Act3 お前には少しでも花のようなしおらしさは無いのか?

『最近は草食系男子という言葉が流行りの様に、男性は全体的な弱体化傾向に、その逆に女性があらゆる面で強くなった印象がありますね』
『デートの現場でもよく女性が男性を引きずってますからね(笑)』
『コンパや飲み会でも相手を持ち帰るのは女性の方ですしね』
『怖い世の中ですねぇ。世の男どもはもっとしっかりすべきですよ』
『全くです。昔の武士が泣きますよ』
『でも、女性ももう少し淑やかさを取り戻して欲しいですね』
『どっちが男か分からないようじゃねぇ』
 

 ポリ、と口に加えたスナック菓子を噛みしめながら、オレは思わず読んでいた漫画雑誌から顔を上げて目の前の大型スクリーンへと視線を移した。そこにはこの時間帯特有の大半がエロい話で構成されたいわゆるオトナの深夜番組が、小さな音で延々と流れている。

 それを邪魔するように傍から聞こえてくるキーボードのタッチ音。少しだけ照明を落とした広い部屋で隣のスピーカーから響く妙なテンポの音楽や馬鹿笑い、さらに言えばオレが必要最低限にかける声にまで一切耳を貸さずに黙々と仕事をしている海馬が立てる音だ。その集中力たるや凄まじいもので、例え耳元で両手を思い切り叩いても、ビクともしないんだから恐ろしい。

 そのくせ、オレが小さい声でぽつりと呟く愚痴や悪口を過敏に拾って反応するんだから、どういう脳構造をしているんだか。こいつ、本当に人間か?

 そんな海馬の事を一瞬ちらっと見たオレは、追加で口に入れたスナック菓子を飲み込みながら今丁度耳に入った話題をちょっと考えてみた。草食系男子とか、肉食系女子とか良くテレビで聞くけど言い得て妙だと確かに思う。

 今の男って確かにヘタレだもんな。好きな女に告白はおろか、目線を合わせる事も出来ねぇってどういう事だよ。キスとかエッチなんて女から誘われてるもんな。なっさけねぇ。

 それに比べればオレはまだ草食系までに落ちてない筈だ。そういう意味では完全なる肉食系だもんな、うん。今もこうして起きて獲物を狙っている訳だし……つかこいつ何時まで待たせるんだよ。1時間って言ったのがもう5時間になるんですけど。

「なー海馬ー。オレもう眠いんですけど」
「眠いなら寝ればいいだろう」
「お前が待ってろっつったんだろーが。5時間前に」
「ああそうだな。『待ってろ』とは言った。だがオレは『待っててくれ』とは言ってない。どうするかは貴様の自由だ」
「言い方が違うだけで意味同じじゃん!何その屁理屈!」
「待てが出来ないならおあずけだ。分かったか」
「分かりません」
「ならば襲ってみるか?出来るものならな。『肉食系男子』を自負しているのなら行動してみろ」
「……え?!……あれ、オレ声に出して言ってたっけ?!」
「そんなものは貴様の声なぞ聞かなくても顔で分かるわ」
「つかお前、テレビ聞いてたのかよ。低俗な番組には興味なかったんじゃないですか?」
「聞いていたのではない、耳に入っていたんだ。通常の人間は耳から入った情報は脳が記憶している。それが出来ないのは貴様の脳の出来が悪いからだ」
「そういう嫌み言わないの。ったくむかつくよなぁ、お前」
「ふん」

 ……さっきの言葉に一つ訂正。海馬くんは、オレが呟かなくてもオレの言葉が聞こえるみたいです。ほんっと何者なのこの人。ここまで来るとマジ怖い。

 それにしても人を待たせていてこの態度。常に強気で唯我独尊。……まぁ今だけに限らずこいつは常にこうだけど……さっきのオッサン達に見せてやりたいな、日本にはまだこういう『男』がいるんですよって。

 海馬こそ正真正銘の肉食系男子だ。尤も女に対してはどうか知らないけど。今はかろうじてオレが食ってる立場だけどその内オレが逆に食われそう。助けて。

 でもさぁ、どんな理由であれ今はエッチの立場上女役にいる訳だから、もうちょっとその男らしさをひっこめてくれるとやりやすいんだよね、オレにしたら。何も可愛くなれとかなよなよしろとか、そういうんじゃないけど、もうっとこう……ねぇ?

「……なぁ海馬」
「うるさいぞ、少し黙っていろ」
「だからもう5時間黙ってましたが、何か」
「ならば後1時間黙れ」
「だからなんでそう偉そうなんだよ。お前には少しでもしおらしくしようって気はない訳?一応『彼女』だろお前はッ!」
「『女』ではない。死ね」
「あーもう!正確な言葉の意味を言ってるんじゃなくってぇ!」
「貴様はオレに何を求めているのだ。己の願望に合わないのなら他を当たれ」
「その態度以外は大好きだから、そこをちょっと改めて欲しいって言ってんの」
「無理だな」
「即答すんな!努力しろ」
「努力した結果がこの通りだ」
「嘘吐け!」
「凡骨」
「何だよ!」
「オレも男だ」
「知ってるよ!」
「しかも、先程の定義で言えば、決して草食系ではない」
「……そうね」
「分かっているのなら無駄な事は言うな。噛みつくぞ」

 言いながら本当に一瞬牙を剥き出しにした(様に見えた)海馬は、それきりまた顔をパソコンに戻して作業を続行した。でも、纏う雰囲気がちょっと変わった。これは手を出そうもんならマジで噛み付かれるな。

 ってか、噛みつくってどんな威嚇の仕方だよそれは!!

 肉食系男子同士の小競り合いに完全に負けた気分のオレは、仕方なく目線をまた雑誌に落として、後1時間大人しく待つ事にした。同じ肉食系でも犬対ライオンじゃ襲っても負けるしね。や、マジでやれば負けないと思うけど、その後が怖いし。うん、我慢する。

「なんか、悲しくなって来た」
「それは良かったな」
「よくねぇよ、馬鹿」

 あーあ、とワザと聞こえる様に大きな溜め息を吐いたオレは、まだ活発にどうでもいい議論を交わしているエロオヤジ達を消すためにリモコンに手を伸ばした。  
 

『世の男どもはもっとしっかりすべきですよ』
   

 全く持ってその通りです。