Act2 かき氷

「うっわーなんじゃこりゃスゲー人!!」
「夏祭りなどこんなものではないのか」
「オレ、近所の盆踊りしか行った事ねぇし。童実野神社ってやっぱスゲーんだなぁ」
「初詣の時も同じ事を言って無かったか?」
「あれ、そうだっけ」
「ねぇ、兄サマ。屋台で何か買っていい?」
「いいぞ。ただし一人で行動するな」
「はーい。何にしようかなぁ」
「夏祭りっつったらかき氷と綿飴だろ、常識的に」
「じゃーあっちだね。早く早く!」
「かき氷と綿飴?」
「お前、食った事ないのかよ」
「有る様な気がするが、全く味が思い出せん」
「……まぁ、お前の普段の生活から見れば超無縁のもんだしな。可哀想な奴」
「何か言ったか」
「別に」

 海馬の家から車で出発してから約30分。街から少し外れた場所にある童実野神社は既に浴衣を着た老若男女で一杯だった。この祭りは童実野町で開かれる祭りの中でも最大級のイベントで、真っ昼間の神輿担ぎから始まって、夕方の盆踊り、そして夜になると近間の川辺で花火大会も催される。

 何もいっぺんにやる必要はねぇじゃん、と思うんだけどどうもこの町の人間は行事系は全部纏めてするのが好きらしい。そういやーオレの高校も体育祭と文化祭纏めてだしな……準備がクソ大変でムカつくったら。まぁ、常にバイトを理由にサボりまくるからあんま関係ねーんだけど。

 神社へと繋がる大通りの数本前の交差点から既に大混雑で早々に車で近づく事を諦めたオレ達は、全く動かない車列からさっさと生身で抜け出して、人波に押されながらなんとか境内が見える位置まで辿り着いた。っつっても『見える』だけで着くまでには大分掛るんだけど。

 第一の入り口になる大きな石の鳥居を潜るとそこから遠目に見える石段までの長い道にはずらっと屋台が並んでいて、丁度夕飯時に差し掛かっている所為かどこにも漏れなく人が溢れている状態だ。そんな中三人仲良く手を繋いだオレ達は、モクバ先導の元とりあえず近間にあるかき氷屋と綿飴屋に近づいた訳だ。ぷんと香る甘い砂糖の匂いがなんだかとっても懐かしい。

 そういやーオレも綿飴なんて何年ぶりかな。随分前にダチと花見に行った際になんとなく目について食べた気はするけれど、あんま美味しくなかった気がする。ま、元々大して美味しいもんでもねぇけどよ。

「どっちから食べる?綿飴?かき氷?」
「綿飴はこんな所で食わなくてもいいだろ。買って後で食えよ」
「だって、手が塞がっちゃうじゃん」
「オレが持っててやるよ」
「つまみ食いするなよ」
「誰がするか!」
「じゃーとりあえずオレ綿飴買ってくる。城之内達はかき氷買って。オレ、カルピスがいいなぁ」
「カルピスぅ〜?あんなかけたかかけてないか分かんないヤツやめろよ」
「うるさいなーなんだっていいだろ!」
「どうでもいいがオレを挟んで喧嘩をするな。煩い」
「ほーら、怒られてやんの」
「貴様もだ」
「……はい」

 丁度二つの屋台の真ん中に立ってそんな会話を交わしたオレ達は、モクバを綿飴屋に送り込んだ後、揃ってかき氷屋へと並び、ずらりと表示されているシロップについて延々としゃべっていた。この青いのはなんだ。ブルーハワイ。このメロンは本当にメロンの味がするのか。勿論メロン『っぽい』に決まってるだろ。イチゴは?以下略。まあこんな風に傍から聞いたら結構間抜けな話かもしんないけど、オレ達にとっては至って普通で、楽しい会話だった。

 普段は知識量の差からオレを見下す事の多い海馬も、こういう経験は殆どないので結構素直にオレの言う事を聞いている。かなりショボイ知識だったけど、海馬にきちっと説明してやれる事が嬉しくて、オレは聞かれればなんでも丁寧に答えてやった。一々真剣に頷く様をおもしれーとか、可愛いーとか思いながら。

「お前はどうするよ。オレ的にはイチゴを食って欲しいけど……」
「ブルーハワイ」
「……そう来ると思ったぜ。お前、絶対色で決めただろ」
「ふん、人工着色料と甘味料で出来たシロップなどどれも味に特に変わりがない。ならば色で決めるのが妥当だろうが」
「でもさーブルーハワイとかメロンって唇や舌に色が付くんだぜ」
「?……それがどうした」
「ちゅーする時に相手の唇が青とか緑って凄く気になるんだよねー……イデッ」

 速攻拳骨ですか。事実を言っただけなのに怒る事ないだろもー。

 じんじんと痛む頭頂部を抑えながら、いかにもなゴツイ兄ちゃんに「カルピスとブルーハワイとメロン」と頼んで海馬を見る。するとそこにはやっぱり物珍しそうに屋台の中を覗く横顔があった。旧式のかき氷機がごりごりと音を立てて細かな氷の山を作って行く。それにたっぷりと鮮やかな色のシロップをかけて兄ちゃんはオレに二つ、海馬に一つ渡してくれた。

 氷に刺さった大きなスプーン型のストローを如何にもおかしなものを見る目つきで睨む海馬にオレは「それ、ストローになってるじゃん?溶けてきたらそれで吸う訳」と教えてやった。けど、やっぱりその表情は変わらなかった。まーいいから食べろよ、と言おうとした時大きな綿飴の袋を誇らしげに抱えたモクバが人混みの中からひょっこりと顔を出した。その顔は既に汗でベタベタだ。

「兄サマぁ。ブルーアイズ売り切れてた」
「まぁそうだろうな。人気があるという事はいい事だ」
「……ブルーアイズ?」
「一応許可出してるからな!あっちこっちでデュエルモンスターズのキャラクター商品が出てるんだぃ!」
「あー成る程……で、コレにした……って、うお、スケープゴートかよ!可愛いじゃん!」
「もうこれしかなかったんだぜぃ」
「人気がないという事だな」
「……なんかムカつく!!あ、んな事よりかき氷食おうぜ。早くしないと溶けちまう。どっか座れるとこないかなぁ」
「裏の方にデッカイ石が一杯あったぜぃ。皆そこにいるみたいだけど」
「よーしじゃあそこ行こうぜ!つーか既に手がボタボタなんですけど」
「分量が大分減っているぞ凡骨」
「おま……気付いたんなら言えよ!しかもちゃっかり自分は食ってんじゃねぇ!」

 さっきまでかき氷を変なモノを見る様な不思議な顔で眺めていた癖に、ストロースプーンをそつなく使って一人で勝手に食べている海馬に食ってかかると、奴は涼しい顔で一口頂戴、と強請るモクバに自分の口に入れかけた氷を食べさせてやっている。何その仕草、超羨ましいんですけど。

 っていやいやオレも食いたい。喉乾いたし、何気に汗びっしょりだし。つ、と流れる額の汗を浴衣の袖で拭こうとすると、横から手が伸びて来てなんだかいい匂いのする布の様なものを押しつけられた。む?と思うより早く「くれてやる」の声が飛んでくる。

「浴衣の袖で汗を拭うな。みっともない」
「あーそういやこれ借りモノだっけ。ごめんごめん。でもこれオレにくれたらお前の分ないじゃん」
「フン、予め余分に持って来てるわ」
「相変わらず準備のいい事で。でもこれハンカチじゃねぇよな?何?」
「手拭だ。どっちにしても同じ様なものだがな」
「ふーん」

 そういやー気にしなかったけど、コイツなんか超かっこいい和風の財布持ってるよな。普段持ち物なんかに全く気を使わねぇ癖に、こういう事になると凝るんだよなー変なヤツ。

 そんな事を例の石場まで歩きながら思っていると、案の定「じろじろ見るな!」と怒られた。その顔にもうっすらと汗が光っていて、オレは怒鳴られた事も忘れてさっき貰った手拭でそれを拭ってやる。すると即座に「犬臭い!」と怒られた。……酷過ぎる!

 大分溶けたかき氷を掬って口の中に入れると安っぽいメロンの味が広がった。本物とは物凄くかけ離れた味だけど、それでもついかき氷というとメロンを選んでしまう。理由は簡単、『ちょっと高級そう』って、ただそれだけ。

「でもオレ、本物のメロンよりこの味が好きなんだ。オレのメロンはこっちだし」
「まぁ、貴様にはそれが似合いだな」
「どうだった、ブルーハワイ」
「どうもこうも普通だった。不味くはなかったな」
「メロン食べてみる?」
「いらん」
「まぁそう言わずに」

 しゃく、と半ば溶けているメロン色の中に最初から噛んじまってちょっといびつな形になったスプーンを突っ込むと、氷を山盛り乗せて海馬の口元まで持って行く。そこまでされると無視する訳にも行かないのか、海馬がちょこっと口を開けた。ブルーハワイで少しだけ青みがかった唇と、大分青くなった舌がちろりと動く。

 ……ちょ、これは予想外だぞ。変色した口とか気持ち悪いと思ってたけど、案外イケる。つーかむしろイイ!

 つい、とスプーンを傾けると、海馬の中にメロン色が消えて行った。美味しい?と聞くと、微妙な顔で「ブルーハワイとの違いが分からん」と帰って来た。青い唇がやっぱりエロい。お前、唇の色変わってやんの。そう言って思い切り茶化してやろうと思ったその時、海馬はちらりとオレを見返して、にやりと笑ってこう言った。

「貴様、気色悪いぞ。なんだその口の色は」
「なっ!お前だって真っ青だっつーの!!気持ち悪っ!だからイチゴにしとけって言ったのに!ピンク色になって可愛かっただろうなー!この妖海馬!」
「何とでも言え。貴様も同じだ」

 ま、そりゃそーだけど。その台詞はオレが先に言いたかったの!ったく、ほんっと空気読めないなコイツ!……んでも、オレの顔を見てなんだか面白そうに笑っているその表情を見ていると、そんなに悪い気はしなかった。むしろ……。

 そう思い、オレは残りのかき氷を一気に口の中に放り込むとぺろりと口の周りを舌で拭って再び海馬の顔を見た。あ、まだ笑ってやがる。何時までも口元緩めてっとマジちゅーしちゃうぞこの野郎!

 が、勿論そんな事が出来る筈も無く。

「ちょっと二人とも!オレの存在忘れてるぜぃ!イチャイチャしないでよ!」

 オレ等の間にちょこりと座って、大人しく無色のかき氷を食べていたモクバに、ガッチリ阻止されてしまうのでした。
 

 口の中のメロン味が、なんだかちょっとだけ侘しい今日この頃です。