Act3 馬鹿か!

『おい、城之内!お前、兄サマにヘンな事して泣かせたら承知しないからなっ!』
「ちょ……いきなりなん……てかどうしてお前がその事を知ってんだよ!!」
『あったりまえだろ!オレと兄サマの間には隠し事なんて何一つないんだぜぃ』
「あ、そうなんだ。……ってか、ちょっと待て!!つー事は海馬はお前に」
『多分お前が告った当日の内に報告されたけど』
「な、何ィ?!」
『もしかしてこっそり付き合おうと思ってたの?無理無理。相手誰だと思ってんだよ』
「いや、その……うん、それはまぁ、分かるけど。まさかいきなりお前に伝わるとは思わないじゃん」
『お前がちゃんと「誰にも言うなよ」って釘を刺さないからだろ』
「そんなもん普通言わなくても分かんだろうがよ!普通じゃねぇんだぜ」
『そういう人だったら苦労しないでしょ。大体、普通じゃない事を持ちかけたお前が悪いんじゃん』
「あーそうね。っつか、どうでもいいけどよ、それ海馬の携帯だろ?なんでお前が取るんだよ」
『兄サマ今寝てるから、煩くしたら可哀想だと思ってオレが出てやったんだ』
「あ、寝てるんだ。こんな時間なのに?」
『徹夜してたんだよ。ここのところ忙しくて』
「……なるほど」
『で、用件は?』
「へ?」
『へ?じゃないだろ。用があるから電話して来たんだろ』

 そう言って、『早く言え』と急かすモクバの声を聞きながら、オレは何故かがっくりと項垂れて手にした携帯を思わず閉じそうになった。なんでよりによってコイツが出るんだよ。つーか早速報告してんじゃねぇよ。なんだその赤裸々な兄弟間会話は。そもそもオレまだなんもしてねぇし!

 ……まあ、なんかしたらしたで報告されそうだよな。嫌だなーそういうの。
 ていうかどっちが保護者だよ。

 海馬に告った日から丁度五日目。この日は世間的にもオレのバイト的にも休みで丸一日暇だったから、オレは早速次の段階に行ってやろうと海馬に電話をかけてみた。ちなみにメールは毎日してる。内容は物凄くどうでもいい他愛のないものばかりだったけど、意外に几帳面で律儀な海馬はオレの下らない三行メールにもちゃんと返事をしてくれた。

 なんだか、思ったより順調じゃね?

 そんな事を浮き浮きしながら考えていたら、違う方向から思わぬ爆弾が落ちて来たと、そういう訳。

「……えーと、用っていうか。今日オレバイトも休みで暇だから遊びてぇなぁって」
『兄サマと?』
「うん。駄目?」
『オレに聞かれてもなー。兄サマのスケジュール的にはお休みだけど』
「マジで?!じゃー遊びに行ってもいいかなぁ」
『別に構わないけど……二人っきりはちょっとねー』
「なんでだよ!何もしねぇよ!大体何誤解してるかしんねーけど、オレは海馬とまだ何にもなってねぇっての」
『知ってるよ。だから先に言ってんだろ。牽制って言葉知ってる?』
「馬鹿にすんじゃねーそん位知ってるっつーの!」
『へー。意外』
「お、お前なぁ……!」
『ま、お前が来たいなら来てもいいけど。兄サマ起きてる保障ないぜ』
「いや、そこまで知ってんなら起こしてくれよ」
『嫌だ。可哀想じゃん』
「………………」

 可哀想……言うに事欠いて可哀想とは何事ですか?なんだこれ完璧な兄バカじゃねぇか勘弁しろよ。……まあ、好意的に解釈すれば凄い勢いで反対されるよりはすんなり認めて貰った事は有り難いと思うのですが。どうにも釈然としない。うん。

 あー、とりあえず来ちゃ駄目だって言われてないから行ってはいいのか。まあその後は行ってから考えればいいんだけど。良く考えたら寝顔拝めるチャンスじゃね?……なーんて事を思いながらオレは携帯を耳にしたまま近くに放り出したコートを手繰り寄せて着込み、「んじゃ、これから行くから」と言って履き潰したスニーカーを引っかけつつ外に出た。

 年末が近い所為か辺りはクリスマスムード一色で、まだこんなに日が高い内から意味も無くイルミネーションが輝いている。あークリスマスかー。毎年丁度この時期には彼女なんていなくって、悔し紛れにバイトをしこたま入れて労働に励む時期なんだけど、今年はそんな虚しい真似をしなくて済みそうだ。それを考えるだけでなんとなく浮足立って来る。

 思わず鼻歌を歌いながら交通費削減の為に跨ったチャリを機嫌よく走らせて、オレは海馬の家へと向かった。この町に暮らす人間なら誰もが知っている高級住宅街。その中でもダントツトップの敷地面積を誇り、その所為か一番端っこに追いやられている奴の家は、遠目から見ても一発で分かる白亜の豪邸だ。どっからどう見てもただの一般人が住む様な屋敷じゃない。日本の総理大臣の家だってこんなもんじゃないだろう。……多分。

 そんな豪邸にボロチャリと身一つで乗り込む事がどんなに無謀かオレでもわかる。でも、アイツを好きだと決めた?時点で覚悟なんかとうに出来てる。この先もっともっととんでもない事が起こるんだろうし(既に色々と起こったけど)生半可な気持ちじゃ側にすらいられないから。

 ……まー実際はそんな真剣に考える事じゃねぇけどよ。
 適応能力と心の広ささえあればなんとかなるっしょ。
『ご用件はなんでしょうか?』
「えーっと。あー……海馬……君に会いに来たんですけど」
『お名前を伺っても宜しいですか?』
「じょ、城之内です。城之内克也」
『城之内様ですね。モクバ様から承っております。中へどうぞ』
「スイマセン」
『邸内に入りましたら案内のものがおりますので、そちらにてご誘導させて頂きます。自転車の方はそのままお乗り頂いて玄関前に置いて下されば、こちらでお預かりしておきます』
「へっ?!なんでそれを?!」
『カメラが付いておりますので。それでは、お気を付けて』

 最後の一言に微かな笑いが混じった後、目の前のインターフォンと言うには少々大きすぎる機械は沈黙した。そして直ぐにきっちりと閉じられていた鉄の門が微かな音も立てずに開き始める。それを半ば呆然と眺めていたオレが目の前でくるりと回る小型カメラに気付いたのはその直後の事だった。

 ……うわ、ホントだ。これは恥ずかしい。つーかオレがどんな顔してこれに話しかけたかまる分かりじゃねぇかよ!!

 バツの悪さに早々に横に置いていたチャリに跨ったオレは、門が全部開き切る前に全速力でペダルを漕いで結構な距離がある本館?に向けて疾走した。門から玄関に至るまでかなり広い石畳の道が出来ているから走りにくい事はない(つーかオレん家の前の道路の方が凸凹だ)。しっかしどこからどう見ても別世界だねこりゃ。全てが洋風で統一されているからここが日本だという事すら忘れちまう位スゴイ。

 綺麗に切りそろえられたまるで森の様な木々の隙間から、金持ちの家にはありがちな噴水やらベンチやら多分温室なんだろうけど透明なガラスの様な壁で出来た建物が見える。その奥にはこれまたデッカイ白い建物。視界ギリギリの所にシャッターらしきものが見えるから多分車庫なんだろう。

 おい、あの車庫だけで普通のアパート位あるんだけど気の所為か?なんなんだ一体。

 とりあえず門からそれなりの速さでチャリを漕いで2分半。漸くそれらしき入口が見えて来て、オレはほっとすると同時にギョッとした。なぜならそこには既にサングラスをかけた黒服がちゃーんと控えていたからだ。奴はオレを見るなり手である場所を指し示し、自転車をそこに止めるように指示して来た。勿論逆らってもいい事なんて一つも無いから素直に言う事を聞く。

 なっ……なんか怖いんですけど。オレ、ここで排除されたらどうしよう。

「瀬人様のご学友の城之内克也様ですね?」
「ご、ごがく……?……はい。そうです。え。オレ、もしかして身体検査とかされんの?」

 恐る恐るチャリから離れておっかなびっくり石段を上がる。その様子を黒服がジッとみている。……なんかこういうの映画で良く見るよなー。お偉いさんの周りをぎっちり固めてさ、命張ってガードしてんの。皆が皆ガタイが良くってさ、見るからに強そうだ。こんなんちょっと喧嘩で慣らした程度じゃー逆立ちしたって勝てねぇよ絶対。

 しかっし何この緊張感。オレ、どっからどう見てもフツーの高校生だろオイ。まあ今日びのガキはナイフとかフツーに持ってるから警戒されてもしょうがないけど、オレはココに遊びに来たんだぜ?何にも悪さしねぇって!

 と、オレがへっぴり腰で口にしようとしたその時だった。黒服のオッサンは颯爽とオレの前を歩き始めて物凄いデカイ玄関扉の前に立つ。そして無言でそれを開け放ち、口をちょっとだけ動かして「どうぞ」と言った。え?と拍子抜けしてぽかんとするオレに「中にメイドが控えておりますので、彼女の後に付いて行って下さい」と一言。……なんだよこいつただの玄関開け係かよ?!ええ?!

「は、はぁ……」
「どうぞごゆっくり」

 それを見送る間もなく目の中に飛び込んで来たのは真っ赤な絨毯とそしてきらびやかなシャンデリア。なんじゃこりゃここで舞踏会でも始まるのか?!つーかここ本当に玄関かよ!靴はどうすんだ靴は!!と思ったら、すっとどこからかメイドさんがやって来て、えっらくふかふかなスリッパを出してくれた。あ、ここで履きかえろって事ね。どこをどう見ても下駄箱とかないけど……まあいいや。

 今日は靴下に穴開いてなくて良かった。ギリギリセーフだ。

 ボロ靴をやけに高級そうなトレイ?のようなモノに乗せあげると、直ぐにメイドさんはそれを持って何処かに消えちまった。おいおいどこに持って行くんだよ、と思ってると、今度は逆方向から声が聞こえる。何人いるんだよこの家は!!

「いらっしゃいませ城之内様」

 オレの前に立ち、挨拶をしながら深々と頭を下げたそのメイドさんは綺麗な黒髪を耳の下あたりで切り揃えた、如何にもメイドって感じの可愛い人だった。さっき靴を持って行った人も勿論美人で。

 うわーなんか気が滅入って来た。……こんな美人にばっかり囲まれて生活してたらその辺の女なんてカボチャかジャガイモだよなぁ。そりゃ恋愛にも興味持てないってもんだようん。あ、そんな事より。

「あーえっと……海馬は?オレ、海馬に会いに来たんだけど……」
「はい、伺っております。これからモクバ様のお部屋までご案内致しますね」
「えっ?なんでモクバ?さっきからちょっと変だなーと思ってたんだけど、なんで一々モクバが出てくんだ?」
「瀬人様は今日はモクバ様のお部屋にいらっしゃいます」
「えっ?あいつ起きたんだ?さっきまで寝てたよな?」
「いえ。まだお休みになってらっしゃる筈ですわ。まだお顔を拝見しておりませんもの」
「はい?それ、どういう事?寝てるのに、モクバの部屋?え?」

 いや、意味がさっぱり分かんねぇんだけど。何故に海馬がモクバの部屋にいるんだ?つか、そもそもモクバが速攻海馬の携帯に出たのはどういう事なんだ?

 寝てるから、可哀想。

 ……それって……。

「まっ、まさか……!!」

 オレの挙動不審さもなんのその。終始笑顔を絶やさないでこちらです、なんていいながら先に立って歩き出したメイドさんは、突如響き渡ったオレの声にそれが言わんとする事が分かったのか、元々笑っていた口元に更に深い笑みを刻むと事も無げにこう言った。

「ええ。お二人はいつも御一緒にお休みになっていらっしゃるんです」

 ぎゃー!!やっぱり!!!

 っていうか、なぁにそれぇ!!!!!

「い、一緒にって……だ、だって」
「あの御兄弟は仲が宜しくて……」
「いや、そういう問題じゃねぇと思うんですけど!!」
「こちらがモクバ様のお部屋です。どうぞごゆっくり。後でお茶をお持ちしますね」
「無視っすか!!」

 うふふ、となんだか意味有り気な笑顔を残して、メイドさんは華麗に一礼するとさっさとオレの前から消えてしまう。あああもう。なんかスゲー憂鬱になって来た。つーかオレはここまで何しに来たんだ一体。ヘンな事実を知るだけじゃねぇか残念過ぎる。

 でも、ある意味これはチャンスだ。海馬が寝てるんなら尚更な!!

 モクバはさっきオレに牽制って言ったよな。じゃーオレだってモクバに牽制してやるんだ。なんせオレは海馬の彼氏になるんだからな!うん!

 そんな事をまるで自分に言い聞かせるように何度か繰り返しながら、オレは大きな深呼吸と共に目の前の扉に手をかけた。そして、一回軽めのノックをして中に人が……モクバがいる事を確かめると、奴が自分から扉を開けてくれる前に思い切りよくそれを開け放つ。そして。
 

「おいモクバ!!それってどーゆー事だよ!お前は馬鹿かっ!!」
 

 と、開口一番そう怒鳴りつけた。

 勿論、相手の反応は大して大きく……っていうか、全然なかったけど。む、虚しい。