Act3 金魚

「……なぁ、綿飴ってこんなに甘いもんだっけ?」
「何言ってんだよ城之内ィ。綿飴は砂糖の塊なんだぜ?甘いのは当たり前だろ」
「それにしたって甘過ぎる!」
「じゃー食べなきゃいいじゃん。オレは美味しいぜぃ」
「やーでもなんかお前見てると食べたくなるんだよなー」
「意味が分からん。どうでもいいがお前達口の周りが酷い事になっているぞ。こちらを向けモクバ」
「……んむっ」
「兄サマー克也にはー?」
「死ね」
「ちょ、酷ぇ。まぁオレは口ってより手だけどねーベトベト」
「舐めるな貴様!汚いな!」
「じゃー拭いてくれよ」
「断る」

 なんだよもう優しくねぇなぁ。つーかお前は子供を連れたお母さんか!

 そうオレが大声で突っ込んでもどこ吹く風の海馬は、かいがいしくモクバの世話をしてやっている。……あのなぁ、そいつもう六年だぜ?幼児じゃないんだぜ?なのになんでそんなに過保護なのよ。

 モクバもモクバで普段オレに取られてばかりの兄サマに構って貰えるのが嬉しいのか、これ見よがしに海馬にぴたりとくっついてあれもしてこれもしてと甘えまくる。勿論オレは内心穏やかではないんだけど、モクバと争うほどガキじゃねーし、いつも色んな事で世話になってっからじっと我慢の子をしている訳だ。偉いだろ?え?偉くない?

「しっかし相変わらずすっげー人。皆暇なんですかねぇ」
「貴様がそれを言うな」

 近くの手水場で綿飴でベタベタになった手を洗い、ついでに顔も洗おうとして思い切り怒られたオレは、濡れた手をブラブラさせながら少し遠くの広場で始まった盆踊りの音楽に耳を傾ける。ここから見ても提灯の灯りが見えにくい程の人の影に、こんなんじゃー踊るどころじゃないんじゃね?なんて余計な心配をしちまった。

 まぁ、オレ等の(つーかオレの)目的は屋台と花火だし、あっちが混もうがどうでもいいんだけど、人混みが余り好きじゃないらしい海馬が嫌がって帰っちまう場合があるので要注意だ。今日はストッパーのモクバがいるからまだ大丈夫だけど、油断は出来ない。

 それにしても暑い。団扇かなんか持ってくれば良かったなぁ。もう帯の辺りとかぐっしょりなんですけど。

「あっちー。溶けそう」
「今日はこれでも大分涼しくなったみたいだけど?」
「そうかぁ?蒸し風呂みたいじゃねぇか」
「一々煩い男だな。暑ければ涼しくなるように工夫したらどうだ」
「工夫っつってもな。顔洗えないし」
「手水場で顔を洗うなど聞いた事がないわ。バチ当たりめ」
「しょうがないだろ。暑いものは暑いんだからよ!」

 ったく、この兄弟は!ひっついてる癖に涼しそうな顔しやがって!しっかし、涼しくなる工夫ってどうすりゃいいんだよ。川に足突っ込んで来いってか!それもなんかガキみたいで嫌なんだよなー……うーん、他に方法は……とオレがぐるりと視線を巡らせたその時だった。食べ物系の屋台の裏にでっかく『金魚』と書かれた垂れ幕が見える。

 金魚って言うと金魚掬いか……これだ!

「な、金魚掬いしねぇ?」
「金魚なぞ掬ってどうするのだ。食べられないぞ」
「誰が食うっつったよ!そうじゃなくて!水系だと涼しいじゃん!」
「自分が水に入るわけでもあるまいし……」
「ぐだぐだ言ってねーで行くの!あ、お前さては金魚掬い下手なんだろ?悪いけどオレはプロ級だぜ」
「そんな安い挑発に誰が乗るか」
「でも、面白そうだよ兄サマ。オレも行きたい」
「ならばしょうがないな」
「……なんでだよ!!相変わらずひっでーな!」
「まーまー。早く行こうぜぃ」

 そう言ってオレ等の真ん中に割って入ってオレの右手と海馬の左手を握りしめたモクバは、ぐいぐいと引っ張る様にして先に行く。そして、結構な人だかりが出来ているそこに一足先に顔を突っ込んで「じゃ、オレが一番で」なんて言いながら既にポイを手にしていた。

 はやっ!つーかこういう時ガキっていいよなぁ。

「お前、金魚すくいなんてやった事あんの?」
「毎年やってるぜぃ。でも、30匹以上取れた事がないんだ」
「さ、30匹……?!」
「何故驚いている。貴様、プロなのだろうが」
「や、あのその」
「ちなみに兄サマの最高記録は100匹以上だぜぃ。余りに取り過ぎてお店のおじさんから『もうやめてくれ』って言われたんだ。小学生の時だったっけ?」
「確か施設にいた頃だから……そうなるな」
「ちょ……!」
「あれ、全部取ろうと思えば取れたかな」
「どうだろうな。当時は大分丈夫なポイだったからな。今のでは分からん」

 そんなのんきな会話を交わしながらも小さな椀をギリギリまで水面に近づけて、モクバの右手が素早く動く。口だけかと思っていたら、その動きはめっちゃ早い。近くにいた金魚がみるみる内に椀の中に放り込まれていく。

 ちょっとこの椀じゃちっちゃいんじゃねーのか?とオレが思い始めた頃、徐に海馬が「もう一つ椀をくれ」なんて言い出した。そしておっさんから空の椀を受け取ると金魚で溢れ返ったモクバの椀と素早く交換してしまう。……て、手慣れてらっしゃる。

「ちょっと、それ何匹入ってんだよ」
「さぁ、数えてみればいいのではないか。そんな事より貴様もやったらどうだ。向こう側が空いてるが」
「……や、いいや」
「はぁ?貴様が言い出したんだろうが」
「モクバよりいっぱい取れたら可哀想だからよ。ここは一つ大人になって……」
「ほーそれは殊勝な心がけだな」
「……めっちゃ疑ってるし!」
「ではオレはあちらを挑戦してみるかな。アレはした事がない」

 あれって……え、ヨーヨー釣り?!

 そうオレが目を見張る前に、海馬は金魚が一杯入った椀をオレに押しつけると、一人さっさと隣にあったヨーヨー釣りの店まで歩いて行って、そこの店番をやってるねぇちゃんに愛想笑いをしつつ(何やってんだあいつ)徐にしゃがみ込んで、ヨーヨー釣りを開始した。

 ……ちょ、ちょっと待て!ヨーヨー釣りってそんなに高速でするもんだっけ?ええ?!

 まず挑戦者が海馬ってだけでも一瞬色めきだった周囲が、その見事過ぎるヨーヨー釣りさばき(っていうのか?)に今度は大いに盛り上がる。見る間に出来るヨーヨーの塊にお前、それどうするつもりなんだよ、なんてどうでもいい突っ込みを入れつつオレは他人のふりを決め込んだ。ある意味恥ずかしい、あれは。本気出し過ぎだろ!

 大賑わいなヨーヨー釣りからくるりと背を向け、どれモクバの成果は、なんて下を見ようとした瞬間、「あー!」と大きな声が響いてぱしゃん、と金魚が下に落ちた。どうやら、漸く終結しちまったらしい。漸く……っでも奴が持ってる椀もまた目一杯になってるんですけど!

「破れちゃった!何匹だった?」
「んー全部で55匹だな、ボウズ」
「あ、記録更新!!やったぜぃ!」
「55匹とか!ありえねぇ!」
「そこの兄ちゃんもやるかい?」
「……エンリョしときます」
「なんだよ城之内、お前がやりたいって言ったんだろ!ポイ買ってやるからやれよ!おじちゃん、もう一本ちょうだい」
「はいよ」
「はい、城之内!腕前見せて貰うぜぃ。プロなんだろお前」
「…………うぅ」

 金魚売りのおっさんとモクバ、二人の期待に満ちた視線を苦笑いで受け止めて、オレは仕方なく差し出されたポイを片手にその場にしゃがんで泳ぎまわる金魚と対峙した。……結果?そこは空気を読んで聞かないでくれ。多分、いや絶対緊張したんだ!普段は10匹は軽いのに!

「……お前はほんとに口ばっかりなんだね」
「う、うるせぇ!」
「で、そろそろ兄サマ止めにいかないと、お店つぶれちゃうんだけど」
「はい?……ゲッ!!」
「さっすが兄サマ!かっこいいぜぃ!」
「……いや、かっこいいっつーか、何ていうか……あいつ馬鹿だろ」

 くるりと振り向いた視線の先には、アホみたいに積まれたヨーヨーの山と、呆気にとられる周囲の人々。海馬も結構ガキだよな。なんて思いながら、オレは喜び勇んで向こうへと駆けて行くモクバを追って、溜息を吐きながら歩き出した。
 

 ……遊びのプロには敵いません。ほんと。