Act11 オレはお前のお母さんか!

「こちらです。瀬人様はまだお起きになられていないようでしたわ」
「……えええ。マジでまだ寝てるのかよ!」
「超低血圧なんだとご本人は仰っていますけれど……」
「それ絶対嘘だわ。単純に寝起きが悪いだけだろ」
「そうとも言いますわね。あ、私はここで失礼致します。後は宜しくお願い致しますね。朝食は用意してありますので、もし宜しかったら城之内様もご一緒にどうぞ」
「へっ?起こさないのかよ。つーか寝てる所に客入れていいもんなの?」
「なんでもチャンスですわっ、城之内様!」

 そう言って何故かぐっと親指を立てると、初っ端からオレの度肝を抜いてくれた彼女は楽しそうにそそくさとその場を去って行った。

 ……いや、だからさ。その『夜這い推奨!』(厳密に言えば今は朝だから夜這いじゃないけど)みたいな雰囲気やめてくんねぇかな。このメイドさん達なら、きっと紅茶とかコーヒーにアブナイ薬とか仕込むのも普通にやりそうで怖い。部屋に隠しカメラとか設置してねぇだろうな……なんだか不安になって来た。海馬さぁ、お前この家にいたら駄目になるぞ、色んな意味で。

「………………」

 はぁ、と大きな溜息を一つ吐くと、オレは意を決して初めて入る海馬の部屋の扉に手をかけた。高級な扉っつーのは開ける時軋む音が全然しないんだな。触らなくても上の階の人が歩く度にギシギシ言うオレんちのドアとかと大違いだ。……これじゃーこっそり覗かれても分かんねぇぞ、おい。覗かれるって事前提で考えちまうのもアレだけど。

 そっと滑り込む様に室内に入ると、そこは予想通りしんと静まり返っていた。個人の部屋なのに2LKのオレの家より一回り位広いってどういう事だよ。広い上に物がないし。調度品?とかはなんか色々あるけどさ。しっかしモクバの部屋と違ってアレだな。綺麗だな。なんつーの?博物館とか、そういうとこと似た雰囲気がある。いわばレトロな洋間って感じだよな。似合わねー!

 やけに生活感のないそこをぐるっと一通り見回して、オレはいよいよ続きになってるらしい寝室の方に向かった。なんとなく抜き足差し足になっちまうのはちょっと後ろめたいからだろうか。別にメイドさんの思惑通り寝てる所を襲おうとは思ってないんだけど。

 意外にオレって紳士的だよなー、自分でもびっくりだぜ。つか、御膳立てされると逆に萎えるって奴なんだけど。あれ、ちょっと違う?

 こっちは大分簡素なシングルの扉をそーっと開けると、そこには薄暗闇の世界が広がっていた。……って!!カーテン位開けてやれよ!これじゃお前、安眠して下さいっつってるようなもんだろうがよ!!こういう寝起きの悪い奴はなぁ、カーテンをバーッと開けて、かけ布団引っぺがしてやれば速攻起きんだよ!全く起こす気ねぇだろこれ!

 オレはなんだかちょっぴり頭が痛くなりつつ、今日は元から持ってなかった下心なんか一万光年彼方にふっ飛ばして、ずかずかとベッドに近付いて微妙な小山になっているかけ布団を勢い良く剥ぎ取った。これで顔が出てくると思いきや、その下にはご丁寧にもあったか毛布。こ……こいつ!

 これ、完全に爆睡モードだろ。さっき起きてたって嘘だろおい!

「海馬!おい海馬っ!!今何時だと思ってんだよ!!何のんびり寝こけてんだお前ッ!!」

 つーかそろそろ約束の時間なんですけど!?外で待ち合わせしてなくて良かったー。この調子じゃ1時間2時間は軽く待たされたね。てか、待ち合わせ場所まで来ない可能性だってあったわ。これは酷い。

 勿論すぐに毛布も取り上げて、それでもしつっこく丸まって寝息を立てている海馬を引きずり起こすと、肩を掴んでがくがくとゆすぶった。これが普通のコイビトならおはようのちゅーとかやる事は他にあるんだろうけど、どうにもそんな雰囲気じゃねぇ。もーこいつ何処までお子ちゃまなんだよ。

 そこまでやったらさすがの海馬も寝てはいられなくて、嫌々自力で首を支えていかにも眠そうに目を擦った。寝像はいいのか着ているパジャマも髪も全くもって乱れがない。それはそれでスゲェ。

「……なんだ、うるさい」
「煩いじゃねーっつの!!今日はオレとデートする日だろうがよ!なんでオレに起こされてるんだ?!つーかなんなのこの状況、オレはお前のお母さんか何かかっ!」
「…………ああ」
「……お前、まさか忘れてた?」
「……いや?オレ以外の人間が全員うるさかったからな」
「あ、そっか。って、じゃーなんで寝坊してんだよ!」
「……きさまがむかえにくるといったんだろうが」
「迎えに来るイコール寝てていいって事じゃないですから!っていうか言葉がたどたどしいですよ海馬くん!?」
「………………」
「ぎゃー!!寝るな!!起きろ!!おい!!」

 ……ここまで来ると怒るとか呆れるとかそういうの全部通り越してただただ脱力するしかなくて、オレの脱力に合わせて、こっちも脱力した海馬くんはオレの肩に頭を預けて気持ちよさそうに眠っちまった。……あーなんかこんな事、前にもあった気がするなー棒読みで振り返っちゃうぜ……。

 とにかく!今日は前回の様にこのままサヨウナラって訳にはいかねーし!海馬にはなんとしても起きて貰って外に出なきゃなんねーんだからな!

 オレは内心そんな確固たる思いを抱きつつ、すっかりおねむ状態の海馬をもう一回叩き起こし、甲斐甲斐しく服まで用意してやって(よって今日の服装はオレプロデュース。なんだこいつ普通の服も持ってんじゃん)、なんとか朝飯の席に引っ張り出す事に成功した。

 その頃には大分海馬の頭もはっきりしてきて、途中で「何故貴様がここにいる」なんてフザケた事を抜かしてきたので、デコピンを一発お見舞いしてやった。こん位で済ませたオレって心が広い!

「痛いな。何をする!」
「そりゃこっちの台詞だっつーの、何なんだお前ッ!」

 やっとこさ廊下に出て、ぎゃあぎゃあとそんな事を喚いていたオレ達の近くには、何故か妙にキラキラした目でこっちを注目しているメイドさんの姿があった。……何期待してたんだよ。それどころじゃねぇよ全く!

「…………はぁ」
「なんだ、朝から溜息を吐くな」
「誰の所為だっつーの!!もう行く前から疲れたぜ!」
「何だか知らんがオレに当たるな」
「!!!!!!」

 ったくやってらんねーよもう!  

 既に疲労困憊……なんだか、波乱の一日になりそうです。