Act2 オレに任せろ!……ってもう終わったのかよ!

 恋人のいる男にとって、相手のヒーローになりたいという願望は誰にでもあると思う。勿論オレもその一人だ。小さい頃にはテレビでやっていた戦隊モノを始めとするヒーロー系番組は欠かさず観たし、ガキなりに強くなろうと一生懸命喧嘩もやった。

 好きな子の気を引く為に意地悪な事も沢山したけど、基本的に正義感は強い方だ。まぁ、途中ちっとひねくれて苛める側に回ったりもしちまったけど、心意気は十分にヒーローのつもりだった。

 いつか大人になってちゃんとした恋人が出来たら(当時のオレの中では恋人=ヒロインだった)悪い男達には指一本触れさせない。オレが絶対守ってやるんだ。敵を全員完膚なきまでに叩きのめして「克也くんカッコいい!素敵!」なんて言わせてみせる!と思っていた。

 それはオレの昔からの夢だった。ただの下らない願望だと言われちまえばそれまでだけど、とにかくそういう未来を頭に描いてたんだ。

 …………それなのにっ!

 どうしてオレは、ほっぺたを腫らせて呻いてるんでしょうか?
 
 

「うわ、城之内くんどうしたのその顔?!」
「また喧嘩でもやらかしたんじゃねーの。それにしては結構ダメージでかいな、お前にしては珍しいじゃねぇか」
「…………うるせぇ」
「でも結構酷いよ?保健室行った方が良くない?」
「あー別にいい。慣れてっから」
「でもよ、そのまんまだと元々余り良くない顔がますます酷ぇ事になるぜ。不細工はカノジョにフラれるぜー。最近いるんだろ。ちょっと身嗜み良くなったもんな。煙草も止めたし」
「うるせぇっつってんだろ!黙っとけ!」
「おーこわ。これはフラれるな。つか、その顔ももしかしたらカノジョにやられたものだったりして。『この浮気者ッ!最ッ低!』なんてな」
「もー本田くん、茶化しちゃダメだよ。大体女の子の力でこんな事出来る訳ないでしょ」
「いんや、杏子みてぇな武闘派だったら分かんねぇぞー最近の女は怖ぇからな」
「経験者みたいな言い方だね」
「一般論だぜ」

 あーくそーどいつもこいつもマジうるせえ!オレの顔がどーなってようとてめぇらには関係ねぇじゃねぇかほっとけよ!!

 未だズキズキと強烈な痛みを訴えるそこを水道の水で濡らしたハンカチを押し当てて押えながら、オレは今にも頭から湯気が出そうな勢いを気合いで引っ込めて、回りの野次馬共のどう見ても好奇心一杯の目線から逃げる様に顔を伏せた。

 まぁ本田も遊戯も一応トモダチとして心配はしてくれてるんだろうけど、顔がにやけてるからどう考えたって楽しんでいるとしか言いようがない。尤もオレがこうやって学校に顔を出しているから大した事がないと思ってんだろうけどな。……実際大丈夫そうだから学校に来たんだけどよ。

 それにしても物凄く腹が立つ。傷が痛む事や、それをからかわれた事に対して怒ってるんじゃねぇ。そもそもこうなった根本的な原因について考えると腹が立つんだ。もう誰に、とか、どれに、とかそういうレベルじゃない。全部にだ!

 ちなみに、この素晴らしいほっぺたの腫れをプレゼントしてくれたのは本田達が勝手にでっち上げている喧嘩相手じゃー勿論ない。そもそもオレは喧嘩なんかしていない。……最終的には喧嘩になったかもしれないって事は認めるけど、その時は喧嘩になりさえしなかった。やる気は十分にあったんだけどね。
 

 オレはあの時、ヒーローになる筈だったんだ。だけど、なれなかった。そういう事だ。
 

「遅いぞ犬!貴様何をやっていたのだ!」
 

『兄サマが攫われた。助けて城之内』。

 そんな簡潔かつ危機感溢れる電話を貰ったオレは、取るものも取らず、盗んだバイクで走り出してやっとの事でその場所に辿り着いた。

 ……ぶっちゃけこんな事は海馬と付き合い出してから特に珍しい事じゃなくって(それもどうかと思う)、大抵海馬にはド素人のオレなんかよりも数倍優秀なSPがついているから普段はあまり心配なんてしねーんだけど、今回はいつも連絡なんて寄こさないモクバが慌てて電話をかけて来た事や、その声が余りにも切羽詰っていたから流石にヤバイんじゃないかと思った訳だ。

 まぁ、あいつだって四六時中SP貼り付けてるわけでもないし、どんな奴であろうと恋人は恋人だし。絶対大丈夫って事は誰にもないからな。それにしつっこく言う様だけどオレはヒーローに憧れてたから、ここで颯爽と駆けつけて華麗に助ける事が出来たら、それはもうカッコいいし、海馬もオレの事を『駄犬』よりももう少し上に(出来れば人間に)格上げしてくれるかもしれないじゃんか。
 

 ── だけど、現実はそう甘くないもんで。
 

 最大級に急いだ所為で息も絶え絶えになりながら現場に駆け付けたオレを待っていたのは、この騒ぎを起こしたらしい屈強な男達を全て砂埃塗れのコンクリートの上に転がして、『その上で』腕を組んで仁王立ちをしていた、『ヒロイン』だった。

 その傍にはどうやって破壊したんだか分からない金属製の手錠が一つ。妙な形にひしゃげた二つの輪は勿論、それらを繋ぐ鎖も見事にボロボロだ。……ちょ、普通に歯で噛み千切ったんじゃないだろうな。やりかねないよな、こいつなら。

 そんな空恐ろしい光景に、間違っても「大丈夫か」なんて声をかけられる筈もなく、オレはただ茫然とその場に立ち尽くして、小さく「ごめんなさい」と謝るしかなかった。……つーか助けに行ってなんでオレが謝るんだよ。おかしいだろそれって。

 しっかし周りにいる奴、皆死んでるんじゃないだろうな。おい、そこの社長。お前、人様の上に堂々と土足で乗るなよ。そして苛々したのは分るけどワザと足に力を入れるな、蹴るな。その後優雅に腰までかけて足を組むな。一体なんなんだよお前は。何様なの?(海馬様って事は分ってるから敢えて突っ込まないで欲しい)

 そんな事を少しだけ顔を潜めて密かに思っていたオレに、件の社長さんは至極不機嫌な顔をして、むすっとした表情をこれでもかと見せつけながら、オレに何時も通り理不尽な言葉を投げつけて来た。

「オレは、これでも30分待ってやったんだ」  

 え?何がですか?何を30分待ってくれたって?

「貴様が、『オレのピンチには即駆けつけて相手をぶっ殺す!』という宣言を声高らかにしていたから、これがその時だろうと思い、大人しく待ったのだ。なのに貴様は30分待っても来なかった。これがどういう事か分かるか凡骨。お陰で、こいつらは手酷いとばっちりを食った訳だ」

 そんな長い台詞を息一つ吐かずに華麗に言ってのけた海馬は、フンっ!と小憎らしさ全開の顔で鼻を鳴らすと、やっぱり女王様が家来に促すように、白く長い指先をその細い腕毎少しだけ持ち上げて、所謂「お姫様、お手をどうぞ」を『要求する』ポーズを見せた。

 あー…ようするに可愛い可愛いオレの恋人は、オレをヒーローにするべく敢えて大人しく敵の手に捕まってくれて、最初は別人の様に大人しくしてくれたわけね。それにオレが肩すかしを食らわせたから、めちゃくちゃ怒っていると、そういう訳。
 

 これって、オレはどう反応すればいいわけ?
 

 相変わらずその身体はどでかい男二人分の上にある。……下敷きになった奴等生きてるかな……ちょっと心配になって来たんだけど。や、でも海馬の尻の下に敷かれるとかちょっと美味しい……っていやいやそんな事は今はどうでもいいんだけど!!あーなんだか訳分かんなくなって来た!

 ……こうなってしまうと、オレに言える事はなにも無い。例え言ったとしてもますます機嫌を損ねるだけ。だからここは大人しく奴の要求に従うしか術はないんだ。

「…………………」

 オレは深く大きな溜息を一つ吐くと、屍累々の中をなるべく人を踏まない様にゆっくりと海馬の元に歩み寄り、伸ばされていた手を取ろうとした。

 そうしたら、こちらに差し出されていた右手がオレの左頬に強烈な一撃を食らわしたんです。

 海馬くん曰く。「役に立たない犬には厳しい躾が必要だ」だそうで。
 

 ── それが、『コレ』の事の真相です。
 

 でも、言えるかよ。『実はヒーローになりそこねてヒロインにぶん殴られました』なんて。
 

「……なんつーか、まだまだだよなー」
「何ぶつぶつ言ってんだー?」
「んにゃ、何でも無い」
「保健室行ってくれば?」
「舐めときゃ直るよ。そう言われたし」
「誰に」
「ノーコメント」

 その時に「じゃー責任取ってお前が舐めろ」って言ったらもう一発殴られたんですけどね。ったくオレの女王様は手が早すぎる。可愛くない!  
 

 ……オレがヒーローになれる日はいつ来るのでしょうか?