Act4 って、聞いてねぇし!

「来て早々うるっさいなぁ。なんだよ?」
「なんだよじゃねぇよ!海馬はっ?!」
「兄サマならまだ寝てるよ。爆睡中。隣の部屋見てくれば?」
「お前ら、マジで一緒に寝ちゃってる訳?その年で?!」
「そうだけど。何か問題ある?」
「大アリに決まってんだろ!!ガキかよ!!」
「別に大きくなったからって一緒に寝ちゃいけないって法律でもあんのかよ。具体的な証拠を出して話してみろよ」
「……うっ……そ、それは……よく分かんねーけど!」
「じゃあ人の家の事情に文句言わないでくれる?カレシになりたいんならそういう所から受け入れて行くのが筋ってもんだろ」
「なっ、生意気言うなっ!」
「ふん。オレに逆らってみろよ。兄サマには指一本触れさせないぜぃ」

 勢い込んで部屋に乱入して来たオレを、手にしていたゲームのコントローラーをその場に置いていかにも「鬱陶しいっ!」って顔をして見上げたモクバは、至ってフツーに「ま、とにかく座れば」なんて言いながら顎で近くのソファーを指し示した。目の前にある大画面の中ではなんか「いかにも」な女キャラが次々とポーズを決めては消えて行く。

 ……何コレ。エロゲじゃないだろうな。なんで女しか出てねーんだこのゲーム。こいつこの年でまさかエロゲとかしてねーよな?!ますますヤバイんですけど!

「何じっとテレビ見てんだよ。城之内のスケベ」
「スッ……馬ッ鹿見てねぇよ!!お前こそなんつーゲームやってんだ!このエロガキめっ!」
「何言ってんの?これはフツーの格ゲーだぜ?」
「嘘吐けよっ!」
「嘘じゃないって。最近は筋肉だるまみたいな男キャラって流行らないんだ。だから全員女の子にしてみたんだけど」
「してみた?」
「うん。だってこれオレが作ってるんだもん」
「はい?」
「だから、これはオレが試作してる新作ゲーム!まだベータ版なんだぜぃ。兄サマも昨日はテストプレイに参加してくれて、だから徹夜になっちゃったんだけど。オレの部屋で寝てるのもその所為だぜぃ」
「かっ、海馬もコレやったのか?!」
「兄サマはゲームと名のつくものなら大抵なんでもやってくれるよ。まあ、恋愛シミュレーションだけはパスしてるけど。したとしても絶対女の子に振られるね。間違いない」
「……お前から言われるって一体……」
「だってそうだもん。で、他に文句は?」
「いや、もういいや。……あ!一つだけ!!んじゃ、さっきのいつも一緒に寝てるってのは……」
「半分嘘かな。いつもは寝てないよ」
「でも寝る時はある、と」
「うん」
「…………うぁー」
「兄サマああ見えて何か抱えてないと眠れない性質なんだぜぃ」
「なんだそれ?!」
「だから、オレはたまに抱き枕になってあげてんの。羨ましいだろー」

 ヘヘン!といかにも小生意気な笑顔を見せて鼻の下を擦りあげるモクバの顔をなんつーかもうゲンナリしつつ眺めながら、オレはようやく雑誌やら服やらで占領されたソファーの上へと腰を下ろした。海馬はどちらかと言えば整理整頓の鬼に見えるけど、モクバは大して気にしない方らしい。なんかオレと似てるよなー。一緒にされたら怒るんだろうけど。

 それにしても……海馬マジで寝てるのかよ。しかもなんだって?何か抱いてないと眠れないって?赤ちゃんかよアイツは。ってかそういう事は、だ。オレは将来的に海馬の抱き枕になれる訳だ。

 うわー、それってなんか……すげー役得?

「……なんでニヤニヤしてるの」
「いや、別に。海馬起こしてもいい?」
「やめた方がいいと思うけど……兄サマ、無理矢理起こされると超機嫌悪いよ?」
「ほんっとにお子ちゃまだな、おい。普段どうすんだよ」
「仕事がある日は目覚ましなしできちんと起きるよ。兄サマの体内時計には一分の狂いもないんだぜぃ」
「それはそれでスゲェ!」
「まーでも折角ここまで来たんだから待ちぼうけもアレだよな。一応声かけてみればいいんじゃない?」
「……でも、機嫌悪いんだろ?」
「今からそんな事にビビっててどうすんだよ!」
「そりゃそーだ」

 これから先、そーゆー仲になったら海馬を起こさなきゃならない時もあるだろうし?何でも経験だよな。経験。何も熟睡してる所を襲ってどうこうしようとは思わねぇし(大体そういう展開を拒否ったのはオレの方だ)とりあえず起こして三人仲良くお茶でもしよう。そうしよう。

「んじゃま、早速」
「その辺のモノ踏むなよ!」
「踏んで欲しくなければ散らかすなよなー」

 がちゃがちゃとその辺にとっ散らかったゲームだのDVDだのを避けながら、オレはやっぱり自然と緩んでしまう頬を引き締めつつ隣の部屋へと続くドアまで辿り着いた。そして確認する様にモクバを振り返るも、奴はもうオレの事なんか完全無視でゲームを最初からプレイし始める。……つかおい、そのオープニングどう頑張ってもエロゲなんですけど。マジお前そんなん作ったの?そして兄貴にそれやらせたの?おい。一体どうなってんだこの家は。

 まぁいいや、と目の前にある金色の取っ手に手をかける。当然鍵なんて掛ってないから多分あっさりと開く……。

 ── とオレが鼻歌でも歌いたい気分のままドアを開けようとしたその時だった。手をかけようとしたドアノブが突然ガチャッと音を立てて目の前から消え失せる。へっ?!と思うより早く扉は勢いよく内側に開かれて、いきなり中から何やら白い物体が現れた。

「ひぃっ?!」

 余りにも突然の出来事に思わず悲鳴を上げちまったオレは、思い切り反応しちまった身体の動くままに背後に飛び退ってしまう。途端に部屋中に響くバキッと言う不穏な音。ぎゃっ!なんか踏んじまったっ!いや!今はそれどころじゃなくって!!

「うっわっ!!やべっ!!」
「あーーーーー!!お前何やってんだよ!!今すげー音がしたぞっ!!」

 足で確実に粉砕しちまったモノを確かめる間も無く、背後から怒号が飛んでくる。いやっ、そりゃ、オレも悪かったけどこれは不可効力で……つーか今はそれどころじゃねぇんだって、目の前の部屋からお化けが出て来たんだって!!

「ご、ごめ……いや!つーか今部屋の中からッ!!」
「はぁ?部屋の中から?」

 オレは思わずその場に尻もちを付いて(今度は物はなかった。セーフッ!)勝手に震える手を必死に上げながら今しがた遭遇した怪奇現象をモクバに伝えるべく、必死に声を出そうとする。それに漸くゲームをポーズして、わざとらしい溜息を吐きつつこっちを向いてくれたモクバは、ちらりと例の場所を見た瞬間、ぱっと顔を輝かせた。……アレ?

「あ、兄サマじゃん。おはよー。今起きたんだ?」
「へっ?!に、兄サマって……」
「………………」

 モクバの声にすかさず目の前の白い物体を確認する。するとそこには確かにすんごく見慣れた顔をした白い塊……間違いなくこれは海馬なんだけど……が立っていた。なんで白い塊かっつーと、世にも珍しい真っ白な毛布を頭からひっ被ってぼーっとしてるからだ。一応目は開いてるけど完全に寝ぼけてんだろこれ……つか、あちこち超乱れてるんですけど、完全無防備なんですけど。いいのか?本当にいいのか?!

「えー……あのー……海馬さん?」

 オレの前に佇む事数十秒。その間海馬の視線は少し離れた場所にいるモクバの方じゃなく、多分障害物になってるだろうオレの方に集中している。いや、集中してるって言っても当人にはオレが誰かを認識していないだろうから微妙なんだけど。……とにかく奴はオレを見ていた。

 この場合オレはどう反応したらいいんだろう。オレがオレである事を主張し、遊びに来たと言えばいいのか、それとも知らんふりをして道を開けて起きるのを待った方がいいのか……うー……。

「おい、モクバっ!こいつどうすれば……」
「やっぱ3面のラストステージの難易度が高すぎるよなー。隠しでイージールート作ろうかな?」
「── って聞いてねぇし!!」

 いつの間にか再びあっちの画面に戻っちまったモクバは、以降こっちの事なんか完全無視でゲームに熱中している。あーくそー!!お前がそーゆー態度取るんなら、兄サマ襲っちまうぞコラァ!!

 と、オレが歯軋りをする勢いでモクバを見ていたその時だった。
 なんか腹の辺りに重くてあったかいモノが乗って来た様な気がして……。

 驚いて思いっきり反らしていた首を元に戻すと、そこには白い塊……もとい!ねぼすけ海馬のドアップ顔があった。っつーか何コイツ!!何やってんの!?

「?!……ちょっ、おまっ」
「………………」

 焦ってさっきの様に飛び退こうとしても、オレをソファーか何かと勘違いしている(らしい)海馬くんに思いっきり伸し掛かられて身動きが取れない。しかも寝てるし!!寝ちゃってるし!!いや、つーか、ほんとコイツどうしよう!!

 余りに余りな事態に心底ビビって体勢が体勢故に声をあげる事も出来ずその場に思いっきり固まっていると、ゲームに夢中でこっちの状態なんか総スルーだったモクバが、派手な勝利のファンファーレと共に三度こっちに意識を向けた。やべ、こんな事してたらなんかヘンな誤解されちまいそう。違うんだって、これはコイツが勝手に……!

「あれ、城之内何やってんの?」
「な、何やってんのじゃねぇよ。見りゃ分かんだろ!」
「あー。兄サマ寝ぼけてるんだねー。ソファーと間違ってんじゃないの?」
「えぇ?!なんでそんなフツーな反応なんですか?!」
「お前がそんな所に転がってるのが悪いじゃん」
「好きで転がったんじゃねぇし!」
「なんでもいいけど、そんなとこに座ってないでソファーに座れよ」
「オレだってそうしたいのは山々だっつーの!!こいつなんとかしろよ!」
「嬉しいくせに」
「嬉しいけどなんかちげーだろこれは!!」

 確かに、好きな奴をちゃっかりでもなんでも抱ける事は単純に嬉しい。それは認める。が!シチュエーション的にどうなのこれは。しかも海馬意識ないし。オレの事人間かどうかも多分分かってないし!あああ、でもなんかすっげーいい匂いするし暖かいしどうすんだこれ!!特に首が超こそばゆい!!このままじゃ最終的にアレが勃っ……いや、何でもない。とにかく拷問だろこれ!

「モ、モクバっ!これなんとかしてくれ!!」
「なんとかって?持ち上げてソファーに運べばいいじゃん。お前力仕事してんだろ」
「そ、そうだけど!物理的な問題じゃなくって、精神的に参るんですけど!!た、勃っちゃう」
「うわ。生々しい事言うなよ!」
「だってお前これ我慢しろとか無理だろ常識的に!」
「手順通りのお付き合い希望してんだろ!我慢しろよ!」
「ちょ、オレが言った台詞一字一句なんで知ってんだ!」
「だから全部聞いたんだってば」
「言うなって言っとけよ!」
「お前が言えよ!!」

 もうなんだかんだ無くなって、唯一あたる事が出来るモクバに噛みついたけど、全く解決になってない。こうしている間にも正直なオレの身体は熱くなってくるし、下半身は大変だしで本当に限界だ。このままじゃモクバの前で醜態を晒しかねない。とにかく今はこの状態から逃れる事が先決だよな、うん。

 つーか逃げたい。マジ逃げたい。

 と、オレが半ば祈る様にそう思いつつ、とりあえず行動に移すべく床に付いたままだった両手を動かそうとしたその時だった。今まで大人しくオレの肩に頭を乗っけて寝入っていた海馬の頭が徐に持ち上がり、さっきよりは幾分起きてる感じに目が開いた。うわっ!!いきなり起きんなよ!!と思うより早く、奴は今度こそちゃんとオレを見て、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。

 え?……えっ?!

「……何故貴様がここにいる」
「いや、あの、何故ってっ」
「しかも煩い!」
「いやだからそれは……ってかお前この状態にコメントねぇのかよ」
「……コメント?」

 そうだよ!オレが煩いとか何故ここにいるとか暢気に言ってる場合か!!お前、寝起きの凄い姿晒した挙句、人の膝の上に乗ってんだぞ?!膝だぞ膝!しかも今は超至近距離!それについてノーコメントでいきなり怒鳴りつけるたぁどういう了見だ!そこじゃねぇだろ、そこじゃ!!

 そう心の中で大騒ぎしつつ、かといって煩いと言われた手前更に大声をあげる事も出来なくて、ちょっと控えめにそう呟いたオレに、海馬は一瞬はたと気が付いたように小首を傾げつつ現状を把握する為か辺りをちょっこり見回した。そして最後にもう一度正面のオレを見て、何回か瞬きをする。

 さて、海馬くんはこの状態をどう思うでしょう?なんて、オレも少しだけ冷静になって観察していると、海馬はさっきと同じく眉を寄せて「何か問題が?」とごく普通に口にした。

 問題がって……問題だろ?!
 どんだけ常識ないんだこいつ!!

「どう考えても問題だろ!!お前、良く考えろよ!!」
「煩いと言っている!耳元でがなるなっ!」

 数秒後、鼻先が触れ合う程の至近距離でそう怒鳴っちまったオレに、海馬は有無を言わさずベシッとオレの頭を平手で殴り、憤然とした様子でさっさとその場から立ち上がると、ついさっきまでオレがいたソファーへとずんずんと歩いて行き、そのままそこへ横になって再び毛布にくるまった。ちゃーんとクッションを抱え込んでる事から、何か抱いてないと眠れないってのは本当かもしんない。

 ……っていうか……ま、まだ寝るんですか。つか、オレ放置かよ。

「ちょっと、おい!海馬っ!!」
「お前、オレの話聞いてた?兄サマ無理矢理起こされると超機嫌悪いって言ったじゃん」
「はい?!だって無理矢理なんて起こしてねぇし……!」
「起こしたじゃん。だから叩かれたんだろ。それにその兄サマ、まだ寝ぼけてる状態だから。何言っても無駄だぜ?」
「な、なんですってぇ?!」
「今日は結構しぶといなぁ。……まだ待ってる?」
「……ちょっと考える」

 ……なんだか一気に脱力した。つーかこれで脱力しない方がおかしい。
 余りに脱力し過ぎて色んなとこが萎えた。いや、マジで。

「……はぁ」

 オレは再び部屋中に響くアップテンポなゲーム音を聞きながら、そのすぐ前で実に安らかに眠りに着く恋人(仮)を眺めると、深い深い溜息を一つ吐いた。

 なんだか、物凄く微妙な気持ちです。