Act2 な、何考えてんだ!

「で、最初に何をすればいいのだ?」
「はぁ?何って、なんだよ」
「だから、恋人とやらになったらまず何をするのだと聞いている」
「ああ、そういう事。……って、何をするのだと言われてもなぁ。何かルールがあるわけでもねぇし。とりあえず世間一般的な手順に沿ってメアドは交換したしー後は特になにも……」
「なんだつまらん。それだけだか」
「つまらんって……お前マジ意味分かってんのか?ってか本当はそれだけじゃないんだけど。なんつーか、ええと」
「歯切れが悪いな。貴様、経験があると言っていなかったか?」

 それとも、それもいつものはったりか。

 ふん、と小さく鼻を鳴らしてオレから、さっき投げて寄こした自分の携帯を奪い取った海馬は何気ない顔でフリップを開いて何やら高速で指を動かし始める。仕事の関係なんだろうか、見た事もない桁の受信メールの数をつい見てしまったオレは、今ここでそれを処理すんのかと呆れて溜息を吐いた。いつの間にか大分近付いた距離の所為で、海馬の前髪が微かに揺れる。

 それにしてもこいつ、いきなり何言ってやがんだ?何をすればいいとかマジなのそれ。本当に何にも知らねぇのか、それとも知っていてすっとぼけているのか見た目で全然分からないから超困る。普段なら前者は笑い飛ばせるけど、相手が海馬とくればそうもいかない。この年で社長をやってる位だから社会的な一般常識は完璧なんだけど、その分普通の、あーなんていうかオレ等の感覚で言う一般常識はまるっと抜けている所があるっぽい(推測だけど)。まぁ、それすら完璧だったらそれはそれで怖いんだけど。

 しっかし、それだって今時「恋人とは何をすればいいんだ」はないだろう。オレだってそんな事教えて貰った事なんてねぇけど、想像できっぞ。つか幼稚園児だって分かんだろ。なんだろ、こいつ想像力がねぇのかな。でもコイツの仕事って想像力超いるよな。だったらそれが足りないなんて事はないよな。

 うー、あー、なんかすげーめんどくせぇええ!!

 絶対こいつ分かってねぇだろ!!

「……端的に言いまして」
「?……何の話だ?」
「おま、自分で話振っといて……!!恋人の話だよ!!」
「ああ、うん」
「うん、じゃねぇ。聞け。ってかなんだ『うん』って」
「聞いている」
「……携帯弄りながらかよ……まあいいや。とにかく、だ。恋人っつーのは……」
「恋人というのは?」

 ……あれ。何て言えばいいんだこういう場合。

 えーっと、好きでキスしてセックスする相手?や、それは間違ってねぇんだけどなんか圧倒的に欠けてる気がする。なんつーの?情緒面っつーの?難しい事は良く分かんねぇから上手い言葉が見つかんないけど、そーゆーの。

 こう考えてみると説明って難しいな。つかそもそも「恋人とはなんぞや?」なんて聞かれた事ねぇし。聞く奴がいるって事すら想像出来なかったし!!

「どうした。早く言え」
「いや、なんか分かんなくなった」
「はぁ?」
「だから、説明すんのすげー難しい」
「なんだそれは」
「だって、今までそんなん聞かれた事ねぇもん。全部実践で」
「実践……?」
「あーもー聞き返すな!!大体なぁ!分かんねぇもんに適当に頷くんじゃねぇよ!イライラして来た!!」
「何を興奮している。意味が分からん」

 至極冷静にそう切り返されてオレはますます頭が痛くなって来た。オレだってこんな下らない事に興奮なんてしたくねぇよ!くっそ、なんだこの体たらく。なっさけねぇ。こんな姿本田にでも見られて見ろ、腹抱えて笑われんぞチクショー!!あーもうどうでもいい。さっきの説明でいいや。端的だろうが、説明不足だろうがどうでもいいや、んなもん!!

「好き合って、キスして、セックスする相手の事!!」
「何がだ?」
「恋人の事だっつーの!!お前わざとやってんだろ?!」
「唾を飛ばすな。汚い」
「うるせぇ。これから先そういう事をしようって相手に汚いもクソもあるかっ!!キスっつってもなぁ、唇合わせてチューじゃねぇんだぞ。もう舌突っ込んで絡めてぐっちゃぐちゃだぞ!お前、オレとそういう事する気あんのか!OKしたって事はそういう事なんだぞ!?」
「………………」

 余りにも海馬がすっとぼけた顔をして首を傾げるから、オレは殆ど奴に食ってかかる様に興奮し過ぎてかなりダイレクトな表現で怒鳴り声を上げた。そんなオレに相変わらず表情一つ変えない海馬は、けれどピタリと口を噤んで訝し気な顔をしている。

 ……引いたかな、引いたよな?つか、これで引かれたら何も出来ないんですけど。

 まあ、それならそれでやっぱり残念でしたって諦めるからいいんだけど。まだなんも始まってないから傷は浅い。つーか出来てない。……しっかし、こう考えてみるとやっぱオレも物好きだよなあ。でも、実際そういう事をしたいって思うんだからしょうがない。なんだかんだ言って好きだからな。うん、好きだ。

 人よりも数倍頭の回転が早い筈の海馬君はその後暫くそのままの状態で静止した後、ふうっと息を吐いて携帯作業を再開した。また無視だよ。こいつの間ってわっかんねぇ。これってどういう事なんかな。ちゃんと理解してどう反応したらいいのか分からないからスルーしたのか?それとも、考えるのを拒否してポイ捨てしたか?どっちにしてもあんまりいい結果じゃないけどな。はは。

 と、オレが軽く凹みながらいつの間にか中途半端に立ち上がっていた体勢を元に戻したその時だった。パチンとフリップが閉ざされる音が辺りに響く。そして、下にばかり集中していた海馬の目線が漸くちゃんとオレを見た。……わ、なんかちょっと緊張するんですけど。

「……な、なんだよ。さすがにドン引きしたんだろ。嫌なら嫌って今の内に言った方がいいぜ。言っとくけどオレはマジなんだぞ」
「そんな事は分かっている」
「いや絶対分かってねぇって……」
「分かっていると言っている」

 なんだろうな、この不毛な争い。つーか何でオレの方が緊張してんだ。おかしいだろ常識的に考えて。……まあでも、本当に海馬が嫌だったらもうちょっと前の時点でぶっとばされんだろうけどな。その位オレにも分かる、うん。っつー事はやっぱ海馬もマジなのかな。

 ……マジなんだろうなぁ。

「えぇと……」
「そこで固まるな。貴様一体何がしたいのだ」
「う。したい事は沢山あるんですけど……」
「ならばすれば良かろう」
「……はい?」
「だから、したいならすればいいと言っている」

 別にオレは気にしない。

 事もなげにそう言って、さっさと携帯を机の上に戻した海馬にオレは思わずリアルに色んな事を想像して、一気に頭に血が上っちまった。だからなんなんだよ?!襲えと?!この場でオレに襲えと言うのかっ!!

「ちょ、お前っ!な、何考えてんだ!」

 余りに余りな事態に、オレは自分でも「なんだそれ」と爆笑したくなるような素っ頓狂な声を上げて、思わず一歩下がってちまった。……うわー、なんつーかもう駄目かもしんない。主にオレが。

 好きだと言って、告白して、恋人の意味をダイレクトに説明した人間が赤面してどうするよ、みっともな!!今物凄く死にたい気分だ。完敗だ。

「どうした凡骨」
「……あ、あのう。最初に言い出した身でこんな事を言うのは、申し訳ないのですが」
「なんだ」
「……手順踏ませて下さいお願いします」
「手順?」
「そう。今日はまぁ、メアド交換出来たからいいって事で一つ」
「つまらん」
「つまるとかつまらないとかそういう問題じゃねぇんだって……」

 頼むからもうちょっと常識を身に付けてくれ。そう誰が聞いても「お前が言うな」と言われそうな事を内心呟きながら、オレは大きく肩で息をした。

 とりあえず、今日からメールでもしてみよう。

 正直何打ったらいいか分かんねぇけど。