Act7 ……ってマジかよ!

「で?キスはまぁ分かったが、セックスとはなんだ?」
「へ?!」

 それは余りにも唐突で、あり得ない発言だった。オレは思わず飲んでいたパック珈琲を思い切り気管へと吸い込んでしまい、盛大に咽込んだ。ちょ、これマジ死ぬ!!超苦しい!!息は絶え絶えになるし、涙は出るしで散々だ。そんなオレを海馬は机の上に置いたノートパソコンの向こう側から不思議そうに眺めている。そしておざなりに「貴様何をしている。大丈夫か」なんて心温まる言葉を無責任に投げつけて来た。

 何をしているじゃねーよ、お前の所為だろ!つーかなんですかソレ?!

「……いや、えぇっと、質問の意味が分からないんですが。何お前、もしや保健体育の授業受けてないとか……小学生ん時に始まって、中坊の時もやるし、去年だって確かビデオ流したよな?ゴムも配られた気がすんだけど!」
「それとセックスとどう関係ある」
「あんまその単語連呼すんなよ……お前、英語分かるならなんだか分かんだろ」
「セックス=性別、以外に何かあるのか?」
「……ああ、そっちに行っちゃうんだ……んじゃーエッチとか……」
「?」
「ええええ?!後はうーん、えーと何で言うんだっけ……あ、性交渉!メイクラブ!」
「??」
「ちょ……冗談だろ?!おま、その年になってセックスが何かも知らねぇの?!」
「どの年になろうが知らないものは知らない」
「あーそれもそうですよねー……という事はーオナッた事もないんだー……ってマジかよ!人間か!?っつか子供はどうやって出来ると思ってんだよ!」
「そんなもの、考えた事がない」
「いやいやいやいや。そこは考えてみようよ」
「別に今必要ないだろうが」
「確かにそうだけど、問題はそこじゃなくって……あー!なんか駄目だ、タンマ!」
「なんだ」
「さすがのオレもそこまで予想してなかったからちょっと待ってて。考える」
「何をだ」
「……いいからお前はソレの続きでもしてろ」
「訳が分からん。答えはどうした」
「それも後で教えてやるから」
「……了解した」

 多分頭の中はハテナだらけなんだろう海馬くんを放置して、オレはとりあえずパック珈琲を全部飲んでしまうと、それをゴミ箱に捨てに行って元の席に戻り、天を仰いだ。……なんて言うか、これは非常事態だ。最初っからそういう事に疎いとは嫌って程分かってたけど、全くもってそんな問題じゃなかった。もっとこう……根本的な所から大いに間違ってた。頭のいい奴ってどっかおかしい所があるっていうけど、やっぱ超天才は違うわ。世間ズレ具合も半端ねぇ。

 今時高校生にもなって『セックスって何もの?』ってあり得るか?!今がまさに性春真っ盛りだろどう考えても!!それが……それがおしべとめしべからスタートなんて無いわ。絶対に無い!つかお前、保体もそうだけど理科はどうしたんだよ理科は!?生物でやるだろこれ!!

 やー……でも、そう考えるとアレだよなー。オレがセックスもしたいんだけど、と言った時にあっさりOKしたのも頷けるよなー。セックスそのものが何か分かんないんだもんなーつかさっきと今の話を総合するとキスだって怪しかったんじゃねーか。どこの箱入り息子だお前は。あ、でもある意味箱入りだったんだっけ……義務教育ちゃんと終了してんのかこいつ。

 まぁ、親から性教育っていうのもまず無いから、剛三郎だっけか、あいつから教わるって事ないだろうしなぁ。それにしても無い。天然記念物を目の当たりにしてるみてぇ。

「……オレさぁ、物凄い勘違いしてたわ」
「何を」
「お前がちゃんと分かってて返事してると思ってた」
「何を」
「いや、何をって。全部だよ……男とか女とか以前の問題じゃんソレって。つかむしろ最初が女とじゃなくて良かったな。男の沽券に関わるし」

 いや、自分で言っててなんだけど、ほんとそうだわ。セックスはおろかキスも知らないんじゃー手の出しようがないってか、手を出す予定も無いわけで。そんな男と知らないで付き合ったら女は物凄く傷つくだろうなぁ。そういう意味ではある意味経験出来て良かったのか?ん?この場合良かったって言っていいのか?あれ?

「何故小難しい事をしている」
「そういう顔にもなるって……例えて言うならな。あー……お前風に言うと……これから小難しいプログラムを組もうって言うのにパソコンを起ちあげる事すら出来ない奴だったってのと一緒だぜ」
「なんだそれは。有り得んだろうが」
「だからオレに取ってはお前がそれ位有り得ない生き物に見えるんだってば」
「……そんなにそれは必要な事だったのか」
「うーん。そこはまぁ、人それぞれって言うか……現にお前、知らなくても今まで全く不都合がなかったんだろ?」
「ああ」
「だからその辺は一概?って言うんだっけ?それでは言えないってこったな」
「そうか」

 あーオレ、結構いい事言うじゃん、と自己満足したのもつかの間、こっちの話を比較的真剣に聞いていたらしい海馬は、いつの間にかキーボードから手を放してじっとオレの顔に視線を定めてくる。そして「え?何?」とオレが聞き返す前に、奴は少しだけ眉を寄せてこう言った。

「で?先程の説明は?」
「あ?」
「だからセックスの意味だ」

 そこに戻って来ちゃったよ!!やっぱ説明しなきゃ駄目なのかコレ?!

「あーそれはまぁ、口で言うよりも実践で覚えた方が早いって言うかぁ」
「説明出来ない事なのか?貴様、説明も出来ない様な事をしたいと言っていたのか」
「……出来なくはないんだけど、したくねーんだよ。空気読めよ」
「何故だ。貴様が言わないのならモクバに聞くぞ」
「ちょ……それはちょっと……つか、逆だし!普通は年上が教えてやるもんだし!」
「何が。モクバも知らない様な事なのか?」
「知ってるとか知らないとかじゃなくって、聞くな!お互いに絶対居た堪れなくなるって!」
「なら貴様が説明しろ」
「オレは実技しか受け持ちません」
「分からん奴だな」
「お前が言うな!」
 

 こんな風にあーだこーだと押し問答を繰り返した挙句、キレたオレが「じゃー実践してやるよ!」なんつって押し倒そうとしたその時にタイミング良く先生が来ちゃったりして、結局その場では説明も実践もなく終わっちまった。まぁいつものパターンだな。

 んでも、今回は海馬が全然食い下がらないから、早い内に何とかしないとマジでモクバに聞きそうだ。モクバもモクバだからさーヤバいんだよなー色々と。……こりゃバイト調整して一気にフルコース行くしかないな。デートも出来て一石二鳥だ。

「じゃ、お前何時でもいいから土日のどっか一日休み作れよ。恋人のデートしてやるよ。そんでもって知りたい事ぜーんぶ教えてやるから」
「分かった、考えておく」
 

 また即答だよ……果てしなく不安を覚えるのは気の所為かね。

 ま、とにかくオレは面白楽しいデートコースでも考えておきますか。