Act5 うんうん、だよね〜……って違うだろ!!

「……はぁ」
「どうしたの城之内くん、凄い溜息。何か悩み事?」
「ああ、うん。別に大した事はねぇんだけどよ」
「僕で良かったら相談に乗るけど……勉強の事は無理だけどさ」
「んー相談、かぁ。そういやお前らどうなった?クリスマスの約束位はしてんのか?」
「えっ、僕?!なんで僕の方に話を振るのさ!」
「いやぁ、オレの悩み事もそっち系だから。で、どうなんだよ?」
「ど、どうって……うん、一応。杏子はバイトがあるから時間はちょっと遅くなっちゃうけど……って、僕の事はどうだっていいでしょ!でもそっち系って……恋愛関係の事なら城之内くんの方が得意じゃない。言っておくけど、僕は初心者なんだからね!」
「オレだってそんなにヤリ手じゃねぇよ。つか今回は勝手が違ってさぁ」
「え、そんなにスゴイ相手なの?」
「スゴイっちゃースゴイ。色んな意味で」

 ぶっちゃければ、お前にもお馴染みのクラスメイト兼ライバルであるあの海馬くんなんですけど。と、心の中で思ったけれど、実際には口にしない。さすがのオレだってこういう時は空気位読むぜ。つか、遊戯に引かれるのヤだし。ヤならするなって話だけどそれはまた別で。

 今日は朝から珍しく雲一つない快晴で、気温も10月半ば位の奇跡的な小春日和。そんな訳で、昼休み購買組のオレと遊戯は二人揃って日差しが暖かい南校舎の屋上で買ったパンを片手に、のんびりとした昼食をとっていた。

 早々に焼きそばパンを三つ完食したオレは、牛乳パックを限界まで絞って最後の一滴まで飲み干すと思わず大きな溜息を吐いちまった。気持ちのいい天気、美味しい焼きそばパン。普段なら上機嫌な筈なのに溜息を吐くには訳がある。勿論今オレの頭を悩ませている事なんてただ一つだ。

 海馬の家に押しかけて行ったあの日は、結局何もないまま帰る羽目になっちまった。あの後かなりの時間待ったし、起こす事も試みたけどアイツ全っ然起きねぇんだもん!!だから諦めてまた次の機会に、なーんて言ってモクバに別れを告げて来たんだけど……なんつーか、凹むよなー。その後フォローメールの一つでも来ると思いきや、超絶スルーだし。まあ期待もしてなかったけどよ。

 うあーと小さな声を上げて、握り締めたパックを直ぐ近くに放り投げる。するとそれを手早く摘み上げて自分が持っていた白いビニール袋に放り込んだ遊戯が自分のゴミもそこに入れつつのんびりと口を開いた。

「……スゴイ相手、かぁ……どんな子?」
「どんな子って?」
「だから、外見とか、性格とか……」
「外見は……まあいい部類に入るんじゃねぇかな。スタイルに関しては抜群だと思う。色は白いし、いい匂いがするし、とりあえず全体的に造形は完璧系」
「城之内くんってメンクイだって本田くんが言ってたもんね」
「まー男なら大抵そうだろ。基本的に。お前だって杏子がカワイイから好きなんだろ」
「ちょ、だから、僕の事はいいでしょ!」
「オレばっか話すんのヤなんだよ」
「何それ。あーもう、そんなのはどうでもいいから続きは?!」
「性格に関しては……まだ良く分かんねぇけど、最初はすんげー悪いと思ってた。態度デカイし、外見に似合わず口汚いし!暴力的だし!……んでも、つい最近そうでもねーんだなって気付いたっつーか。そんな感じ」
「うん。で?」
「で?って……後は、そうだな。あっちは恋愛超初心者。つーか恋愛のなんたるかもさっぱり分かってないお子ちゃま。オレが告ったら『勉強の為に付き合ってやる』とか言い切って、マジそんな感じで現在はメールのやりとりしてる位?」
「??……付き合ってやる?」
「あー、なんていうか、すげーやりにくー」

 聞かれちまうとなんでもスラスラ答えちまうのがオレの悪い癖で、思ったよりも勢いよく動いた口に遊戯がなんか妙な顔をしているけど、そこは敢えてスルーする。そういやこれからどうすっかなー、あの日以来……つってもまだ3日も経ってねぇけど、海馬に会う事は勿論メールもしてねぇ。一応オレが送った時点で滞ってる訳だから、返信を寄こさなきゃなんねーのはアイツの方で。その一点に拘ってるからオレからメールするのもなんか癪だ。

 まぁ、でも、やっぱ付き合えっつったのはオレの方だし、ここはやっぱオレの方がコンタクトを取るしかないんだよなぁ。

 ……仕方ねぇ、思いついたら吉日だ。どうせ今暇なんだしメールすっか。

 と、オレが半ば嫌々ながら制服のポケットに入れていた携帯を取り出して、一番最後に送られて来た海馬のメールを開こうと指先をボタンに滑らせたその時、不意に遊戯がさっきよりも不可解な表情をしてオレの顔を覗き込んで来た。

「城之内くんの恋人ってさ……」
「うん?」
「普通の人だよね?高校生だよね?」
「ああ、タメだけど。普通って言われると微妙……つか普通じゃねぇんだって。んでも、なんで?」
「なんでって……普通の女の子は『勉強の為に』とか『付き合ってやる』なんて言わないじゃん」
「ああ、うん……」

 やべ、オレ思わず海馬に言われたまんまの口調を口にしちまったか?まあでも、これだけじゃー相手がアイツだなんて事は全然分かんねぇだろ。まさかオレが男を好きだとか想像も出来ねぇだろうしな。ここは適当な事言って無難にスルーするのが賢い、うん。

 オレはそう思いながら、素っ気無い三行メールを開いて返信ボタンを押す。……うーん、ここは何て言ったらいいんだろ。この間はゴメン、か?んでもオレ実際なんも悪い事してねぇし、むしろ引っぱたかれた位だし、謝るのもおかしいよなぁ。そいじゃー白々しく「久しぶり!」とか?……微妙だ。あーくっそーこういう時なんて言やいいんだよ。さり気無くとか分かんねぇよマジで。

 と、本気で頭を悩ませ始めたその時、隣でしきりに首を捻っていた遊戯が、急にポンと両手を叩いて「あっ!」と大きな声を上げた。いきなりなんだ?!と、思わずそっちを振り向くと、奴は何故か一人酷く納得した様に頷いて、オレの方を見る事も無くトンデモ発言を口にした。

「そっかぁ。誰かに似てるなぁと思ってたんだ。海馬くんだ!」
「ぅえっ?!」
「あ、ごめん。城之内くんの彼女の言動がね、なーんかどこかで聞いた事あるなぁって考えてて、そう言えば海馬くんに似てるなぁって」
「そ、そうかぁ?オレは全然そんな事思わなかったけど」
「あはは、あくまで似てるなぁって思っただけだよ。でも海馬くんみたいな人が女の子だったら大変なんだろうなぁ」
「そりゃそうだろ、なんたって……」

 常識知らず甚だしいからよ!!ワハハだし!

 そう言ってごまかす為に頭に手をやり、上を向いて大笑いしようとしたその時だった。

 背後にあった錆付いた鉄の扉が前触れなしにバターン!!と思い切り良く開いたかと思いきや、その陰から颯爽と現れたのは……。
 

 例の、海馬くんでした。
 

「あれ、海馬くん?」
「か、海馬っ?!」
「ここにいたのか」
「君、今学校に来たの?珍しいね、5時限に体育があるのに」
「……ああ、時間が空いたのでな」

 登場して早々完全にオレに視点を定め、遊戯と普通の会話を交わす海馬を、オレはただ茫然と眺めていた。いや、別にここは学校だから奴が登校してくる事はなんらおかしくないっつーか当然だし、オレにメールを寄こさず来るのも然程珍しい事じゃない(てかそもそも告白してからは初めてだから良く分からない)だから、何も問題は無い筈なんだけど、なんか焦る。

 たった今遊戯に変な突っ込みを入れられたからかな。そうだよな、そうに違いない。っていうかあいつなんでわざわざここに来るんだ?オレ目当てじゃないよな、多分。遊戯に用があるのか?……あーなんでもいいけどタイミング宜しくねぇ〜!!つーか居心地悪ィ〜!!早く誰かなんとかして下さい。用事あるならさっさと済ませてとりあえず帰ってくれ頼む!

 そうオレが内心ちょっとだけドキドキしながら思っていると、海馬は何故か「フン」と小さく鼻を鳴らしてずかずかとオレ等の元へ歩いてきた。機嫌は全く悪くなさそうだけど、なんだか妙な勢いがある。……なんなんだこいつ。一体何が……

「か、海馬くん?何か用?」
「いや、貴様には用はない」
「あ、そうなんだ。じゃあ、城之内くんに用なんだね?だって、城之内くん」
「オレに?……な、なんだよ?」

 ほんの少しの沈黙の後最初の声を発したきりだんまりを続けていた海馬を見かねたのか、遊戯が奴にそう声をかける。すると海馬は相変わらず視線をオレから外さないまま、なんだか妙な言葉を口にした。お、おいおいオレに用事ってなんだよ。隣には遊戯がいるんだぞ。まさかとは思うけどこの状態で妙な事口走ったりしねぇよな……しねぇよな?

「モクバから叱られた。だがこの間の事は貴様も悪い。今度はオレが起きている時に来るんだな」

 うんうん、だよね〜オレが悪かったよね〜……って違うだろ!!

 つーか、何言っちゃってんのこの人?!馬鹿ですかアナタ?!

「……ちょ、おま、何……っ!!」
「えっ!?どういう事?起きている時にって……?」
「ではな」
「あ、海馬くんっ!!」

 オレの叫び声も、遊戯の呼び声も虚しく再びバタンと閉ざされた鉄扉。その直後に満ちる奇妙な空気。……うわぁ、最悪。どうすんだこれ。どうすればいいんだよ、オレ。

「……城之内くん……」
「は、はい」
「……さっき君が言ってた彼女って……」
「……はい」
「もしかして……」
「……もしかしないです」
「海馬くん?」

 ドン引いてるのが丸分かりの遊戯の声が、オレの耳におもーく響く。なぁ、海馬、オレ、今親友一人無くしたんだけど、どう責任とってくれんだよお前。一応隠してたんだよオレは!!

 それを、おま、ああああああ!!
 

「まあ、頑張って」
 

数秒後、再び開かれた遊戯の口から飛び出たのは凄く微妙な応援コール。

 オレって一体……と呟く声は、いつの間にか冷たくなった冬の風に流されて、消えて行った。