Act4 「お前はオレが守るよ」はオレの台詞だ!

「心配するな、貴様はオレが守ってやる」
「………………」
「何故不満そうな顔をする。身に余る光栄だろう。もっと全身を使って喜べ。……しかし汚いな。同じやるのでももう少し品良く出来ないのか?さすが野良犬同士の小競り合いだけあるな」

 そう言って、何故か一人物凄く満足そうにニヤリ笑いをすると、オレの可愛い恋人はズタボロのこの身体を親切にも運んでくれようと言うのか、擦り切れてちょっとでも力を入れたらビリッと破けそうなジャケットの首元を引っ掴むと、ずるずると引きずって歩き出した。

 ちょ、首が苦しい!運ぶにしたってもっと方法があるだろ方法が!……って言っても相手がこいつじゃー何を言っても思っても無駄な訳で。オレは仕方なくはぁ、と溜息を吐きながらちょっとでも力を入れると痛みを感じる足を投げ出して、大人しく引きずられていく事にした。

 目の前にはついさっきまでオレにグーパン喰らわした相手のアタマが盛大に鼻や頭から血を流して倒れている。鼻血はオレが右ストレートかましたから分かるけど、頭は知らねーぞ。と思いつつよくよく見て見ると少し浅黒い額にはくっきりとした靴の跡。その周囲に転がっているお仲間達も漏れなく同じ状態で虫の息だ。

 ……海馬の奴、蹴った後踏みやがったな。相変わらずやる事容赦ないっつーかえげつないよな、こいつ。キレーな顔してんのに。そう思いながらちらりと顔だけで後ろを振り返ると、その気配を感じたのか海馬は直ぐに立ち止まってオレを引きあげる。だから襟絞められたら苦しいって。もうちょっと優しくしてくんねーかな。有り難くも守ってやるって言葉を口にしてくれるような相手ならさ。

 つーか、それ、オレが言いたかった台詞なんですけど!何これ逆じゃん!

 放課後、いつもの帰り道の途中で、偶然以前因縁を付けられてぶちのめしてやった奴が結構な数の仲間を連れてお礼参りに来やがった。

 ……こんな事は日常茶飯事だし、特にビビりもしなければ逃げもしなかったんだけど、今日はたまたま風邪で体調が悪くてふらふらしている状態だったから、ちゃっちゃと片づけてバックレる、という事が出来なかった。多勢に無勢ってのもちょっとな。大体オレ一人に10人でとか馬鹿じゃねぇの。そんだけ強いって思われてるのは光栄だけど(普段なら余裕の数だ)、こういう時は分が悪い。

 結局、オレは奴らに足元を掬われて、情けなくすっこけた所をボコボコにされた訳ですが……そこに運よく救世主がやって来てくれた訳です。うん、言うまでもないけどオレの海馬くんが、約束もしていないのに「会いに来ない」と激怒して。

 ……いや、あの。来て欲しいならメール寄こせよ。大体お前が言ったんじゃねーか「今週は忙しいから邪魔しにくるな。来たら殺す」って。だからオレは遠慮して行かないでいたのに怒るとかマジありえねー。尤も、お陰でこうして助かった訳だけど。なんだかイマイチ納得できない。理不尽過ぎる。まぁ、それはそれだけど。考えても無駄だし。

 ……そんな訳で、どうやってオレを探したのかは謎だけど、現場に現れた海馬はオレの事を一目見るや否や、周囲にいた人間に至極事務的に「動物虐待はやめろ低能共。頭の悪さが顔に出ているぞ」と華麗に喧嘩を売って、逆上してオレの上から飛びのき奴に向かって襲い掛かって行った男共を心底面倒臭そうな顔でコートのポケットに手を突っ込んだまま次々と蹴り倒した。

 アタマだけはさすがに足だけって訳には行かなくて、すっごく嫌な顔で手を出すと、ぽいっとドラム缶が積み重なった場所に投げ捨ててたけど(正確には「叩き付けた」ね。そして多分その後に踏んだんだ。思いっきり)

 その間、少し変化したのは顔の表情だけで息一つ乱してない。しかもその表情だって、アタマの汚い制服に触ったから不愉快だ、程度の話だ。これだけ大立ち回りをして思う事はそんな事かよ……とオレが呆れていると、海馬はつかつかとオレの元までやって来て、僅かに汚れた右手をオレのこれまた汚れた制服で拭うと、ぐいっと襟首を掴んで初めて「生きてるか」と声をかけて来た。
 

 ああ、なんて優しい恋人なんだろうこいつは。思わず涙が零れたね。
 

 全身痛くて全く持ってそれどころじゃなかったけど。
 

 そして、そのままの状態で(酷過ぎる)いくつか言葉を交わして、最後に冒頭の一言を言って貰えたと、そういう訳です。本物のヒーローってこう言うのを言うんだよな。あーカッコいい。

 でもだからそれはオレがなりたいものであって、お前になって欲しい訳じゃないんだって。今オレ超みじめジャン。可哀相過ぎる!

「なんだ」

 ほんのちょっとの間、オレはジト目で海馬を見上げて心の中に渦巻く、不満と言ったらいいのか悲哀と言ったらいいのかよく分からない感情をどう伝えようか迷っていた。それをやっぱり冷やかに見返して、海馬も顔で「言いたい事があるならさっさと言え」と言ってくる。

 本当は、ここでありがとうとか、助かったとか言わなくちゃいけないんだけど、この状況を鑑みるとどうにも素直になれなかった。海馬もそれは分かっているのか、オレが不満そうな顔をしている事に関しては揶揄る程度で、特に怒ったりはしてないみたいだ。そこは純粋に有り難い。有り難いけど……。

「さっきのアレ、オレの台詞なんだけど」
「何の話だ?」
「オレ、別にお前に守って貰わなくってもいーし」
「その割には自分の身も守れんようだが」
「こ、今回はしょーがねぇだろ!体調悪かったんだからよ!……イテッ!」
「この間も待ったのに来なかったしな」
「過去は振り返らない主義だろお前!忘れろよ!!」
「喧しい犬だな。吠えるな」
「犬言うなっ!オレにだってなぁ、プライドってもんがあるんだよ馬鹿野郎!」

 最初はもっと穏便に自分の気持ちを伝えるつもりだったのに、海馬が余りにも呆れ果てた様な飄々とした態度でいるもんだから、オレはつい感情的になっちまって、今の自分の立場を完全に忘れて思いっきり吠えちまった。

 うわ、やべ。勢いに任せて馬鹿とか言っちゃったよ。しかもプライドとかどの口が言うかって話だ。なんかもう終わった。最悪。……オレ多分このままここに捨てられて、ほかの奴らと同じ様に踏んづけられちまうかも。

 オレの突然の怒鳴り声にあっさりと黙っちまった海馬の顔を見上げながら、そんな事を思ったその時だった。

 海馬は黙ったまま襟を掴んでいた手をオレの首に移動させて、痛いけれど苦しくない感じでしっかりと上体を持ちあげる。そしてもう片方の手で血と泥で汚れたオレの唇を拭って綺麗にすると、全くの無表情のまま、ちゅ、とそこにキスをしてくれた。そして何も言わずに再びさっさと歩きだす。
 

 ……え?え?どう言う事?
 

「何、今の。何プレイ?てかマジで何?」
 

 目が丸くなるっていう状態を身をもって体験しつつ、オレは未だ大混乱のままにずるずるとオレを引きずる海馬の服を後ろ手に握り締めて思い切り引っ張った。そしたら海馬はとてもご機嫌に笑いながら、殆ど小馬鹿にした声でこう言った。

「犬にプライドか。面白い事を言う」
「お、面白い?!」
「まぁいい。せいぜい頑張ってみるがいい。全く期待はしていないが、心に留めておく」
「……つ、次こそは絶対、お前を……!」

 その言葉通り、全く期待されていない事になんだかやっぱり悲しくなって、それでもなにくそ!と思いながら、オレは僅かに残ったなけなしの気力を振り絞って海馬に反撃を試みようとしたその時だった。
 

「守って見せろ、城之内」
 

 素気なく言われたその一言に、オレはやっぱり目を丸くするしかなかった。

 ……その後、ああ、とか、うん、とか言った気がするけれど、正直全く覚えてない。でも、オレは固く心に誓ったんだ。
 

 絶対に、お前の事を守れる様な強い奴になってみせるって。