Act4 彼女

「くっそー。今日はちょっと調子が悪かったんだよ!」
「まーだ言ってるぜぃ。お前しつこいなぁ」
「何を言っても結果が全てだ。諦めろ」
「ううう、じゃー射的で勝負しようぜ!」
「オレは射的の方が得意だが?ほぼ百発百中だ」
「……本物で練習してらっしゃいますものね」
「兄サマにゲームで勝とうなんて百万年早いんだぜぃ」
「……なんかスッゲー悔しいんだけど!」
「お前運がいいんだからさ、くじ引きとかしてみれば?」
「一等がアイドルの爆乳水着ポスターじゃ貰っても嬉しくねぇ!それに飾ると海馬が嫉妬するじゃん?」
「全然。部屋中に張り付けられても何とも思わんわ」
「駄目だこりゃ。あーあーつまんねぇなぁ」

 結局、金魚掬いとヨーヨー釣りでみるも無残な敗北を期してしまったオレは、海馬から貰った水ヨーヨーをポヨポヨと弾ませながら、モクバに貰ったりんご飴を舐めながら少しだけ不貞腐れて足を引きずりつつ歩いていた。

 ちなみにどちらも余りにも大量に取り過ぎた為に現物は全て返却し、その代わりに引換券とやらを大量に貰っていた。これはどの屋台でも通用するチケットみたいなもので、オレの両手にある食べ物は全てその券の恩恵に預かってゲットしたもの。だから余計に虚しい感じがする。……美味しいからいいんだけどよ。

 何度も何度も溜息を吐きつつ先を行くオレの後を、仲良し兄弟は相変わらず楽しそうに騒ぎながら(勿論騒いでるのはモクバだけだけど)付いてくる。心なしか下駄の音も軽やかな感じがしてますます面白くない。

 なんだかなーもう。オレ帰っちゃおうかな。全くそんなつもりはないんだけど、ほんの少しだけそんな言葉が頭の片隅を過ぎり始めたその時、不意に後ろにいたモクバがオレの前へと回り込み、にいっといかにも小生意気な笑いを見せてこう言った。

「じゃ、オレここから別行動だから。後は宜しくー」
「……はい?」
「あれ、兄サマから聞いてなかった?オレも友達と約束があるんだぜぃ。もうちゃーんと場所取って貰ってるんだ。羨ましい?」
「……はぁ」
「という訳で、離脱っ!お前、オレがいないからって羽目外すなよ!」
「なんだよ羽目外すなって」
「決まってるじゃん。兄サマ、コイツと暗がりで二人きりとかなっちゃダメだからね!」
「……ちょ、何言ってんだよ!」
「何ってそのまんまの事だぜぃ。じゃ、行ってきまーす」

 あ、もしもしオレ。今どこにいんの?赤橋の横?うん分かった。今からそっちに行くよ。えー如月も来てんの?誘っても行かないって言ってたのに。迎えに……あ、いたいた!

 オレ達に笑顔で手を振って、くるりと背中を向けた瞬間即座に携帯を取り出して誰かと話をし始めたモクバはそれきり全く振り向く様子もなく、それどころか突然小走りになって遠くへ離れて行ってしまう。それを何とはなしに眺めていると、豆粒大になった奴の目の前に可愛らしい白い浴衣を着た女の子らしき姿が見えた。ここからじゃ良く見えないけど寄り添って歩いてるのだけは良く分かる。
 

 これはもしかしなくても……。
 

「ちょっと。アレなんだよ」
「なんだとは?モクバのクラスメイトだろう?如月とかいうのは彼女らしいが。オレも何度か見かけた事がある」
「かの……っ」
「一々鬱陶しいな、なんだ」
「いやなんだって!だって、お前……ええ?!」
「貴様の反応の意味が分からん」
「モクバラブのお前が平然と『アレは彼女だ』なんて言うから吃驚してんじゃねぇか!もっとこう、何ていうか!」
「モクバはモクバだ。干渉する気は一切ない」
「それはそうだけど!オレだったら腰抜かすけどな。だってまだ小学生だぜ?」
「貴様は妹だからだろう。それに小学生だろうが何だろうが。今は普通の事だ。どうとも思わん」
「……絶対お前は『モクバには何人たりとも近づけはせん!』っていうタイプだと思ってたのに……。オレ、お前の見方変わりそう。しっかし最近静香に会ってねぇけど、男出来てたらどうしよ。……うわ、なんか不安になって来た!」
「ふん、貴様が言えた義理か。中一で童貞を捨てたと豪語していた癖に」
「オ、オレはいいの!」
「煩い、オレに騒ぐな」

 オレが騒げば騒ぐほど冷めた顔になってくる海馬を薄情者!と罵りながら、オレはやっぱり落ち着かない気持ちでおろおろしてしまう。だって……だってよ!もし静香がこういうお祭りとかに浴衣着て男と歩いていたらと思うと気が気じゃないじゃん!奴の言う通り妹だから余計に心配だ。ああもうどうしよう〜。

 ……それをオレは途中から口に出して呟いていたらしい。最後の「どうしよう」が口から出た瞬間に後頭部に強烈な一撃がお見舞いされた。ゴッ!となかなか派手な音を立てたそれは勿論海馬の拳骨だ。

「うわ、いってぇ!!殴るなよ!」
「やかましいっ!妄想で騒ぐな!」
「だ、だって」
「己の事を棚に上げて他人の事をとやかく言うなと言っている!いい加減にしないとオレは帰るぞ!」
「妹は他人じゃねぇだろ!誰が棚に上げて……って、え?!」
「二人きりなのがお気に召さない様だからな」

 殆どはき捨てる様にそう言って海馬はつん、と顔をオレと反対側に反らすと、わざとらしく強い音を立てながら大股歩きでズンズンと先に行ってしまう。開幕の時間が近づいて着て辺りに一気に人が増えて来たからちょっとでも離れると一気に見失っちまいそうだ。

 やべ、オレマジ機嫌損ねた?と慌てて後を追って、周囲よりも頭一つ分高い線の細い後ろ姿を捕まえる。思わず力任せに掴んだ腕を思い切り振り払われる事を覚悟したけれど、予想に反して海馬はオレの手をそのままに、肩を震わせて笑っていた。

 ……こいつ、からかいやがったな!

「なんだよ!」
「いや、馬鹿をからかうと面白いと思ってな」
「馬鹿って言うなよ!」
「怒るな。いい男が台無しだぞ」
「…………っ!」
「勿論冗談だがな」
「お、お前なぁ〜〜!」
「何でもいいが何処へ行く?オレは人混みは嫌いだ。貴様ならこの辺を良く知っているだろう」
「知ってるっちゃー知ってるけどよー……っつーかお前モクバに何言われたか忘れたのかよ。しらねぇぞどうなっても」
「良からぬ事をする気満々だな。尤も、『そういう』スポットは大抵同じ考えを持っている輩に既に占拠されていると思うが」
「行ってみなきゃ分かんねーだろ。いいから黙ってついて来いよ。逸れない様にしっかり手ぇ繋いでな」

 そう言う前に海馬の肘の辺りを掴んでいた指先をスルリと下に落として、この蒸し暑い気温の最中でも相変わらずひんやりとしている手を握り締める。そして、ゆっくりと歩き出した。周囲の人波に押されて思い切り近くに来た奴の耳元に、オレは意趣返しとばかりにニヤリと笑ってこう言った。
 

「モクバに負けてらんねーからさ」