Act5 こんな時くらい、オレに全部任せろよ!

「どうしてお前はそう余計な事をする。オレが一言でもそうしてくれと頼んだか?!」
「だって兄サマ、すっごく大変そうだったじゃない。それに、いつまでも黙ってる訳にもいかないしさ。だからオレ……!」
「それが余計な世話だと言うのだ!」
「!じゃあ言うけど。今の状態じゃ兄サマ一人じゃ何も出来ないじゃん!それでどうするって言うのさ!」
「どうにでもなるわ、そんな事!」
「そう言って階段から落っこちたのは兄サマでしょ!口ばっかり動いても身体が動かないんだから助けて貰わなきゃどうしようもないじゃん!応援頼むのは当然だろ!」
「だからと言って何故こいつを呼んだ!」
「何故じゃないでしょ!オレに言わせれば逆にどうして黙ってようなんて思った訳?!一日二日じゃないんだよ?!」
「そ、それは……面倒臭いからだ!」
「あとからバレる方がよっぽど面倒臭いと思うけど。ねぇ、城之内?お前だってそう思うだろ!?」
「……え?……うん。いや、なんて言うか……」
「貴様に何か言う権利など無い。見なかった事にしてさっさと帰れ、凡骨が!!」
「そういう言い方はないでしょ!兄サマ、馬鹿じゃないの?!」
「馬鹿だと?!」
「あーもう!ちょっと待てお前等!!スト─ップ!!兄弟喧嘩中止!!」

 オレが部屋に入った途端、普段の仲睦ましい様子がまるで嘘みたいに壮絶な喧嘩を始めた二人に、どうやらその争いの種だったらしいオレは、複雑な心境ながらもとりあえずこの目の前の騒ぎを収めなけりゃいけないと、海馬に食って掛かる形のモクバを持ち上げて、兄貴の前から数歩下げてやった。その間も二人の睨み合いが止む事はなく、海馬に至ってはオレまでも睨み上げて「早く出て行け駄犬が!」と大騒ぎしている。  
 

 ……海馬元気だな、なんかちょっと見ない間に凄い事になってるけど。
 

 つか、お前どうしたのそれ?
 

「なんか良く分かんねぇけど……お前、ソレをオレに隠し通すつもりだったの?」
「………………」
「道理で最近メールも電話も歯切れが悪いと思ったら……こういう事だった訳」
「煩い」
「そりゃお前、モクバも心配するだろ。一人で動けんのか?」
「貴様の知った事ではない」
「……かっわいくねぇ。何その態度。そんなんだから大事な顔に傷つけたりすんだろうが」
「関係ないわ!」
「だから言ってるだろーバリバリ仕事やりたいんならちゃんと健康管理しろって。オレもそうだけど、労働者は身体が資本なんだぜ」
「ああもう煩い!だから貴様に知らせるのは嫌だったのだ!犬の癖にしたり顔で説教するな!何様だ貴様!」
「貴方様の恋人様ですが何か。まぁ、それだけ元気に騒げるんなら身体は大丈夫そうですね。良かった良かった。……けど!やっぱ人様に無駄な心配をかけるのは感心しねーな。オレはモクバに味方するぜ」
「ほらー。城之内もこう言ってるぜぃ」
「……ぐっ!」
「しっかしマジで今までどうしてた訳?磯野さんとか、SPが運んでたの?それとも車椅子とか」
「ううん。自力で」
「はぁ?自力?!」
「だからオレも見兼ねてお前を呼んだんだぜぃ」
「……馬鹿だろ、お前」
「馬鹿に馬鹿と言われたくない」
「オレも馬鹿じゃない奴に馬鹿っては言わねーよ」

 はぁ、とオレが盛大に溜息と吐くと同時に海馬の顔がつん、と反らされる。その仕草は何時もの通りだったけれど、奴の状態は全く持って見た事の無いものだった。まず、一番最初に目についたのはベッドの上に投げ出された白い両足。

 相変わらず骨の作りからして脆そうなそれには両方ともにきっちりと白い包帯が巻かれていた。それだけでも驚きなのに、そこを注視した視線を徐々に上げて行くとあちこちに同じ様な包帯やら絆創膏のデカイのやらが貼られてて、なんだかスサマジイ状況だ。的確に表現すればまさにズタボロ。

 普段はサイボーグかと思うほど完璧な作りや動きをしている奴だから、こんな姿は怪奇現象としか言いようがない。まさに青天の霹靂。明日は地球も終わりかな、なんて一瞬頭を過っちまった位異様な光景だった。……尤も、オレはこの事をモクバに聞いてここにすっ飛んで来たから、腰を抜かすほど驚いた、という訳でもなかったんだけど。  
 

 でも最初は冗談かと思ったぜ。だってまさかと思うじゃん。
 

 『この』海馬が怪我をして身動きとれないとかさ。
 

「原因は単なる過労だよ。もう起きられない位疲れてるのに無理してベッドから立ち上がろうとしてバランス崩して足捻って。大人しくしてればいいのに、そのまままた活動しようとしたから、今度は大丈夫だった方にも負担が掛って捻挫だろ?両足駄目なら普通は動かないんだけど、兄サマは頑固だからやっぱり無茶して、階段から足踏み外してあちこち打撲。顔の傷はその時の奴だよ」
「……頑固もそこまで来ると病気だろ。つか、せめて車椅子とか人に手伝って貰おうっていう考えはねぇのかよ。周りに幾らでもいるだろ」
「ある訳無いじゃん。人の手を煩わせるのが嫌だって大騒ぎ」
「その時点で十分煩わせまくってる事に気付けよ」
「それに兄サマ、人に身体触られるの凄く嫌がるんだ。だからオレも困ってさ。お前には絶対言うなって何度も言われたんだけど、後はお前しかいないかなーって」
「出来れば速攻連絡欲しかったけどな」
「ごめん」
「お前は悪くねぇよ。そこの馬鹿に言ってんの。おいコラ、デカイ図体して我が儘こいてんじゃねぇぞバカイバ!」
「何?!貴様、今何と言った!」
「別に。モクバに文句言う筋合いはお前にはないっての。かわいそーに。オレに連絡が来た時、半泣きだったんだぞコイツ。お前それでも兄サマかよ。大人げない」
「………………」

 あはは、凄い顔して黙ってやんの。痛い所突かれたなこれは。日頃が日頃だから最高にキモチがいいね!海馬が弱ってるってのその実初めてだから、こういっちゃーアレだけど物凄く楽しいな!どんなに怒っても身体が動かないからオレに危害を加える事もできねーし、口はまぁ塞げないけど勢い半減だし。睨まれても怖くないし。なんだか可愛いし。あ、最後のは関係無いか。
 

 ……それにしても。どこまで強がりさんなんでしょうかね、この人は。
 

「あのさぁ、海馬」
「煩い、出て行け」
「普段はまぁ、どうでもいいけどさ。こんな時位、頼ってくれてもいいんじゃねぇの?オレ、喜んでお前の面倒みちゃうけど。むしろみたい」
「……いい。必要ない」
「なんで。足がいるんだろ。自力移動も無理、車椅子も嫌。他人の介助も嫌と来たら、もうオレしかいないじゃん。何、気を使って心配かけたくなかったとか、そういう殊勝な事思ってんの?」
「そんな訳あるか」
「じゃーどうして言わなかったんだよ」
「貴様は無駄に喧しい上に、鬱陶しいからだ!それに、絶対に馬鹿にするだろうが!現にしている!」
「や、馬鹿だとは言ったけど、お前が思う馬鹿とは質が違うって」
「どう違う?!」
「そんなにいきり立つなよ。怪我人は怪我人らしく大人しくしとけ。苛々すんのは分るけどさ。モクバに当たるなよ、可哀想だろ」
「当たってなど……!」
「そういうのもぜーんぶ引き受けてやっからさ。な?今回だけは言う事聞いて」
「………………」
「お、偉いなー!そうそう。お兄ちゃんはそうでなくっちゃな!」
「やっぱり馬鹿にしているだろう!」
「してないって」

 本当はすっごく面白がってたりはするんだけど。気持ちだけは真剣だから、ここは吹き出さずに我慢して。つかの間の平和と幸せを満喫する為に、オレは笑顔でモクバに大丈夫だとウィンクをして、未だ唸ってはいたけれど噛みつく気配の無い海馬に手を伸ばして、よしよし、と頭を撫でてやった。案の定叩き落とされたけれど、力が半減しててちっとも痛くない。弱ってるって素晴らしい。

「くそっ、だから嫌だったのだ!」
「たまにはいいだろ。オレは楽しい」
「ふんっ、ほざけ犬が。完治したら覚えていろよ!」
「オレ馬鹿だからすぐ忘れるよ。無理無理。それはそうとお前、おんぶと抱っこ、どっちがいい訳?」
「……は?」
「や、移動する時にさ。まさか荷物みたく持ち上げてって訳にはいかないだろ。だからどれがいいか一応希望を聞いてる訳。今ならお姫様抱っこもつけちゃうけど……さぁ選べ!」
「どれも断る!!」
「それじゃー運べません。選べないんならオレが勝手にしちゃうもんねーモクバはどれがいいと思う?」
「一番安全な奴がいいと思うぜぃ」
「よーし、じゃーお姫様抱っこだな!決まり!」
「勝手に決めるな!!」
「はいはい抵抗しない。今度は暴れて落っこちてケツに蒙古反見たいな青痣作っちゃうかもしんないぜ。カッコ悪いだろそんなの」
「やかましいわ!!」
「全治2週間だっけ?幸せだなーいっその事ずっと直らなきゃいーのに」
「不吉な事を言うな凡骨がぁ!!」  

 とまぁ、そんな訳で、オレはその後約2週間海馬の足になるという名目で大変美味しい思いをさせて頂きました。つかの間の幸せだったけれど、これはこれで最高だった。完治した後が大変だった訳だけど。それはそれ。  

 こんな時に限らず、何時でもオレに頼ってくれたらいいんだけどな。ま、そうもいかないか。  

 とりあえず、今度は普通の時でも主導権が握れるように、今からこっそり鍛錬でもしておこうと思う。身体だけじゃなくって、心の方も。