局、とっても穏やかに始まってあまあまで終わる筈のデレ期海馬くんとのラブラブエッチは、普段通りのモノになってしまうのです。

 そして、それなりに満足してしまったあいつは、ちゃっちゃとソファーから離れて仕事の鬼に戻りました。休憩時間みじかっ!
 
 

「なー海馬ーもう終わり〜?」
「終わりだ。近づいたら蹴り飛ばす」
「…………短い夢だったなぁ……」
「何か言ったか」
「いえ、何にも」

 でもいっか。楽しかったし。舌痛いけど。たぶん背中引っ掻かれたけど。……気まぐれで甘ったれの猛獣を飼うのは大変だ。

 また一人になったオレは、放りっぱなしだったゲームを手に取って、床に投げたペンを拾いつつ、電源ボタンを軽く押した。そしてソファーに座りなおす。今度は横になってやろうかな、と思ったけれど、やっぱりやめて普通の向きに座って胡坐をかいた。  
 

 またいつ海馬が横に来るか分からないから、場所だけは確保しておかないと。
 

 夜は、まだまだ長いんです。