Act9 でもたまに見せる笑顔は蕩けるように可愛くて

「うっわー!何これすごいねぇ」
「こうなるともう未知の生物よねー」
「本物を知ってると不気味って感じがしねぇでもないな」
「ちょっと皆言い過ぎだよ!海馬くんだって人間なんだからワハハ笑い以外の笑い方だってするよ!」
「……おめーが一番ひでぇじゃねぇか遊戯……」

 昼休みに教室の片隅で鼾をかいてたら、妙な騒ぎ声が聞こえて目が覚めた。なんだぁ?と思ってその方向に顔を向けると見慣れた面子が雁首揃えて何かを熱心に眺めているのが目に入る。これが男連中だけならあーいつものエロ本ね、なんて思うんだけどそこに杏子も混ざっていたからそうじゃないんだろう。ちょっと気にならなくはないけど、今は眠気のが勝ってて頭をあげるのもダルイ。まぁいいか、と誰に言うともなく呟いて、オレが再び頭を伏せて寝る体制に入ろうした瞬間、ぽん、と肩を叩かれた。

「城之内くん」

 如何にも遠慮がちに呼ばれる声に無視する訳にもいかなくて、オレはんぁ?と声を上げて大して中身は入って無い癖に重たい頭を持ち上げた。すると、そこにはたった今まで例の集団に混じって何やら熱心に覗き込んでいた遊戯が立っていた。

 オレがあの騒ぎに混ざらないでここに一人で寝てる事が気になったのか、少し心配気な顔でオレの事を覗き込んでくる。それに大欠伸で応えたオレは、思わず滲んでしまった涙を拭いながら、髪をかき上げつつ目の前の顔にちゃんと目線を合わせた。

「んー何?」
「別に何って訳じゃないけど。今日はずっとそんな調子だから具合でも悪いのかと思って」
「いんや、ただ眠いだけ。昨日もバイトで遅くなっちまってよ。……それはそうと、お前何で大騒ぎしてんだ?すげー面白い本でも見つけたのか?」
「え?ああ、あの騒ぎの事?御伽くんが持ってた雑誌に海馬くんが載ってたから見てただけだよ」
「は?海馬?んなもんで何で大騒ぎするんだよ?」
「普通の海馬くんなら誰も騒ぎはしないけどね。笑顔だったから」
「へ?」
「にっこり笑ってたから、皆珍しがってたんだよ」

 気になるなら城之内くんも見に来れば?

 そう言ってオレが特に何時も通りだと言う事が分かった遊戯は、それこそにっこりとした笑みを見せてさっさと元いた場所に帰ってしまう。その後ろ姿を眺めながら一人取り残されたオレは、もう一度顎が外れる程の欠伸をしながら遊戯の誘いにのるかどうか悩んでいた。

 海馬の笑顔……ねぇ。どうせコッテコテの営業スマイルだろ。すげー嘘くせぇ奴。でも、あいつが他人に安売りする笑顔ははっきり言ってめちゃくちゃ綺麗だ。腹んなかでは死ねだの殺すだの罵詈雑言の嵐なのに、ああまで完璧に取り繕えるってある意味才能だね。それに騙されて色んな意味で命を失った奴のなんて多い事か。綺麗な薔薇には刺があるって言葉が昔からあるのにどうして触ろうとすんのかね。訳分かんねぇな。

 ま、血みどろになって掴んだオレが言うセリフじゃないんだけど。

「城之内くん、ほら、見てみて!」
「ばぁか。あいつが海馬の顔なんて見る訳ないだろ。けたくそ悪いって唾吐くのがオチだぜ。やめとけやめとけ」

 オレが奴らの方に顔を向けながらそんな事を考えていると、お節介な遊戯は更に追加攻撃をかけてくる。そしてすかさずそれをからかう本田プラス周囲の笑顔。

 ……あいつら、んな事言って笑ってるけど、オレと海馬がちょっと人に言えないような仲なんだって知ったらどうすんだろな。別に隠してる訳じゃなくて、自分から言うのもなんだから黙ってるけどよ。こう言う時はちょっと複雑な気分になる。ま、別に何か害がある訳じゃないからどうでもいい話なんだけど。

「あーオレ興味ねぇからいいわ」

 でも一応数秒間考えて、オレは結局席から腰を上げない事を選択した。正直動くの面倒だったし、マジでそんな写真に興味無いし。それを素直に言葉にしたらこんな台詞になったんだけど、オレの反応を色んな意味で楽しみにしていた奴らは、「やっぱり」と「意外だ」が混ざった顔をして一斉に声を上げた。

「ほれ見ろ。拒否られたじゃん」
「普段の海馬くんとは全然違ってて、結構カッコいいんだけどなぁ」
「遊戯、あんたねぇ……」
「遊戯くんは正直に事実を言ってるだけじゃないの?」

 ちなみに「やっぱり」って言うのは、オレが写真を見るのを拒否った事で、「意外だ」っていうのは乱暴な言葉で反応をしなかった事だ。……オレ、そんなに普段から海馬に対して(表面上)拒絶反応を露わにしてんのかなぁ。うーん。

 つか、お前ら海馬の事好き勝手言い過ぎ!あいつの事なんだと思ってんだ!

 そりゃ確かにあいつの普段の様子を言えば、全く褒められる要素なんてねぇよ。まぁ見かけと頭は頗るいいかもしんないけど、偉そうに踏ん反り返って訳の分かんねぇ事喚き散らすし、何かあればすぐ権力と暴力に訴えまくり、自分の分が悪くなると金で解決しようする最悪な奴だし!でもよ、それだけじゃねぇんだぜ。アレはあいつの約98%だけど全てじゃない。

 その残りの2%の部分はオレとモクバだけが知ってればいい事だから、それこそ奴らには関係ない事だけどよ。

 ……海馬がさ、本当に気を緩めて笑うと、あんなもんじゃないんだぜ。見た事がない奴には分んないだろうけど。あれぞまさに天使の微笑みってやつ?見る人間によってはどう見ても悪魔っぽいけど、その辺は惚れた欲目って事でそういう事にしといてくれ。

 だからオレは刺だらけの薔薇を鷲掴む気になったんだけどね。

 あ、でもそういや最近見てねぇなぁ。つか、顔自体見てない気がする。連絡も取ってねぇけど、そろそろ行かないと拗ねるかな?よし、今日はバイトもないし、ちょっこり顔でも見に行こうかな。わざとメールも何もしないで、アポなしで。運が良ければ(機嫌が良ければ)歓迎されるかも知れないし。

 ……その逆だと、ちょっと怖い訳だけど。

 そんな事を一人つらつらと考えていたオレは、まーだあの雑誌を囲んでなんだかんだと騒いでいる遊戯達に、何故か自然に笑顔を向けながら、少しだけ自慢げな声でこう言ってやった。
 

「そいつ、偽物だぜ。嘘100%」
 

 本物がどんなもんかは、特権だから言わないけどよ。