Act10 つーかそこはボケろよ!

「おはようございます城之内様。お待ちしておりました!」
「瀬人様は今日はお部屋の方にいらっしゃいますわ。あ、でもお支度がまだだったかしら?」
「あら、さっきお声をかけた時はご返事頂いた気が……」
「でも朝食はお取りになってなかったわ。と言う事はやっぱりまだ寝ていらっしゃるのかも」
「………………」

 先々週位にデートをするぞと海馬に大々的に宣言し、その後モクバの協力もあってなんとか約束を取り付けた日曜日。オレは指定した時間より少し早く海馬邸にやって来た。デートなんだから外で待ち合わせって事も考えたけれど、なんつーか今までのアイツを見るに色々と不安な面もあったから、ここは最初から最後までちゃんと責任持たなきゃ駄目かな、と思ったんだ。

 そんなわけで、一応ちゃんとした格好をして(ちゃんとしたっつっても比較的綺麗なジーパンにパーカーな出で立ちだけど)海馬邸の門を潜りこの間見たドアマンらしい黒メガネに案内されて玄関ホールに辿り着くと、そこには妙にはしゃいだ様子のメイドさんが二名立っていた。二人はオレの姿を見るなり、まるで女子高生か!と言いたくなるようなキャアキャア声で、しきりに瀬人様が、瀬人様が、と口にする。

 ……なんだこりゃ。この間と雰囲気が全然違うんですけど。一体何事?!

「……あの……えぇっと……」
「あ、お客様の前で失礼しました。瀬人様のお部屋までご案内致しますわ」
「では、私は一足先に御様子を見に行って参ります」
「ええ、お願いね」
「はい」
「……いや!モクバがいるんなら、まずモクバに会わせてくれねぇかな。今の話だと海馬起きてるかどうかも怪しいんだろ?オレもちょっと早く来ちまったし」
「モクバ様ですか?かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
「……今日はあいつら同じ部屋にいねぇのな」
「最近はそうですわね。モクバ様も意識なさってるんじゃないですか?」
「意識?」
「ええ。城之内様が仰ったんでしょう?」
「え?オレ、あいつに何か言ったかな」
「モクバ様、と言うよりも瀬人様に……これ以上は私の口からは言えませんわっ!」

 もう城之内様ったら!今日は頑張って下さいねっ!

 やっぱり変にはしゃぎながらいつの間にか真っ赤になっていた頬を両手で隠しつつそう言った彼女に、オレは漸くこの落ち着かない雰囲気の理由を理解した。……海馬の奴、結局メイドさん達にもアノ事を話したな?!つーかマジダイレクトに聞いちゃったりしたのかよ?!……ちょ、それって……ええ?!

「……あの、さ。ちょっと聞きたいんだけど……」
「はい?」
「海馬から変な事……聞かれたりした?」
「変な事、と仰いますと?」
「その……なんていうか……恋愛にはつきもののアレっていうか、大人の話って言うか……」
「大人の話……ああ!この間モクバ様に質問なさってたアレですね?」
「うわっ、やっぱり聞いちゃってたのかよ!!しかも女の人に!!……で、あんた教えてやったのか?」
「ええ、一応。大まかな事ですけれど」
「ちょ……マジで?!」

 基礎を理解されていなかったからお教えするのが大変でしたわ。なーんてコロコロ笑いながら言う彼女の事を、オレはもう直視する事が出来なかった。いや、なんつーか、居た堪れない。モクバ以上に居た堪れないぞこれは。海馬……こんなに可愛いメイドさんになんて事聞いたんだよ?!勇者かお前は!無意識セクハラパネェ!天然純粋培養超怖ぇ!!

 ……しかし、このメイドさんの余裕と来たらどうよ。見かけでは超若く見えるけど、10代ではないよな?20代後半ってトコか?どっちにしたってまだ若いのにすげぇよな。海馬位の男だって許容範囲じゃねぇのか?なのに懇切丁寧にセックスとはなんぞやって事を教えるなんて普通じゃ考えられねぇぞ。やっぱこん位の家のメイドをやる女は違うんだろうな。やーでもあり得ない。無理無理。

「?……何か?」
「や、何かって。い、嫌じゃなかったのかよ?」
「瀬人様にお教えする事が、ですか?」
「う、うん。だって普通そういう事って口に出したくねぇだろ?」
「人にも寄ると思いますわ。少なくても、私達の間では良く話題にする事ですもの」
「え?!ちょっと待って。あんた達しょっ中そんな事を話し合ってんのかよ?!」
「あら、男の人はそうじゃないんですの?」
「オレ達はまぁ……うん、結構開けっ広げに話すけどさぁ。女ってそうじゃねーだろ?」
「そうかしら?」

 そうかしら?じゃねーよ。だって女はエロ本見て盛り上がったりしねーだろ?!男がそう言う話を持ち出すとすげー顔して睨んでくるじゃねぇか。そうだろ?なのにそれが普通って……さっきの人とこの人がスケベな話で盛り上がるって?!うわー……なんかオレこの人達を見る目変わりそう。っつってもまだ二回位しか顔合わせてねーけど。

 そういやモクバが言ってたよなぁ「うちのメイド達は面白がりだから丁寧に教えてくれちゃいそうだけど」って。あん時はまさかなーって思ってたけど、この人達ならやりかねないわ。つーか海馬、今まで良く童貞でいられたよな。頂かれちゃう勢いだろこれ。そう考えるとすっごく微妙だな。うん、海馬家って微妙すぎる。

「城之内様!」

 そんな事を足を動かしながら考えていたら、いつの間にか目的の場所に辿り着いたのかピタッと足を止めた彼女がオレの顔を覗き込んで何回も名前を呼んでいた。うわ、全然気付かなかった。やっべ。

「っはい?!」
「ここがモクバ様のお部屋です。どうぞ」
「……あ、うん。ありがと」
「それと瀬人様の事、宜しくお願い致しますね。一応私達が考え付く限りの注意点はお教えしたんですけれど」
「……はあ。注意点……?」

 ナニそれ。初夜の心得とかそういうものですか?知識が丸っとないのもアレだけど、変に下準備されるのもアレだよな。んーなんていうか、こう、違うって言うかぁ!

 オレは物凄く複雑な気分のままもうまともに顔も見れなくなったメイドさんに背を向けて、扉の取っ手に手をかけた。もう何でもいいからこの場から逃げたい、切実に。んでも彼女はオレが部屋に入るまで見届けるつもりか、ちょっと頭を下げた姿勢でその場に立っていた。そんな事をされるとただスルーするのも悪い様な気がして、オレは最後に一瞬だけ振り返ってしまう。その時だった。

 丁度いいタイミングで顔を上げたメイドさんがとびっきりの笑顔でこんな事を言ったのは。

「でも、お可愛らしいですわね。青春時代を思い出しますわ。大体初デートというと遊園地とかその辺でしたけれど、海馬ランドじゃアレですものね。瀬人様は特に希望はないとか……」

 ……ん?可愛らしいって、初デートって?
 今までオレ達ってアレの話をしてた筈だよな……あれ?なんか話が噛み合わねぇ。

「は?何?あの、ちょっと待って」
「?はい。私、何か変な事を口にしました?」
「そうじゃなくて、なんで最後に話題がそこに戻んの?」
「戻る……?いえ、最初からこの話の事ですよね?」
「え?!」
「えっ?」

 オレのちょっと驚いた顔にメイドさんの方も吃驚した顔をする。あ、やっぱり思いっきり噛み合ってなかった。つーか、もしかしてオレの超早とちり?エロじゃなかったってか!!うわ、それはそれで恥ずかしいんだけど!!顔が赤くなる!!

「………………」
「城之内様?どうかなさいました?」
「な、なんでもない!ありがと!か、海馬の事は任せとけよ!」
「はい、宜しくお願い致します」

 恥ずかしさもあって、バン!と思い切り扉を閉めちまったオレは、入室早々中で寛いでいたモクバに「煩いなぁ!」と怒られた。いや、だってさぁ!!

「海馬、アレまではメイドさんに聞いてなかったんだな。良かったー」
「は?何の話?」
「や、だからエッチの話」
「朝っぱらからそれかよ!最低だなお前ッ!」
「んな怒るなよー。勘違いだったんだからさぁ」
「どういう勘違いでそんな話になるんだよ」
「メイドさん達がこぞってオレに『瀬人様の事を宜しくお願いします!』『頑張って下さい!』なんていうから……オレはてっきり全部聞いちまったと思ったんだよ」
「あーうん。それはちょっと間違えるかもな」
「で、実際はどうなんだよ。マジ聞いてねぇよな?」
「多分ね」
「瀬人様の為に私達がレクチャーしますわっ!なんてやってねぇよな?!」
「やってたら面白いけどね」
「面白くねェ!!普通に返すな!つーかそこはボケろよ!」
「もーどうだっていいだろそんな事。煩いから早く兄サマの所に行けよ」
「何その超無関心!最低!もういい!」
「行く場所決めて来たのか?変な所に連れて行ったら許さないぜぃ」
「ほっとけよ!」

 それっきり本当に無関心を決め込んだらしいモクバは、オレの方を向きもしないで一人黙々と最初から読んでいた漫画を読み続けていた。これは酷い。一応最後にちょろっと相談しようと思ったけど、なんかどうでも良くなったぜ。もういいや。後はなる様になれ、だ。

 そう思いつつ色んな事を諦めたオレは、さっさとモクバの部屋を出て、海馬の部屋に行こうとした。……が!残念な事にこれで海馬邸訪問二回目のオレは海馬の部屋がどこか分からないのでした。

 ……結局、また別のメイドさんに捕まって、オレは再びきゃあきゃあ声攻撃を食らう羽目になったんだ。
 

 出かける前から既に疲れ切ったんだけど。これ、どうすんの?